新卒でDeNAに入社、2022年8月に人材育成と組織強化をサポートするMomentorを設立した坂井風太氏。若手社員の時の経験が起業のきっかけになっているという。組織と働き方について考える本について話を伺った。

コスパを重視する人が活躍しないワケ

 私は1991年生まれで、新卒でDeNAに入社しました。旅行事業、ゲーム事業、子会社代表などを務め、20代の大半をDeNAで過ごし、22年8月にDeNAとDelight Venturesの出資を受け、人材育成と組織強化をサポートするMomentorを設立しました。

 世代としてはZ世代に近いほうですが、私の紹介する本は「昭和感」が強いかもしれません。今のZ世代というとコスパ、タイパが最重要事項であり、効率よく自分の仕事を達成したい、評価されたい、という人が多いとされています。

 でも、実態はZ世代に限らず、「自分の範囲で自分の仕事だけをこなして我関せず」、「決断事項があっても面倒臭がって決めずにケチだけつける」という上の世代もいますし、Z世代だけがコスパ、タイパを求めているとされることに、個人的には違和感を覚えています。「Z世代はコスパ・タイパで仕事をする」という考え方は過度なラベリングを助長しますし、排他的な考えでもあると感じます。

 ただし、「コスパ」という点から見れば、私自身、コスパがいいとされる会社に新卒で入社しました。DeNAは当時、新卒の年俸が500万円ぐらいで、年収が担保された上で、さらに新規事業に挑みやすいという環境でした。でも、入社して気づいたのは「コスパを意識している先輩」が誰一人として活躍していないという現実。

 きれいにキャリアを積み上げようとする先輩は仕事をえり好みしていて、自分の損得で考えているので、他者の協力が得にくい状態になっていました。特にゲーム事業に配属されたときが衝撃的でした。事業部で活躍していた人は、タイパ、コスパ度外視でゲーム事業に熱中し、ユーザー視点で開発に没頭していました。

 その後、私は小説投稿サービス「エブリスタ」の代表となりました。サービスに精通するため、自分でも小説を書いて投稿し、ランキング1位を獲得したこともあります。そこで「やるならとことんやる」というjust do itな精神が身に付きました。

 ただ、私が入社した後に働き方改革で残業時間の規制が厳しくなるなどの動きがあり、2017年以降に入社した人は「とことん熱中する」環境を自主的に作り出すしかありませんでした。さらにリモートワークの導入が進み、熱中して仕事をする上司を観察する機会も減っています。その結果、自分でやる人とそうでない人の差が大きくなっているだろうなと思います。

 現に、取引先の中には、Z世代のメンバーを中心とした企業もありますが、熱心に働き、勉強し、決断と実行を繰り返していると感じます。世代にかかわらず、「熱中できる何か」を働いている人同士で一緒に探すこと、「熱中している姿勢」を見せることが大切です。「あいつらはタイパ・コスパで生きている」と決めつける前に、まず自分自身の意識や行動を疑ったがいいのではと思います。

「『エブリスタ』の代表となり、サービスに精通するため、自分でも小説を書いて投稿しました。そこで『やるならとことんやる』というjust do itな精神が身につきました」
「『エブリスタ』の代表となり、サービスに精通するため、自分でも小説を書いて投稿しました。そこで『やるならとことんやる』というjust do itな精神が身につきました」
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「何者か」になるには“狂気的な努力”が必要と気づかされた本

 私はDeNAの社内で、たまたま「狂気的」に仕事をする先輩と出会い、「こういうことなのか!」と気づくことができましたが、何かに我を忘れるほど打ち込みたい、でも、自分にはそんな才能がない──と焦っている声を聞くこともあります。

 私のX(旧Twitter)にも「自分は坂井さんみたいに才能がないので」というようなメッセージが時たま寄せられるのですが、「いや、別に自分も特別な才能はないけどな」と思っています。個人的には、人間の才能なんてさほど変わらないと考えていますし、「自分を卑下することは自分の可能性に蓋をすることと同じである」と考えています。

 「自分には才能がないこと」を免罪符に挑戦しないことは、一周回って失敗して傷つきたくないという自己愛の表れだとも思いますし、逆に「理想の自分」に執着しているからこそ、そのようなことを言っているのではないかと思います。

 才能があるとかないとか、そんなのやってみないと分からないですし、「自分に才能がない」と思っても、1円も得をしないはずです。個人的には「自分で自分を信じられなくなったら終わり」とも考えていますが、一方、周囲の人とのコミュニケーションの過程で、才能がないと「思わされてしまう」状態に陥ることがあるのも分かります。

 でも、そういう人とはいったん距離を置いて、「まぁ凡人だけど頑張るか」くらいの気持ちで、とりあえず一歩ずつ進んでみるのがいいと思います。「千里の道も一歩から」ですし、前に進み続けてれば、どこかにはたどり着くはずです。

