伝説の雑誌「ホール・アース・カタログ」や「ホール・アース・レビュー」の編集に携わり、「WIRED」の創刊編集長を務めたケヴィン・ケリー氏。テクノロジーの動向を的確に分析した数々の名著で知られるが、新著『 生きるための最高の知恵 ビジョナリーが未来に伝えたい500の言葉 』(池村千秋訳、日経BP)は趣の異なる「至言集」である。同氏の既刊書の翻訳も手がけ、親交の深いジャーナリスト・服部桂氏が「遺言書のような響き」とも評する"生き方の本質を突く言葉たち”はどのように見いだされ、編まれたのか。同書に収録された服部氏の「解説」を紹介する。

【解説】
あなたがこの本を読む前に
知りたかったかもしれないこと

服部 桂

仲間よ、これは書物ではない。
これに触れる者は人間に触れるのだ。

ウォルト・ホイットマンの詩集『草の葉』より


 「もう本は書かない」と言っていたはずのケヴィン・ケリーが、2022年秋に東京で会ってから、熊野古道を踏破して帰国した後に、「前言を翻すようだが、実は今度こういう本を出すことになった」と送ってきてくれた本書の原稿を読んで、「確かに、こういう本が欲しかった!」と膝を打った。

 本書はテクノロジーの動向を分析する彼のこれまでの著作とは違い、思索を重ねる途中でふと出てくる物事や、生き方の本質をズバリ突くような言葉を、コンパクトにまとめた珠玉の至言集である。ここに記されているのは、老年に達した父親ケヴィンが、大切な息子や娘に向けて書いた言葉であり、彼の正直で誠実な本音が見え隠れし、どこか遺言書のような響きさえ感じられる。

飾らない自由人

 ケヴィン・ケリーは、1990年代のデジタル業界のトレンドを扱って一世を風靡(ふうび)した雑誌「WIRED(ワイアード)」の創刊編集長を務め、シリコンバレーの最先端のトレンドにも精通する「ビジョナリー」として知られる人物である。「この分野に注目したら儲かる!」「次のトレンドはこれだ!」と吹聴するアナリストやマーケティングの専門家とは一線を画す、物静かで、まるで導師のような風貌の、異色の存在だ。彼はいまでも世界各国で講演をしているが、いつも最小限の荷物で世界中を旅し、主催者が高級ホテルを用意しても、気楽なビジネスホテルで構わないと言って滞在先を移ってしまう。講演料などにも無頓着で、仕事が済むと田舎歩きに消えてしまうような、いたってマイペースの飾らない人だ。

生い立ちと青春時代

 ケヴィン・ケリーは1952年にペンシルベニア州に生まれ、ニュージャージー州で育ち、ロードアイランド州立大学に進んだ東部人である。父親は気象学を学んだ「タイム」誌の管理職であった。小さい頃にはコンピュータの展示会に連れていってくれ、彼はその影響もあって科学に興味をもつようになった。高校時代には部屋を科学博物館のように改装しては、鳥はどう飛ぶのか、ブラックライトでなぜ蛍光塗料が光るのか、などを解説するパネルをつくったり、化学実験に勤(いそ)しんだりしていたという。

 同時にアートにも興味をもち、当時市場に出始めたばかりの一眼レフカメラに夢中になってからは、写真こそが科学とテクノロジー、アートを融合しようとする自分の趣向に一番合うものだと思うようになった。

 彼が青春期を過ごした1960年代は、核兵器の開発による米ソ冷戦が激化し、月を目指すアポロ計画やコンピュータ開発が進むテクノロジーの全盛時代だった。その一方で、戦後生まれの若者たちはベトナム戦争に徴兵されて世の中に疑問をいだき、ロックやドラッグに走り、親世代の古き良きアメリカ文化に対抗する「カウンターカルチャー」を先導し始める。彼もその例にもれず、18歳の頃には自分だけの新しい生き方を模索するようになる。

