2022年8月に逝去した京セラ創業者の稲盛和夫氏。「どうすれば会社経営がうまくいくのか」という経営の原理原則をまとめた「経営12カ条」を自身の言葉で解説する書籍の発行準備を進めていた。同書の内容を基に、稲盛経営の集大成ともいうべき12の経営の原理原則を一つずつ紹介していく。今回は第10条「常に創造的な仕事をする」。

(写真:PIXTA)
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 米国を代表するジャーナリストで、ピューリッツァー賞も受賞したデイビッド・ハルバースタムさんは、その著書『ネクスト・センチュリー』(阪急コミュニケーションズ)で1章を割いて私について執筆してくれています。その冒頭で彼は、「次にやりたいことは、私たちには決してできないと人から言われたものだ」という私の言葉を引用しています。

 実際に京セラは、ファインセラミックスという新しい素材をいち早く取り扱い、従来は工業用材料となり得なかったファインセラミックスを工業用材料として確立させ、さらに何兆円という規模を持つ産業分野として成長せしめた、いわゆるパイオニア企業と言っていいかと思います。

 つまり、ファインセラミックスが持つ素晴らしい特性を生かしてICパッケージを開発し、勃興する半導体産業の成長を促したことをはじめ、人工骨などの生体用材料にもいち早く取り組み、現代のファインセラミック分野の開拓者として社会に貢献してきたのです。

 このような独創的な事業展開ができた理由を、多くの人々は京セラの技術開発力にあると考えています。そして自社を顧みて、「わが社にはそのような技術はない。だから発展しないのはやむを得ない」と嘆いておられるのです。

 しかし、そうではないと私は考えています。傑出した技術力を最初から持っている中小企業など、ひとつもないはずです。常に創造的な仕事を心がけ、今日より明日、明日よりも明後日と改良改善をしているかどうかで、独創的な経営ができるかどうかが決まってくるのです。

創造的な仕事に大切なこと

 新しい開発をするには、「楽観的に構想し、悲観的に計画し、楽観的に実行する」ことが必要です。これは一見矛盾しているようですが、そうではありません。

 まず、「こういうものをやりたい」と思うときは、楽観的に考えるのです。「それは難しい、それは困難だ」というように悲観的に考えてはいけません。

 しかし、実際に具体的な開発計画を立てるときには、非常に厳しい現実を直視し、開発のどこが難しいのかを認識して、悲観的になるべきです。 

『経営12カ条 経営者として貫くべきこと』(稲盛和夫著、日経BP 日経新聞出版)
『経営12カ条 経営者として貫くべきこと』(稲盛和夫著、日経BP 日経新聞出版)

 そのうえで、「よし、これでやろう」と開発を始めたときには、難しいことは考えず、「絶対やれるはずだ」と非常に楽観的に進めていくことが、開発をするときの心構えです。

 創業当初、私は開発した新製品を持って大手メーカーに売り込みに行きました。そこで研究者から「こういうセラミック部品がつくれないだろうか」と尋ねられました。

 私は即座に「できると思います」と答えました。それから「これは何に使うのですか」と尋ねると、研究者は得意満面になって「今度、こういう新しい真空管をつくろうと思っていて、それに使う部品だ。新しい真空管はこういう性能で、こういうところに使うのだ」と、製品の用途や性能などをくわしく説明してくれます。その話をすべて聞いて会社に戻るのです。

 それから、幹部を集めて「客先に行ったら、こういうものをつくってくれと頼まれ、できると言ってきた。エレクトロニクスの業界で将来、このように展開していく製品なので、非常に意義がある。何としてもつくろうではないか」と開発の意義を明らかにし、皆がやる気を起こすようにしました。ひとりひとりの顔を見て、やる気が出てくるまで話し続けるのです。皆が「やりましょう」という気になるまで、とことん説明しました。

 しかし、当時、こんな体験もしました。これまでやったことのない新製品を開発しようと思ったとき、よい大学を出た賢い部下を集めて話をすると、技術的に非常に難しいので、なかなかやる気になってくれません。私が「何としてもやるのだ」と言うと、あきれた様子でした。大手メーカーのセラミック部門の技術者ができないと言うものを、いとも簡単に引き受けてきて、何の研究設備もないのに「やろう」とはなんと軽率な人か、と顔に書いてあります。

 新しい開発に挑戦しようと燃えて会社に帰ってきて、皆にも同じように燃えてもらおうと思っているのに、部下たちは燃えないどころか、冷や水をどんどんかけるのです。こういうことが何度もあったので、私は開発を始めるときには、頭のよい冷静な開発者を呼ばないことにしました。それより、「それはおもしろそうですね」と言う、少しおっちょこちょいな人がまわりにいたほうがよいと思うようになりました。「これができたら会社がうまくいくぞ」と言えば、「やりましょう、やりましょう」と乗ってくれる明るい人を集めて話すことにしました。これが、楽観的に構想を練るということです。

(写真:陶山 勉)
(写真:陶山 勉)

 しかし、具体的に実験計画を組んで試作をする段階になると、おっちょこちょいな人ではうまくいきません。そこで、「いかに難しいかがよくわかっているおまえに、ぜひやってもらおうと考えている」と、頭のよい冷静な人に計画を立てさせるのです。

 すると、得意になって「この部分が難しい」ということを教えてくれます。いかに難しいか、いかに無謀な計画かがわかっていますから、注意すべき点をいっぱい書き出してくれて、それが全部ガイダンスになるわけです。あとは、実行段階でそこを押さえて楽観的に進めます。

 実行段階で悲観的になっては、訪れるであろう、さまざまな困難を乗り越えることができません。必ずできるという信念の下、楽観的に進めていくことが重要です。

 私はこれまで、この方法で開発を乗り切ってきました。クリエイティブなことをするときには、楽観的に構想し、悲観的に計画し、楽観的に実行することが必要です。

(写真:PIXTA)
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次回は第11条「思いやりの心で誠実に」

日経ビジネス電子版 2022年11月9日付の記事を転載]