人材育成と組織強化をサポートするMomentorを設立した坂井風太氏。若手の時の経験が起業のきっかけになっているという。第3回は、逃げる自分を奮い立たせる『自分の中に毒を持て』など2冊を紹介します。

ストレートな岡本太郎の言葉が痛い

 これまで「才能と努力」「組織と評価」「キャリアへの焦燥感」についてお話ししてきましたが、今回は若手のうちだからこそ刺激を受けてほしい2冊を紹介します。

 まず、1冊目は岡本太郎さんの 『自分の中に毒を持て』<新装版>(岡本太郎、青春文庫) です。こちらはページを開くごと、1行ごとにパンチの効いた言葉が繰り出され、ガードする暇もありません。ちょっと抜粋してみるだけでも、「才能なんて勝手にしやがれだ」「だめ人間なら、そのマイナスに賭けてみろ」「ぼくは口が裂けてもアキラメロなどとは言わない」「安易な生き方をしたいときは、そんな自分を敵だと思って闘うんだ」…と、非常にダメージが大きい。うっかり読むと、ボコボコにされます。

『自分の中に毒を持て』<新装版>(岡本太郎著、青春文庫)
『自分の中に毒を持て』<新装版>(岡本太郎著、青春文庫)
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 読み継がれている名著ですが、僕はこの本には「ムダな自己愛なんて捨ててしまえ」というメッセージが込められていると思っています。例えば、『ラ・ロシュフコー箴言集』(岩波文庫)も自己愛に関する洞察が深い本ですが、岡本太郎さんの書籍のほうが、厭世(えんせい)的でもなく、現実を生きるものとして、鋭利な言葉を投げかけてきます。

 岡本太郎さんは誰もが隠したいと思っている感情を暴き、「それは違うだろう」と指摘してきます。己との対峙や挑戦を避けること、逃げることも許してくれません。岡本太郎さんがあえて激しい言葉を使っているのは、もしかしたらご自身に対する怒りでもあるのではないか、と勝手ながら感じました。それくらい、自分に向き合って生きることは、覚悟がいるのかもしれません。

「岡本太郎さんは誰もが隠したいと思っている感情を暴き、『それは違うだろう』と指摘してきます」
「岡本太郎さんは誰もが隠したいと思っている感情を暴き、『それは違うだろう』と指摘してきます」
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 また、この本には「自分らしくあるよりも、人間らしく生きる道を考えてほしい」とも書かれています。若手のうちは「何者か」になりたい思いが強く、「自分らしさ」にこだわりがちではないでしょうか。その一方で、「自分には才能がない」と一歩も踏み出せない人も多いでしょう。岡本太郎さんはその点についても「自分はあんまり頭も良くないし、才能のない人間だから何もできないんじゃないか、なんて考えているのはごまかしだ。そういって自分がやらない口実にしているだけだ。才能のあるなしにかかわらず、自分として純粋に生きることが、人間のほんとうの生き方だ」とストレートパンチを打ち込んできます。

 僕自身もこの本を読んで、「『才能がない』という言葉を免罪符にして、挑戦しないのはもったいない」ですし、「自分なんて何にもできません。でも、プライドもないので、頑張ってみます」と堂々と言えばいいのではないかと思うようになりました。

 たとえ今は何もできなかったとしても、自分の将来の可能性や大化けするかなんて、誰にも分かりません。「このまま努力すれば、ひょっとしたらいい線にいけるかも?」と考えるのが大事です。だから、自分だけは自分を信じたほうがいいし、自分の才能や可能性を否定してくる人物からは距離を置くのが正解です。

 人は、自分の才能や可能性を信じられなくなると、「自分を上げる」のではなく、「他人を下げる」という振る舞いをしがちです。それは「自分が人よりも優位である何者かでありたい」という執着であり、人を逆恨みする前に、自分の欲望に向き合って、あがくほうが大切だと思います。