 「才能がない」と思っている人に読んでほしいのが、南海キャンディーズの山里亮太さんが書いた 『天才はあきらめた』(朝日文庫) です。山里さんの半生をつづったエッセーで、「何者かになりたい」という野心とコンプレックスを抱え、泥臭く、お笑いと「自分のドロッとした部分」に向き合う様子が赤裸々に書かれています。

『天才はあきらめた』(山里亮太/朝日文庫)
『天才はあきらめた』(山里亮太/朝日文庫)
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 山里さんがすごいのは、自分の未熟さを認めつつも「自分のことを心から信じられるぐらい努力している」こと。その執念とも狂気ともいえる努力こそが「真の努力」だと言えるのだと思います。

 同時に「何者か」になるためには、自分の努力に加え、誰かの助けも必要です。本書にも山里さんのお母さん、寮の先輩、芸人の千鳥さんらが山里さんを励ますエピソードが出てきます。「自分には才能がない」と他人をねたんだり、呪ったりする暇があるくらいなら、自分を支えてくれる人に感謝をして、努力と執着心を胸に前に進んだほうがよっぽどいいと思います。

 特に若手のうちは自分で自分の可能性を信じられなくなったら、終わりです。日々、転がるように失敗を繰り返しながらも、どうすればうまくいくかを考え続けて、試し続けることを教えてくれる1冊だと思います。

行き過ぎた能力社会に警鐘を鳴らす1冊

 さて、若手のうちは「才能がない」ことと並んで「評価されない」ことも悩みの種ではないでしょうか。かくいう私も1年目は、毎日のように会社の先輩に激しくフィードバックされる日々が続き、確かに会社を辞めたほうがよいだろうなと考えていました。ただ、蓋を開けてみると、同期の大半も同じような環境にいました。

「若手のうちは『才能がない』ことと並んで『評価されない』ことも悩みの種ではないでしょうか」
「若手のうちは『才能がない』ことと並んで『評価されない』ことも悩みの種ではないでしょうか」
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 先輩に厳しく指導され続けた入社1年目でしたが、2年目にゲーム事業部に異動したら、なぜか評価が急上昇したんです。そこから成果を上げられるようになり、新卒採用の選考要件作成や、子会社代表などを務めるようになりましたが、「うれしさ」というよりも「違和感」が残りました。

 年次を重ねたとはいえ私自身はそんなに変わらないはずなのに、周囲の評価が180度違うのはなぜなのか。1本の物差しで一方は右、一方は左、と真逆の方向から見て評価を変えている。この時に感じた違和感が、「組織には体系的な理論基盤があったほうがいい」、「メンターやマネジャーを強化したほうがいい」という考えにつながり、Momentorを設立した動機にもなっています。

 人間の能力発揮は環境依存性が高く、会社というものは「人の才能を潰すもの」ではなく、「人の才能を開花させるもの」であった方がお互い合理的だと考えています。でも、いまだに世の中には「私はこう育ったから、下もこう育てる!」、「優秀な自分の背中を見て覚えろ!」と思っているマネジャーが量産されていますし、「労働生産性」や「一億総活躍社会」なんて言われていますが、まずはこの文化を変えた方がいいんじゃないかなと思います。

 もしも今、自分が「どこにもいてはいけない無能な人間だ」と感じている人がいたら、 『「能力」の生きづらさをほぐす』(勅使川原真衣著、どく社) がお薦めです。

『「能力」の生きづらさをほぐす』(勅使川原真衣/どく社)
『「能力」の生きづらさをほぐす』(勅使川原真衣/どく社)
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 著者の勅使川原真衣さんは乳がんで闘病中で、自らのお子さんに向けて本書を書かれています。「いきすぎた能力社会じゃ、幼い子どもを残して死にきれない!」と本の帯に書かれていますが、就活で認められなかったからダメ、ある会社で認められなかったから終わり、というわけではないはずです。私自身、娘がいますが、娘が大人になる頃に、このような「一元的な能力で有能無能が決められる社会」や「平気で人の才能の萌芽(ほうが)を踏みにじる社会」であってはならないと思って、今の仕事をしています。

 実際に人間の知性は多種多様ですし、誰よりも気遣いのできる人、絵を描くのが得意な人、概念的な整理が上手な人──と、さまざまな違いがあるから面白いのです。

 今、「生きづらさ」を抱えている若手のビジネスパーソンには本書を読み、「人を測る物差しは恣意的なもので、本当の知性や魅力は幅広いんだ」と広い心で捉えてほしいなと思います。「上が変わらない!」と嘆き続けても意味がないですが、「自分が変えるぞ!」と前向きに挑んだ姿勢は、成功しても失敗しても、あなたの中には価値と経験が蓄積されるはずです。

文/三浦香代子 構成/木村やえ 写真/稲垣純也