2022年8月に逝去した京セラ創業者の稲盛和夫氏。「どうすれば会社経営がうまくいくのか」という経営の原理原則をまとめた「経営12カ条」を自身の言葉で解説する書籍の発行準備を進めていた。同書の内容を基に、稲盛経営の集大成ともいうべき12の経営の原理原則を一つずつ紹介していく。今回は第11条「思いやりの心で誠実に」。

(写真:PIXTA)
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 思いやりは、「利他の心」とも言い換えることができます。つまり、自分の利益だけを考えるのではなく、「自己犠牲を払ってでも相手に尽くそう」という美しい心のことです。私は、ビジネスの世界においても、この心が一番大切であると考えています。

 しかし、「弱肉強食のビジネス社会では、思いやりや利他などの実現は難しい」と考える方も多くいらっしゃることでしょう。そのため、思いやりの心が経営の世界でも大切であり、「情けは人のためならず」というようにその恩恵はめぐりめぐって自分にも返ってくることを、私が体験したひとつの例を通じて示してみたいと思います。

相手を最大限に思いやる

 京セラの米国子会社で、AVXという電子部品メーカーがあります。1980年代後半のことですが、京セラが総合電子部品メーカーとなるためにはコンデンサの世界的メーカーであるAVX社が必要だと判断し、当時の会長に買収を申し入れたのです。

 先方の会長も快く承諾してくれて、買収に当たって「株式交換」という手法をとることにしました。つまり、当時ニューヨーク証券取引所で20ドル前後だったAVX社の株式を5割増しの30ドルと評価し、その株を同じニューヨーク証券取引所で取引されていた京セラの株式(当時82ドル)と交換することを決めたのです。

 ところが、すぐにAVX社の会長から「株式のレートが30ドルでは安すぎるから、32ドルにしてほしい」という申し入れがありました。われわれの米国統轄会社の社長や弁護士は、そのような申し入れには真っ向から反対でした。しかし、先方の会長にしてみれば、株主への配慮から1ドルでも高くなるよう要求するのは当然と考え、私はその要求に応じることにしました。

 ところが、株式交換の日が近づいたとき、ニューヨーク証券取引所の平均株価が下落しはじめ、京セラの株も10ドル近く落ちて72ドルとなったのです。それを見た、くだんの会長から再び連絡があり、いったん決まった京セラの交換株価レートを82ドルから72ドルに変更してほしいというのです。

 京セラの株価だけが下がったのならともかく、市場全体が下がったのだから、交換比率の変更の必要はまったくないというのが通常の見方です。京セラ側の関係者もまた口をそろえて、申し入れを突っぱねるべきだと主張しました。

『経営12カ条 経営者として貫くべきこと』(稲盛和夫著、日経BP 日経新聞出版)
『経営12カ条 経営者として貫くべきこと』(稲盛和夫著、日経BP 日経新聞出版)

 しかし私は、再度の不利な条件変更にも応じることにしました。それは、打算でも、情にほだされたものでもありません。買収や合併とは、まったく文化の違う企業同士が一緒になることであり、いわば企業間の結婚のようなものです。ならば、最大限に相手のことを思いやる必要があると考えただけのことでした。

 結果、買収終了後に京セラの株価は右肩上がりに上昇し、AVX社の株主は大きな利益を得て喜ばれたと聞きますし、AVX社の従業員も、買収された側に生まれがちな、買収した親会社に対する反感や不平不満もなく、京セラの経営哲学を素直に受け入れてくれ、両社のあいだには最初からよいコミュニケーションが築かれることになったのです。

 そうしたこともあって、同社は買収後も発展成長を続け、買収後5年足らずという短期間でニューヨーク証券取引所への再上場を果たしました。この再上場を通じて京セラは多額の株式売却益を得ることにもなったのです。

思いやりの心をどう身につけるか

 人間は二面性を持っています。「利己的な自分」と「利他的な自分」です。
 「利己」とは、生きている人間が自分の身を守るため、よりよくするために神様が与えてくれたものです。本能と言ってもよいでしょう。お腹が空いたら飯を食いたい、人よりたくさん飯を食いたい、人からバカにされたら腹が立つなどは、いずれも本能に根ざした利己的なものです。

 闘争心も、自分の身を守るために欠かせない本能です。文明的な生活をする前は、野生動物などの襲撃にも耐えてそれらに立ち向かい、自分の一族を守ってきたわけです。この他、ジェラシーや憎しみも自分を利するためにあります。

 一方、「利他」とは、愛です。自ら犠牲を払ってでも相手を愛すること、他を利することです。利他とは思いやりの心であり、思いやりとは他人の喜びが自分の喜びに感じられることです。

 そして、この利他の心も人間が本性として持っているものです。どれほど利己主義で極悪非道な人間でも、もう一面には、相手を思いやる利他的な心が隠されています。その人のなかにある利己と利他の比重の大きさによって人間性が決まるのです。利他のほうが大きければ「あの人は人格者だ」となり、利己のほうが勝っていれば「あいつはえげつないな」となるのです。

(写真:陶山 勉)
(写真:陶山 勉)

 そして、経営の原型とは、「何が何でもこうありたい」「どんなことがあろうと俺は絶対に負けんぞ」という強烈な願望、すなわち利己から発するものです。特にたくさんの人を雇っている場合、その人たちを食べさせていかなければなりません。そのためには、激しい格闘技をやっている人が持っている闘魂よりもすごいものが必要になります。それでなければ経営にはなりません。

 しかし、利己心だけが強くなってしまうと、一時的には成功しても、いずれ破綻します。だからこそ「利他」も大事で、「利己」だけを肥大化させてはいけないのです。利己を肥大化させると同時に、利他も肥大化させていかなければならないのです。その際、利己に比例して利他を肥大化するというより、利他のほうが少しでも上であるべきです。

 そして、利他を目覚めさせるためには学ぶしかありません。利己は本能ですから、学ばなくてもしょっちゅう出てきますが、心の奥底に沈んでいる利他の心は意識してそれを伸ばそうとしなければ出てきません。そのために学ぶことが重要で、それが「人間性を高める」ということなのです。私はそれを「心を高める」と言っています。

 利他の心は意識して伸ばしていかなければなりません。常に耕し、肥やしをやらなければ成長していかないのです。

(写真:PIXTA)
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次回は第12条「常に明るく前向きに、夢と希望を抱いて素直な心で」

日経ビジネス電子版 2022年11月16日付の記事を転載]