ベンチャーキャピタル(VC)の言いなりにならない若い創業者たちが登場する。その代表格が、当時ハーバード大学の学生だった20歳のマーク・ザッカーバーグだ。彼はいかにVC業界に衝撃を与え、新しい投資のかたちを生み出したのか。フェイスブックのザッカーバーグと大手VCセコイアとの交渉秘話を、『The Power Law(ザ・パワー・ロー) ベンチャーキャピタルが変える世界』(セバスチャン・マラビー著/村井浩紀訳)から抜粋・再構成してお届けする。

「われわれは彼に試されている」

 2004年の年末、米ベンチャーキャピタル大手、セコイアの投資チームが興味をそそられる会合に集まってきた。31歳のパートナーであるロアロフ・ボサが自分よりも若い起業家で、ハーバード大学2年生のマーク・ザッカーバーグの来訪を手配した。最近、セコイアの関係者たちはスタートアップの創業者がとても若くなっていることに気づいていた。ザッカーバーグの場合、まだ20歳だった。

 ソフトウエアのベンチャー企業が注目されるこの新しい時代にあって、起業家に求められるのは、プログラムに精通し、製品化のアイデアがあり、一心不乱に取り組むことだけだ。

 会合は8時に設定されていたが、8時5分になってもザッカーバーグは現れなかった。これは危険な出来事が起きる前触れだった。富を生み出す起業家はまだ青二才だった。ゲストがまだこちらに来る途中なのかどうか、ボサは電話で確認した。

 やがてザッカーバーグと彼の相棒のアンドリュー・マッカラムがセコイアの本部に姿を見せた。2人は単に遅刻しただけではなく、パジャマのズボンにTシャツといういでたちだった。

 既に引退していたセコイアの創設者ドン・バレンタインはこの日、オフィスに来ていて、若者たちをロビーで見かける。1970年代に、アタリのノーラン・ブッシュネルをはじめとする、わがままな性格の人物たちを相手にしたことを思い出したバレンタインには、ピンときた。パジャマ姿の狙いは挑発であり、挑戦だった。

 ザッカーバーグの会社に投資するチャンスをつかむためには、バレンタインがブッシュネルにしたことと同じ行いを、セコイアが2004年にしなければならなかった。冷静さを保ち、裸になって、一緒にホットタブ(温水を張った浴槽)につかることだ。

 バレンタインは会議室へと急ぎ、間もなく訪れる視覚的な衝撃に備えさせた。
「彼が着ているものを気にしてはならない。われわれは試されている。なぜパジャマ姿なのか、彼らに尋ねてはならない」と強い口調で言って、出ていった。70歳代の自分には、会話を円滑にする役目が務まらないと分かってのことだ。

 会議室に入ったザッカーバーグとマッカラムは、寝過ごしたのでパジャマを着たままだと弁明した。そのメッセージは「セコイアだって? 知ったことか」だ。名高いベンチャーキャピタルとの面会があっても、目覚まし時計をセットする理由にはならなかった。

 誰もが寝坊の話を信じたわけではない。ザッカーバーグはシャワーを浴びたばかりのように見えた。髪はまだ乾いていなかった。到着の遅れの理由を事実とは異なる形で説明することは、セコイア側にとって気持ちのいいものではない。ザッカーバーグは起床すると、体を洗い、そして決意した。パジャマ姿で、尊大ぶって、遅れてゆくと。意図的に相手を軽んじることは、意図しない場合よりも悪質だった。

マーク・ザッカーバーグ(2010年)(写真:AP/アフロ)
マーク・ザッカーバーグ(2010年)(写真:AP/アフロ)
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 ザッカーバーグは会議テーブルの前に座り、スライドの資料を用意した。プレゼンテーションでは、大学のキャンパスで野火のように広がるソーシャル・ネットワーキングのウェブサイトである「ザ・フェイスブック」への言及はなかった。

 代わりに、ザッカーバーグはワイヤーホッグという利用者の間でファイルを共有できる、まだ実績の乏しいサービスについて紹介した。シリコンバレーでの投資案件に選択権を行使することに慣れたセコイアに、このときばかりは、付随的なプロジェクトの大げさな説明に耳を傾けさせるつもりだった。

ザッカーバーグの悪ふざけ

 ザッカーバーグの説明資料のタイトルはさらに侮辱的だった。「ワイヤーホッグに投資してはならない上位10項目の理由」という、あざけるような表現だ。

「理由、その10。我々には売り上げがない」と資料は始まった。
「理由、その9。我々はおそらく音楽業界から訴えられる」
 少しして「理由、その3。我々はオフィスにパジャマ姿で遅れて現れた」
「理由、その2。ショーン・パーカーがかかわっているから」
「理由、その1。我々はロアロフに言われて、ここにいるだけ」

 セコイアのパートナーたちは、これまでにも扱いにくい創業者と一緒に仕事をしてきた上に、ほかのVCよりも規律を重んじていた。自分たちのプライドも、相手に対する偏見も制御していた。

 また、バレンタインからの忠告であらかじめ用心していた彼らは、パジャマ姿の挑発に乗るつもりはなかった。それでも、パートナーたちがいくら試みても、ザッカーバーグとの話はかみ合わなかった。

 この若き訪問者はロアロフ・ボサのことは明らかに尊敬していた。後には、彼をフェイスブックに採用しようと企てている。

 しかし、ザッカーバーグにはセコイア全体からも、特にそのリーダーのマイケル・モーリッツからも魅力的に思われたいという考えはなかった。ザッカーバーグは、いかにも気取った大学2年生らしい詭弁(きべん)を弄しているように見えた。やりたくない仕事の面接に出かけ、そこで年長者をからかう楽しみを味わっているかのような振る舞いだ。

 パジャマを着たザッカーバーグの悪ふざけは、VC業界が重大な転機を迎えている兆候だった。この2004年後半には、グーグルが上場し、ほかの若手の起業家たちもブリンとペイジの作戦にならって、VCに素っ気ない態度を示して、射止めにくい存在を演じていた。

 もっとも、グーグルの創業者たちの行動と、ザッカーバーグが見せた態度はかなり異なる。グーグルの2人はVCと厳しい駆け引きを繰り広げた末に資金を手にしたが、ザッカーバーグはセコイアによる支援を心底、望んでいなかった。

数多の起業家から原石を見つけ、世界を変革する存在へと導くベンチャーキャピタル。一発の成功で莫大な富を生む「べき乗則(パワー・ロー)」が支配する世界の内実を描く衝撃の書。インテル、アップル、グーグル…圧倒的スタートアップ誕生のとき、彼らは何をしたのだろう。

セバスチャン・マラビー著/村井浩紀訳/日本経済新聞出版/上下巻とも2090円(税込み)