 ケリーは大学では地質学を専攻するも、夏休みには古典をかたっぱしから読みふけり、ある日、19世紀アメリカの「自由詩の父」と呼ばれるウォルト・ホイットマンの『草の葉』を読んで衝撃を受ける。ホイットマンは全国を旅しながら、雄大な風景の中で働く人々の姿を詩の中に見事に描いており、彼にはそれがアメリカ文化を写真のように端的に切り取っていると思えたのだ。ホイットマンの詩に影響を受けた若き日のケリーは、このとき、自分も本にかじりついているのをやめて、外国を旅しながら写真を撮りたいという衝動に駆られたという。

 その頃、ちょうど台湾で中国語を習っていた高校時代の親友が声をかけてくれたこともあり、ケリーは、大学を退学して1971年に台北に向かう。その後は父親の友人がいる大阪に足を延ばし、そのままヒッチハイクを繰り返して、フィリピン、韓国、タイ、ビルマ(現ミャンマー)、インドへと旅を続ける。

 彼の旅の持ち物はカメラとナイフと寝袋と数着の着替えだけ。アジアの村々では住民たちと深い交流を重ね、西欧文明に毒されていない場所で「テクノロジーという覆いを取り去ったような直接的な経験ができた」と回想する(彼の撮った、失われゆくアジアの風物への優しいまなざしにあふれた膨大な写真は、『Vanishing Asia』という大型の3巻本にまとめられ、2022年に出版されている)。

 そして、ついに中東にやってきた彼は、復活祭の朝、イエスが処刑されたエルサレムのゴルゴダの丘にある教会の前で神の存在を実感し、自分の使命は「あと6カ月しか生きられないとしたらどう生きるか」を真剣に考えることだと直感する。

 こうして足かけ8年ほどのアジア・中東への旅から戻った彼は、預金をすべて寄付し、自転車に乗って、全米各所で暮らす兄弟や両親に会いに行く。やがて、西海岸から東海岸までの5000マイルを旅した後、6カ月目の最後のハロウィーン前夜に両親の家に泊まる。このときの彼は、もう死ぬための用意はすべてできていると思っていたが、翌朝目覚めたときに、自分がまだ生きていることの喜びを、いままでにないほど強く感じたという。

 彼は死について考え抜いて行動することで、その先の未来を見つめ直し、改めて喜びを感じることができたのだ。後に彼はカトリックからプロテスタントに改宗し、長老福音派の助祭となって信仰を深めることになる(彼は自らの信仰については何も語らないが、揺るぎない信念をもっている)。

ポジティブなテクノロジー観

 本書の中でも「若いうちに半年か1年くらい、できるだけお金を使わずに暮らす経験をしておくといい。なるべくものを所有せず、質素な食事で済ませ、狭いアパートやテントで生活する。その経験をしておけば、将来リスクを負って行動するときに、最悪のシナリオが怖くなくなる」(p.31 no.047)と説いているが、これはまさにアジアを旅した経験からくる言葉だろう。

 また、勢いを増すシリコンバレーのベンチャー企業に対しても、真っ先に多くの資金を集めようと考えるのは間違いで、持ちなれない大金に頼って破滅してしまう例が多いと警鐘を鳴らす。

 例えば、「成功までには長い時間がかかるが、死なない程度にお金があればいい。それは冗談めかして『ラーメン助走路』と呼ばれるもので、昼食にラーメンを食べられるだけのお金があればいいのであり、インスタントラーメンでもいい」(『5000日後の世界』PHP新書)などと、シリコンバレーのビジネスのやり方とは一線を画すアドバイスをしているが、これもアジアで人生をゼロから見つめ直してきた彼だからこそ言える金言だろう。

 その後、若い頃に影響を受け、60年代のヒッピーの生き方の指南書にもなった「ホールアース・カタログ」に関わりたいと思っていたケリーのもとに、この雑誌の創設者スチュアート・ブランドから、市場に出たばかりのパソコンソフトを評価する「ホールアース・ソフトウェア・カタログ」の仕事を手伝わないかと声がかかる。

