新卒でDeNAに入社し、2022年8月に人材育成と組織強化をサポートするMomentorを設立した坂井風太氏。若手社員の時の経験が起業のきっかけになっているという。第2回は、若手が会社を辞めたいと思う「キャリアの焦燥感」について考える『会社は頭から腐る』など2冊を紹介。

「きれいごとは一切なし」の経営論

  前回 は「才能と努力」、「組織と評価」についてお話ししました。「組織の中の物差し(評価)」は、組織内での物差しに過ぎないとも言いましたが、それでも現在の組織内でどう立ち振る舞うかを考えることも必要でしょう。そんな人のために今回は2冊の本を紹介したいと思います。

 まず1冊目は 『 会社は頭から腐る あなたの会社のよりよい未来のために 「再生の修羅場からの提言」』(冨山和彦著/ダイヤモンド社) 。こちらは経営コンサルタントである冨山和彦さんの本です。かなり刺激的なタイトルですが、私はこの本は「きれいごとは一切なしの経営論」「人間性弱説」の本だと思っています。

 『 会社は頭から腐る あなたの会社のよりよい未来のために 「再生の修羅場からの提言」』(冨山和彦著/ダイヤモンド社)
『 会社は頭から腐る あなたの会社のよりよい未来のために 「再生の修羅場からの提言」』(冨山和彦著/ダイヤモンド社)
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 「人間性弱説」とは、どういう意味かというと、結局は人間というものは弱い存在にすぎないのだと認めることだと思います。だから、聖人君子といわれた人物でも環境や文脈しだいで悪事に手を染めるし、堕落していくのですよね。堕落とまではいかなくとも、組織からはみ出す勇気もなく、リスクを取った決断もできなくなっていくのです。ただ、そうした予定調和的な人が企業では出世していくことも多いのですが…。といったことが書かれた本でもあります。

 「きれいごと」については、私は大学生の時に父親の会社が倒産しています。また、自分自身もDeNAの子会社の代表やM&A(合併・買収)など血なまぐさい経験をしてきたので、きれいごとばかり書かれている経営論や、機械的な人間論には懐疑的でした。きれいごとでは事業は動かないですし、ルールだけでは人間は動かないのだなと感じます。

 その点、本書は産業再生機構で41社の企業再生の陣頭指揮を執った冨山和彦さんの著書で、きれいごと一切なしの経営論が書かれており、非常に参考になります。つまるところ、現実経営の背骨は「収支の帳尻を合わせること」と「人を動かすこと」に尽き、「人間の、人間による、人間のための営為が経営」なのです。

「きれいごとばかり書かれている経営論や、機械的な人間論に対しては懐疑的でした」
「きれいごとばかり書かれている経営論や、機械的な人間論に対しては懐疑的でした」
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 現在、「人を動かす」ために上司と部下が1対1で定期的に対話する1on1(ワンオンワン)ミーティングを導入したり、評価制度を見直したりしている企業も多いでしょう。反対にペナルティーの導入でなんとか解決しようとしている企業もあるかもしれません。しかし、一度ペナルティーを与えると、次はさらに強度を上げたペナルティーが必要になります。いわばドーピング的なマネジメントです。その結果、社員の認知能力、つまり自分の頭で考えて行動する姿勢を弱めてしまうことになるのでおすすめできません。

 いくら高尚なマネジメントシステムをつくったとしても、運用するのは人間です。マネジャーとメンバーのコミュニケーションという「ラストワンマイル」が機能していないと、すべての制度はお飾りとなってしまいます。私自身が、ピープルマネジメントといわれる領域を研究しているのも、結局は「人間や組織の基本仕様の理解」が重要と考えているためです。

 若手のうちはこうした組織の中で翻弄されることも多いでしょう。本書には、その中で「のたうち回ることの重要性」「エリート意識を捨てろ」とも説かれています。冨山さんは「組織からはみ出す根性のない人間をリーダーにしてはいけない」「脱藩できないような人間を偉くしてはいけない」とも言っており、組織の中で腐りそうになる時こそ、この進言を思い出すことが大切だと考えています。

若手社員が悩む「キャリア焦燥感」の正体

『働くひとのキャリア焦燥感』
『働くひとのキャリア焦燥感』(尾野裕美著/ナカニシヤ出版)
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 そして2冊目は 『働くひとのキャリア焦燥感』(尾野裕美著、ナカニシヤ出版) です。

 こちらは専門書ですが、キャリア形成に焦っている人は、ぜひ読んでみてください。ちなみに書籍ではなく論文なのですが「キャリア自律を促進する要因の実証的研究(堀内、岡田2016)」も読むと、今の世の中を俯瞰(ふかん)できると思います。

 なぜ人がキャリアに対して焦燥感を抱くかといえば、「ここにいてはダメだ」という思いが働くからです。特に若手のうちは「何者かになりたい」思いが強く、焦燥感が高まると離職につながります。

 現在、離職率を下げるために人事制度や評価制度を見直している企業も多いと思いますが、実はもっと根本的な要因で離職率を抑えることができます。それは上司や同僚との関係です。専門用語になりますが、垂直的交換関係(=上司)や水平的交換関係(=同僚)との関係性が、キャリア焦燥感の抑制要因となることが分かっています。

 どういうことかというと、そもそも上司が自分の持ち味を認めてくれ、仕事で何を望んでいるかをはっきりと伝えてくれていたら、自らのキャリアへの焦燥感を抱かずに済むということです。自分が仕事を成し遂げた際に祝福してくれる同僚がいたら、「この職場にいてはダメだ」と思うことを抑制できます。

 前回でお伝えしたことの繰り返しになりますが、どんな立派な制度をつくったとしてもラストワンマイルは「人」「普段のコミュニケーションの質」なのです。組織を見直すというと、空中戦的なキャリア公募制度や評価制度についての施策がメインになりがちですが、自分の持ち味や想いに気づかせてくれるのは上司や同僚であり、この部分を変えずに「制度面を十分に整えました」で完了としてしまうのは、本質的なアプローチではないと思います。

「ラストワンマイルは『人』『普段のコミュニケーションの質』なのです」
「ラストワンマイルは『人』『普段のコミュニケーションの質』なのです」
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 残念ながら、上司にも同僚にも恵まれていない、ここから抜け出したいと思うなら、自分がなりたい「何者」とは何かを考えてみるのもいいでしょう。「何者」というのは、「自分にどうしても解決したい課題があり、一生懸命に取り組んでいたら、いつしか独自の価値が生まれていた」という、結果的にできあがるものだと思います。逆に言えば、「今ここで求められている、ウケのいい自分」を狙っていては、どこにも行くことができないのかもしれません。

 今、「自分がなんとしても取り組みたいテーマ」が見つかっていない人は「ずっと気になっていること」「なぜか頭から離れないこと」から見つけていけばいいでしょう。「何者かになりたい」という焦燥感にかられるよりも、取り組み自体が楽しいことに出合うのが、何よりも大事だと思います。

 私自身も「何者か」になってはおらず、今現在なりたいとも思わないのですが、ずっと考え続けられる「人間」と「人間集団としての組織」の探求に、これからも取り組んでいきたいとは思います。

文/三浦香代子 構成/木村やえ 写真/稲垣純也