西海岸で誕生した配車サービスのウーバーは急成長を遂げていた。エンジェル投資家を探していたウーバーは協力者に事欠かなかったが、交渉は急展開を見せる。創業者トラビス・カラニックと、ベンチャーキャピタルのベンチマーク、メンロ・ベンチャーズ、アンドリーセン・ホロウィッツとの交渉のプロセスを、『The Power Law(ザ・パワー・ロー) ベンチャーキャピタルが変える世界』(セバスチャン・マラビー著/村井浩紀訳)から抜粋・再構成してお届けする。

ジェフ・ベゾス、ウーバーを称賛

 今回、ウーバーが展開していたのは、売り手と買い手が自由に参加するマーケットプレイス型のビジネスであり、ウーバーへの投資を計画・先導したベンチマークのビル・ガーリーは、それについて深く理解していた。ベンチマークからの資金で活動を本格化させたウーバー創業者のトラビス・カラニックは、ガーリーの期待に十二分に応えた。カラニックはニューヨークのリムジン市場を守る制限的なルールをかいくぐりながら進んだ。

 法律・条令に抵触することは一切なく、ウーバーはライセンスを認めるに値する存在だと市長を何とか納得させるまで違反行為を徹底して避けた。ほかにも、カラニックはダイナミック・プライシングという洗練されてはいるが、人気のないアイデアを実行し、ガーリーはこれを称賛した。

 ウーバーは低額の予測可能な料金を請求するのではなく、利用者の需要に応じて料金を変動させた。需要が急増するピーク時に、ウーバーは料金を引き上げて、市内に追加のドライバーを引き寄せ、車両不足を未然に防いだ。料金のつり上げだと不満を漏らす批判的な人々もいたが、カラニックはその方針を貫いた。

「トラビスは真の起業家だ」とアマゾンのジェフ・ベゾスは賛同するようにガーリーに言った。
「そのように考える理由は何でしょう」とガーリーは尋ねた。
「彼はこの件(ダイナミック・プライシング)で屈しなかった」とベゾスは回答した。

 2011年後半にはカラニックが次の資金調達を進める準備が整った。彼の粘り強さをベゾスが称賛したこともあって、出資希望者には事欠かなかった。ベゾス自身、300万ドルの拠出を保証し、ゴールドマン・サックスも加わると約束した。

 このラウンドを主導するベンチャーキャピタル(VC)を求めていたカラニックが第一候補に選んだのはアンドリーセン・ホロウィッツ(a16z)だった。特にアンドリーセン・ホロウィッツのパートナーのジェフ・ジョーダンに敬意を払っていた。オープンテーブルの元CEOで、別のデジタル・マーケットプレイスであるエアビーアンドビーの取締役だ。

 ジョーダンは従来型の製品と新しい情報の融合を理解し、一時期はペイパルの社長を務めたことから、スタートアップの規模拡大のための手法を知っていた。ウーバーがジョーダンとガーリーの両方を味方につけることができたなら、シリコンバレーのベンチャーキャピタルから最高のアドバイスを得ることになりそうだった。

トラビス・カラニック(2016年)(写真:ロイター/アフロ)
トラビス・カラニック(2016年)(写真:ロイター/アフロ)
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 カラニックはa16zと交渉している間に、ほかの出資希望者に応対しても問題はないと考えていた。最も食い下がってきたのは、かつてUUNET(世界初の商用インターネットプロバイダ)を支援したVCであるメンロ・ベンチャーズに入ったばかりのシェービン・ピシェバーだった。

 ピシェバーはジョーダンやガーリーと同クラスではなかった。大柄で、自己宣伝の才能に恵まれた、少しなれなれしく近づいてくるタイプで、3年前に「起業家精神に関する、とりとめのない、時差ぼけの、半分明晰(めいせき)な、美しい電子メール」と称賛された、奇妙なエッセーで注目を集めた。