「自分の将来の可能性や大化けするかどうかなんて、誰にも分かりません」
「自分の将来の可能性や大化けするかどうかなんて、誰にも分かりません」
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 同時に会社の組織の中でも「ムダな自己愛」に浸っていないか、確認するいいチャンスです。僕は仕事で企業の人事や経営者の人と話す機会がありますが、「○○が自社らしさなんです」「ずっとこういうカルチャーで仕事をしてきています」という言葉を聞くことがあります。それに本当に満足しているのならば問題ないのでしょうが、「組織内でうまく立ち回りたい」「改革をして失敗したくない」という意図が透けて見える場合、自分かわいさで、重い腰を上げて、新しい環境に適応するのが面倒なのかもしれないなとも思います。でも、自尊心よりも大切なものを持たない人に、一体何を成し遂げられるんだろうか、と考えています。「自己保身で挑戦しなかった姿」はその会社の文化として刻まれていき、いつか挑もうとした人に、大きな足かせを何重にもはめてしまいます。

野生を取り戻す『ファイト・クラブ』

 2冊目はブラッド・ピット主演で映画化もされた 『ファイト・クラブ』(チャック・パラニューク著、池田真紀子訳、ハヤカワ文庫) です。

『ファイト・クラブ』(チャック・パラニューク著、池田真紀子訳、ハヤカワ文庫)
『ファイト・クラブ』(チャック・パラニューク著、池田真紀子訳、ハヤカワ文庫)
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 映画・原作ともに素晴らしく、どちらもお薦めですが、こちらもパンチ力が強いので、僕は「1年に1回ぐらい」と使用量を守った上で見返しています。

 この本ではエリートながらも空虚感を抱え、不眠症に悩む主人公が、ふとしたことからお互いを殴り合う「ファイト・クラブ」に身を投じていく様子が描かれています。全体を通して、「世の中でうまくいき過ぎることに慣れすぎて、自分が本当はどう生きたいか考えることを放棄していないか?」「今すぐ、自分が本当に求めているものと向き合え!」という力強いメッセージが込められているように感じます。岡本太郎さんの書籍と同様、はたして今、「自分が本当に生きた!」と言える人生を送っているか、というストレートパンチを打ち出してくる作品です。

 「自分が本当はどう生きたいか」を見つけるのは、容易ではありません。コーチングなどで答えが見つかるわけではなく、「世の中でうまく立ち回るメタ認知を身に付けるだけ」の手段に終わってしまう可能性があります。「どう生きたいか」を考えるはずが、いつしか「どういう考えが生きやすいか」にすり替わり、その正当化の道具としてコーチングやキャリアカウンセリングという手法が用いられるというのは、本来の目的から外れているのではないかと思います。

 結局は自分から逃げず、ドロッとした心の深淵を掘り下げ、自分で自分を探すしかありません。ともすれば「コスパよく生きたい」欲求にかられますが、若いうちからそうしたスタンスを身に付けてしまうのはもったいない。岡本太郎さんの言葉を借りれば、「そんな人生はこれっぽっちも面白くない」と個人的に思います。

 だからといって、「人が羨む人生」だけを追求していては、本当に欲しかったものが、自分の手の中に残らないのではないかと思います。「夢中になれるものが、自分を何者かにする」のであって、そこに真正面から向かっていくことが大切だと感じます。

「結局は自分から逃げず、心の深淵を掘り下げ、自分で探すしかありません」
「結局は自分から逃げず、心の深淵を掘り下げ、自分で探すしかありません」
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 若いうちは未熟であることが当たり前なので、「これこそが本当にやりたいことだ!」と思うものに挑戦し続ける姿勢が大事です。未熟さをあらわにしながらも何かを変えようと躍起になっている人と、マネジャーや管理職になっても自分の未熟さが露呈しないように振る舞い続けている人、どちらの大人になりたいか考えてみるといいかもしれません。

 自分の人生が妙にきれいにまとまりそうになった時に、この2冊を読んで活を入れ直すことが、個人的にはお薦めです。

文/三浦香代子 構成/木村やえ 写真/稲垣純也