京セラ創業者の稲盛和夫氏が「どうすれば会社経営がうまくいくのか」をまとめた「経営12カ条」。12カ条を自身の言葉で解説した書籍の内容を基に、経営の原理原則を一つずつ紹介していく本連載。最終回で取り上げる第12条は「常に明るく前向きに、夢と希望を抱いて素直な心で」。

(写真:PIXTA)
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 常に明るく前向きな心、つまり、夢と希望を抱いている心には、必ずその心に合う未来が現れてきます。常に明るく振る舞っている人には、明るい未来が、また常に夢と希望を抱いている人には、それを満たしてくれる未来が必ず現れてきます。それが自然の摂理です。くよくよしたり、思い悩んだりするようなことがあってはなりません。

 仕事や人生において、たしかに問題は起こります。その問題を克服するために考えなければならないことはたくさんあります。しかし、その問題について考えている瞬間は悩んだり、苦しんだりしなければなりませんが、いったんその問題から離れたら自分の心を明るく前向きにするべきです。

 「自分の人生には必ず、夢と希望を満たしてくれる輝かしい未来があるのだ」ということを自分自身に言い聞かせ、明るい心を持つようにしなければならないと思います。

 特にリーダーが暗く鬱陶しい雰囲気を持っていたのでは、その集団は不幸になってしまいます。リーダーは明るく振る舞い、周囲を明るくする雰囲気を持っていなければなりません。リーダーの日常の表情や言動が明るく前向きであることは、集団にとってたいへん大事なことなのです。

 私は日ごろから、リーダーが心すべきことを「6つの精進」として掲げています。


 6つの精進
 1 誰にも負けない努力をする
 2 謙虚にして驕らず
 3 反省ある毎日を送る
 4 生きていることに感謝する
 5 善行、利他行を積む
 6 感性的な悩みをしない


 このなかに「感性的な悩みをしない」というものがあります。これは、悩んでも仕方がないことでくよくよと心を煩わせたり、心を痛めたりするような悩み方をしてはならないということです。

 失敗したことや間違えたことは反省して直していかなければなりませんが、そのことを心に強く思いさえすればよいのであって、いつまでも思い悩むのは「百害あって一利なし」です。

 心配事は誰にでもあります。仕事だけでなく家庭でも人間関係でも問題は起こり、私たちは常に悩みを抱えています。しかし、起こったことはいくら悩んでも仕方がないことであり、「覆水盆に返らず」です。悩むことはマイナスの努力ですから、くよくよと心を痛めるような悩み方をしてはいけません。起こったことは仕方がないとあきらめることです。感性的な悩みをして心を痛めるようなことがあってはなりません。

 このようなことを言うと無責任に思われるかもしれませんが、起きてしまったことは反省すればよいのであって、その後は気持ちを切り替えて、明るく前向きに新しいことを考えていくべきです。

『経営12カ条 経営者として貫くべきこと』(稲盛和夫著、日経BP 日経新聞出版)
『経営12カ条 経営者として貫くべきこと』(稲盛和夫著、日経BP 日経新聞出版)

経営者として成長するためには何が必要か

 第10条に「常に創造的な仕事をする」とありますが、創造的な仕事ができない人はいろいろなことにこだわりを持っています。現状にこだわり、いまの技術にこだわり、これまでやってきたことにこだわっています。

 しかし、クリエイティブなことができる人は、「これまでやってきたことが間違っている」とわかれば、素直な心で訂正したり、思い直したりすることができます。過去を否定しなければ、新しいことも独創的なこともできません。素直な心が、進歩の基盤となるのです。

 そういう意味で、素直な心というのは、人間が向上していくために必要なただひとつの要素です。素直でなければ人間は向上しません。素直だからこそ人の教えを理解して前へ進んでいけるのです。素直な心というのは、ただ従順であるという意味ではありません。海綿のように柔軟で、いろいろなものを吸収していけるのが素直な心です。

(写真:千倉 志野)
(写真:千倉 志野)

 経営者として、リーダーとして集団を率い、立派な経営をしていこうと思うなら、常に向上心を忘れない人でなければなりません。「素直な心がなければ向上できない」という観点から、第12条の最後に「素直な心で」という言葉を加えたのです。

 素直な心は、素晴らしい宝です。素直な人をバカにする人もいますが、それはとんでもない間違いです。人間が向上していくためには素直な心が欠かせません。「経営12カ条」の最後にこのような項目を掲げたのも、そうした心のあり方が人生や経営を左右するからです。常に明るく前向きにポジティブな思いを描けば、人生も経営もそのとおりになっていきます。これは、「経営12カ条」の全般を貫く思想であり、会社経営を成功へと導くカギでもあります。

(写真:PIXTA)
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日経ビジネス電子版 2022年11月22日付の記事を転載]