「無理なお願いやしつこい誘いを断れなかった」「デリカシーのない質問やマウンティングを我慢した」などの経験は、ありませんか? 『エレガントな毒の吐き方 脳科学と京都人に学ぶ「言いにくいことを賢く伝える」技術』では、相手をいらだたせずに、自分のもやもやをそっと気づかせる方法を脳科学者の中野信子さんが解説しています。抜粋編第4回は、「イケズと脳の関係性」について紹介します。
日本人に「空気を読む」文化が存在するわけ
京都人のものの言い方を、ちょっと怖く感じる……と日本の多くの人が思うのは、ある意味独特の素地があるといっていいものです。脳機能的には、セロトニントランスポーターによるところもないとはいえないのではと思います。
セロトニンというのは有名な物質ですから、もはや説明の必要はないと思いますが、この脳内での流通量を左右するたんぱく質があり、セロトニントランスポーターというのがその一つです。これは、多く存在する人と、中くらいの人、少ない人と3パターンいて、日本には、少ない人が一番多く、その次が中くらいの人です。多い人というのは3%ほどしかいません。
この3%の人というのは、セロトニンの流通量が多くなるのか、あまり不安を感じないタイプと考えられています。どちらかといえば、「ピアノうまくならはりましたね」という含みのある表現をされても、「そうでしょう、でも、もともとうまいですよ!」などと返してしまうタイプ。やはり日本には、無心にこういう風に返事をするタイプは少ないのではないでしょうか。もしかしたら、これって例の京都風の言い方なのでは、と内心不安になったりしている人のほうが多数派を占めるように思います。
というのも、定期的にネット上をにぎわすネタとして京都人の言い回しが挙がってくるということは、多くの人がそれを気にしていて、「実はあれはああだったのではないか」とそこはかとなく不安になったり、いわゆる「あるある」を感じてその感覚を共有したくなったりするからだろうと推測されるからです。
日本人なら、「京都のイケズ」を、使いこなすことはできずとも、いわれてみれば何となく理解できるというのは、やはり内心不安を感じる人たちが大多数を占める国ということでしょう。
使いこなすにはトレーニングが必要ですが、このセロトニントランスポーターの少なさというのはあたかもイケズ受信機のように働いて、「あっ、ここは踏んではいけないところだ」などと、人の行動を抑制するようなところがあるのです。
京都の人は慎重にものを言っているだけ
プロスペクト理論として知られている意思決定モデルがあります。これによると、勝っている人は今持っている得をできるだけ減らしたくないと考えて、より堅い選択肢を選ぼうと慎重になるといいます。
反対に、負けている人は、今の損をできるだけ早く減らしたいと考えて一発逆転を狙う、というのがこのモデルの骨子です。
自分の利益が人より勝(まさ)っているなというときに、より堅くリスクを減らす戦略でいこうというのは、あながち不自然な話ではないでしょう。逆に、自分が負け込んでいると感じるときは、一発逆転を狙って、もっと自分の利益を増やさなきゃ、少なくともマイナスから0にしなきゃ、と焦ってしまう側面が人間にはあります。
京都、なかでも、洛中に代々お住まいになっていて、自身も京都に長く住んでいますという方は、日本の中ではもしかしたら勝ち組といっていい人たちだったのかもしれません。
勝っている人たちはむしろ一発逆転を狙わず、堅くいく必要がある。相手を論破したりせず、今ある状況を何とか維持することが最大の利益となるわけです。
一方で、これからもっと自分が本気を出して何かを成し遂げなければならない、あるいは、サービス精神で何かをしなくてはいけないと思っているという人は、一発逆転的な言葉を安易に発してしまって、失言をしてしまう状況も増えかねない。
この理論からいうと、勝っている人ほど慎重にものを言っている、ということになります。リスクをなるべく増やさない。心理的に「これ以上、自分が地雷を踏んだりしたくない」とか、「もしこの人が同僚になったとしても、自分のことを悪く思われたくない」とか、そういう回避心理が働いて、できるだけ抑制的に、謙虚に振る舞うようになります。「いやぁ、ちょっと自信ないんですよね」などと、あらかじめ予防線を張っておく言い方が安全で得をするという判断をする傾向が強くなるでしょう。
「実るほど頭(こうべ)を垂れる稲穂かな」を求める空気感
勝っている人は勝ちをアピールすると危ないことを知っている、というのはもしかしたら、セロトニントランスポーターの話と結びつくところもあるかもしれません。
日本特有のおもしろい制度として、ホールインワン保険というものがありますが、これは、ゴルフでホールインワンを達成すると、周りの人に対してご祝儀を配らねばならないので、かえって経済的には打撃になってしまうため、ホールインワンを「してしまった」というときのために保険をかけておく、というものです。ホールインワンは普通に考えればめでたいことであるはずなのに、事故扱いになってしまう。ちょっと変わった国ですよね。
おめでたいことが誰か一人に起こると、これは実質的にほぼ事故のような扱いになってしまう。
田中耕一さんがノーベル賞をお取りになったとき、1年で髪の毛が真っ白になってしまわれました。メディア対応やら何やら、おそらく大変なことがあったであろうことが推測されますが、この国では、目立った業績を上げてしまうと、それは事故と同じような扱いで、皆が称賛するようであってもその実、一人勝ちした人に対して、「どうして自分にはあのような幸運がやってこなかったのだろう」とひがむような目で見る人というのは存外に多いものです。
京都では自慢話をするというのはあまりかっこいいことだとはされていません。目立つのもちょっと品がない。 第3回 のピアノが上手、というのもある種そのような感じのちらつく言葉ではあります。「なんか自慢してる」「ちょっとよく思われたいと思っている」というような……。
そう考えると、この問題も100:0で相手をノックアウトするような自慢話をするというのがどうも京都にはなじまず、半々ぐらいで妥協しておき、相手に花を持たせたことにして自分は安全と満足を得るというやり方が最も洗練されて美しいということに落ち着きそうです。
中野信子(著)、日経BP、1320円(税込み)