 学生の頃にはテクノロジーを悪の象徴のように思っていた彼も、個人がパソコンを所有するようになると、コンピュータにはネットワークでつながって人々のコミュニケーションを促進し、社会のあり方を変えていく有用な側面があることに気づき始める。

 その後のケリーの躍進は広く知られる通りだ。後継誌「ホールアース・レビュー」を担当し、1993年には同誌を離れて「WIRED」誌の創刊を担うと同時に、インターネットやマルチメディアが興隆し始めたデジタル時代に起きていることを詳細にレポートした『「複雑系」を超えて』(アスキー、1999年:Out of Control)を発表。次に、テクノロジーとは何かという長年の疑問に答えようとした『テクニウム―テクノロジーはどこに向かうのか?』(みすず書房、2014年:What Technology Wants)、さらに、ネット時代のデジタルの意味を12の法則で具体的に解説した『〈インターネット〉の次に来るもの』(NHK出版、2016年:The Inevitable)などの話題作を次々と世に出してゆく。

 これらの本に通底するのは、テクノロジーや未来に対する楽観的な視点である。テクノロジーは目先の技ではなく宇宙全体の原理のひとつであり、それが私たちの人生により多くの選択を与えてくれるので、上手に付き合うべきだと彼は述べる。本書の中でも「長い目で見れば、未来をつくるのは楽観主義者だ。楽観主義者であるために、人類が生み出す問題の数々を無視する必要はない。人類の問題解決能力が大きく改善すると想像するだけでいい」(p.60 no.112)と、良い面が悪い面を1%でも上回れば、その問題解決を毎日続けていくことで、未来はより良いものになると主張している。

古今東西を超えた視座

 彼の著書はいずれも、業界のトレンドを個々に深掘りするというよりむしろ、テクノロジーやデジタル化の背後にある基本的な法則や、その深い意味を探ろうとするものであり、そこで語られているのは、デジタル時代に生きるわれわれに必要な心構えだ。それは、テクノロジーそのものは名前や場所を変えて進化していくが、それらを生み出したり使ったりすることで変わっていく私たち人間の姿勢こそが、この時代を真に理解するためのカギとなることを、彼が誰よりも深く理解しているからだろう。

 そして、その主張は本書の中にも集約されている。ここに記されている言葉はケヴィン・ケリーという人の信条や生き様そのものであり、本書の言葉に触れることで、彼の多くの著作も、より深く理解できるようになるだろう。その意味で、これはケヴィン・ケリーの本質に触れる稀有な本であり、時代を画する優れた本を多く手がけてきた彼自身を知るための貴重な手がかりでもあるのだ。

 本書はアメリカで出版されると、「テクノロジーのはびこる現代社会を生きる上で必要なことを、短い言葉で端的に表現している」「友人にもプレゼントしたい」などの声が数多く寄せられ、彼が言葉を向けた若者だけでなく、かつての若者だったケリーと同世代の人々にも広く読まれ、幅広い読者を獲得していることがわかる。

 ぜひ、毎日数ページでも本書に目を通し、気に入った言葉を日々の生活に当てはめてみてほしい。世の中には歴史的人物が言ったとされる言葉を集めた、たくさんの名言集があるが、この本はまさに、デジタル社会を生きる上で必要な大切な気づきを与えてくれる、すべての人に向けたメッセージなのだ。

 業界では彼を「聖人」と評する声も聞くが、現世的なテクノロジーが跋扈(ばっこ)する世界でその深い意味を静かに探り、西欧のキリスト者としての思想や東洋の知もわきまえた東西の懸け橋のような彼独自の世界観は、現代をより正確に理解しようとする貴重な眼差しだと言えるだろう。そしてそれらはこのデジタル時代を経た100年後も、忘れられることなく残り続けるだろう。

 彼の会得した人生の知恵を読めば、きっとみなさんも、何か得るものを見つけられるはずだ。