 そのエッセーでは「フェイスブックの内部の人々は、より高度な使命と大義について知り、それらに突き動かされなければならない」と指摘した。その上で「彼らはザッカーバーグという天才を中心に革新をもたらし、拡張し、それをよりエレガントで、当を得た、個々人に向けた、感動的なものにするという使命を負っており、そうあるべきだ」とした。

a16zとの交渉決裂

 この種のこびへつらう、ナンセンスなメッセージを受け取った側の有力者たちは、ピシェバーのことを鋭敏で、その上、賢明だとまで見なしがちだった。カラニックもこの追従を浴びて楽しんだ1人だった。間もなくマーク・アンドリーセンがa16zはウーバーの企業価値をおよそ3億ドルに評価する用意があると示唆する。これは1年足らず前にベンチマークが出資した際の5倍の水準だった。

 a16zが提示した評価額に満足したカラニックは、ピシェバーに電話をかけて、メンロ・ベンチャーズの出資を受け入れないことになるだろうと伝えた。

 ピシェバーが振り返るには、「やあ。相棒」とカラニックは受話器越しに呼びかけてきた。「本当に君とこの取引をしたい。しかし、会社の利益のためには、よそと進めなければならないんだ」

 「そのように言われた瞬間を私は記憶している」とピシェバーは回顧した。「私は感情的に反応することもできた。例えば『お願いだ。止めてくれ』と」。しかし、ピシェバーは代わりに、別のトーンを選んでカラニックに返事をし、「注意して聞いてほしい。おめでとう」と潔く切り出した。

 「絶対にこのまま進むべきだ。もし、デューデリジェンスの過程で何か不都合なことが起きた場合には、思い出してくれ。私は10万%、君を支持している。だから強気で交渉するがいい。君にはバックアップがあるんだ」「恩に着るよ」とカラニックは答えたという。

 a16zと手を組んだ結果、カラニックはシリコンバレーの成功物語ではおなじみの道を進みつつあった。ある強力な投資家の支援を得てシリーズAの資金調達を実現したのに続き、同じくらい強力な投資家に支えられてシリーズBの資金調達を計画していた。もし、カラニックがこの調子で続けていたなら、後にウィーワークを蝕(むしば)むガバナンスの空白がウーバーをも悩ませることはなかっただろう。

 しかし、ここで歴史は思いがけない方向に逸(そ)れていった。アンドリーセンは、カラニックが約束された値だと受け止めていた3億ドルの評価額を撤回した。このベンチャーキャピタリストは、カラニックとの夕食の際に、ウーバーの利用者数と売上高のせいで評価額が過大になっていると主張した。彼は提案の4分の1を減額した。カラニックはアンドリーセンに歩み寄りを促そうと試みた。しかしアンドリーセンは考えを変えなかった。

 数日後、カラニックは減額を了承し、アイルランドで開かれるテクノロジー関連のカンファレンスに向かった。しかし、評価額にはなお困惑していた。彼はアンドリーセンに電子メールを送り、a16zの現在の提示額である2億2000万ドルと、当初の3億ドルの間のどこかで、より良い取引を求めた。しかし、アンドリーセンは立場を変えなかった。

 カラニックは憤慨し、ピシェバーに電話した。
 そのとき、ピシェバーは会合に参加するためアルジェリアにいた。画面を見たが、悩ましいことに、アルジェリアでは発信元を表示する機能は働いていない様子だった。少々ためらった後に、ピシェバーは電話に出ることにした。

 「やあ。相棒」と聞き覚えのある声がした。
 ピシェバーはアドレナリンが少し噴き出したのを感じた。「どうしたんだい」と尋ねた。「私に言ったことを思い出してくれ。今も有効だよね」
「クソがつくくらい、もちろんだ」
「ダブリンで会えるかな」とカラニックは尋ねた。
「次の便に乗るよ」とピシェバーは約束した。

 ピシェバーはヨーロッパを北上し、カラニックとアイルランドの首都で落ち合った。2人は石畳の通りを歩き、パブに立ち寄るとギネス・ビールを頼んだ。ウーバーには無限大の可能性があると繰り返すカラニックには、より強いカリスマ性が感じられた。「あのとき私は本当に理解した。彼は何兆ドルにも上る事柄(ウーバーが攻め込む市場の規模)について話していた」とピシェバーは後に語る。

 ホテルに戻ったピシェバーはカラニックにテキスト・メッセージを送った。ウーバーの企業価値を2億9000万ドルとした。a16zの減額した提案を30%余り上回っていた。

数多の起業家から原石を見つけ、世界を変革する存在へと導くベンチャーキャピタル。一発の成功で莫大な富を生む「べき乗則(パワー・ロー)」が支配する世界の内実を描く衝撃の書。インテル、アップル、グーグル…圧倒的スタートアップ誕生のとき、彼らは何をしたのだろう。

セバスチャン・マラビー著/村井浩紀訳/日本経済新聞出版/上下巻とも2090円(税込み)