日本のビジネス界の表裏を知り尽くした経営学者が、日本企業の新たな飛躍への挑戦を描く『 再興 THE KAISHA 日本のビジネス・リインベンション 』(ウリケ・シェーデ著/渡部典子訳/日本経済新聞出版)。冨山和彦氏(経営共創基盤グループ会長)は本書に解説を寄稿し、「グローバル化、企業統治、ファイナンスなど複合的な観点から日本企業の実態を捉え、再興のための本質的な課題を取り上げる、経営者にとって必修教養書だ」と薦める。今回は解説の後半部分を抜粋。

前半「 冨山和彦氏が解説『私たちにとって最高最良の姿見が登場!』

大河ドラマ型の教養書

 経営という営為はすぐれて総合格闘技である。世界のビジネススクールのカリキュラムが、狭義の経営学から社会科学全般へ、さらには人文学、科学技術へとどんどんその辺縁を広げていることから分かるように、いわゆるESGの時代に入り、経営者が責任を持たなくてはならない範囲は、国家の指導者に負けず劣らず大きな時空となっている。

 その一方で、総合格闘技を構成する個別種目はより専門化、高度化していくので、それぞれの議論やスキルセットが、ともすると全体像を見失う、手段が目的化するリスクをはらんでいる。

 だからこそ、深い個別知と広い総合知を融合する知力が問われており、そこに本書のような大河ドラマ的な経営学術書の価値がある。今こそ、すべての経営者が、しっかりとした社会科学的な方法論で書かれた文章を読み、考えること、それによってより良い経営をするための知的戦闘力、すなわち真の意味での「教養」を習得することが問われているのだ。その意味で、私はオライリー教授の『両利きの経営』と並び、本書は若い世代はもちろん、すべての日本の経営者にとっての必修教養書となりうると確信している。

 大河ドラマ型教養書として本領発揮の好例が、グローバル化との関連で地域という横軸で世界の中の日本を描き出したアプローチ(第5章)、そしてコーポレート・ガバナンスに関わる議論(第6章)やM&Aやプライベート・エクイティなどファイナンスに関わる議論(第7章)である。シェーデ教授は、狭義の日本的経営に関わる論点、例えば競争戦略論や人事組織論に限られることなく、こうした幅広い辺縁に議論を展開し、カイシャの歴史的な紆余曲折(うよきょくせつ)が極めて広い経営要素、経済要素が複合的に関連し合って展開してきたことを示してくれる。

 私自身、こうした領域にも深く関わってきたが、我が国では現在、これらの議論が個別の専門領域ごとに縦割りで行われ、「専門家」たちによって部分最適的な解決が指向される傾向が顕著になっている。ある意味、黒船的に問題提起が行われ、受け身で防戦的な個別対応になっていることがこうした展開の原因の一つと思われるが、グローバル化対応にしても、ガバナンスやM&Aにしても、これらは企業を、経営を、より良くするための要素、手段の一つに過ぎない。その背骨、目的関数との関連性を見失って、例えばコーポレート・ガバナンス・コードに形式だけコンプライ(適合)することに血道を上げるのは愚の骨頂である。

 本書は大河ドラマの中にこうした論点を位置づけることによって、今起きていることの意味と同時に、そこで木を見て森を見ない反応をする危険性を気付かせてくれる。

 同時に論点の広がりがこれだけ大きくなるということは、日本的経営という経済社会モデルは、企業という閉鎖空間だけではなく、資本市場、労働市場などの外部市場、グローバルなサプライチェーンのつながり、そして社会システムや人々の行動様式など幅広い多数の構成要素が相互に依存し合って出来上がっていること、それゆえにうまく嚙み合えば奇跡的な成功を長期にわたってもたらす(高度成長期からバブル経済まで)が、それを組み換えようとすると、いわゆる経路依存性の罠(わな)にはまって、なかなか抜け出せないリスク(1990年代以降の長期停滞)があることを示している。

 最近、コーポレート・ガバナンス改革について、「形式先行で実質が追い付いていない」と言う批判をよく耳にするが、これこそ日本企業をめぐる大河の流れの曲がり角が、複合的に絡み合った経路依存性を逃れて個々の要素を新しい調和に向けて組み直す大きな作業、すなわち会社全体のかたちを大きく変容するコーポレート・トランスフォーメーション(CX)を求めていることを示唆している。本書の題名にある通り、昭和バージョンの古い日本企業のかたちであるカイシャを、令和バージョンの新たなTHE KAISHAへと大アップデートしなければならず、例えばコーポレート・ガバナンス改革は確かに重要だが、その一つの構成要素に過ぎないのである。

日本企業をリインベンション(再発明、再興)せよ

 本書の終盤、第8章以降は、DXがさらに進展する時代において、日本企業再興のための本質的な課題に切り込んだ、未来志向の議論、提言が展開されている。シェーデ教授は「リインベンション」すなわち再発明、再興という言葉で、日本の企業モデル、経営モデルを作り直すべきであり、それは十分に可能であることを具体例も交えながら力強く主張している。これは私たちIGPIグループの言葉で言えば、まさにCXであり、その要諦も、組織カルチャーや雇用人事制度など、思考や意思決定に関わる行動様式をどのように変容させて、現代に適合した組織能力を再構成、再構築するかに焦点を当てたものとなっている。我が意を得たりである。

 個々には十分に有効で機能する経営要素をいったん分解し、新たな時代にフィットした新しい基本OS上にコンポーネントとして組み上げ直す。そして基本OSを構成するものは、組織の基本的行動様式、すなわち組織カルチャー、組織風土、動機付けシステムや価値観として語られるものの総体である。それが古いままでは、例えばアジャイル経営を提唱しても、組織の戦力行動のピボットスピードは上がらない。どんなにITを整備して情報の即時一覧性を高めても、日本型の終身年功ヒエラルキー組織では、最前線にいる課長クラスの若手が迅速、すなわちほぼ独断で戦略転換の意思決定を行うようにはならないのである。

 そんな古い基本OSを消去することに躊躇(ちゅうちょ)せず、新しい基本OSを真剣勝負で作り上げ、上書き導入すれば、そして足りないコンポーネントをその上にどんどん載せていけば、日本企業の多くが持っている既存の強みはこれからも大いに機能するのである。

 本書の後半部分で取り上げられているソニー、パナソニック、AGC、リクルート、ソフトバンクやトヨタといった企業は、まさにそうしたリインベンション、CXを実現した、あるいはその挑戦途上にある企業たちである。

 また米国西海岸のスタートアップムーヴメントのど真ん中にいる立場からは自然のことだが、日本におけるスタートアップへの期待と可能性も論じている。

 シェーデ教授は、かつてのアベグレン博士と同じく、敗戦後の空気感に沈む私たち日本の経営者、ビジネスパースンに対して、論理的、客観的に「本気で正しいリインベンション、CXに取り組めば、必ず皆さんのカイシャはTHE KAISHAとして再興できる」というエールを送ることで本書を締めくくっている。

「本気で正しいリインベンション、CXに取り組めば、必ずTHE KAISHAとして再興できる」(写真/shutterstock)
「本気で正しいリインベンション、CXに取り組めば、必ずTHE KAISHAとして再興できる」(写真/shutterstock)
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THE KAISHA再興へCXの旅を始めよう!

 この解説の冒頭のところで「シェーデ教授とは長年、議論を戦わせてきた」という趣旨のことを書いた。私自身も、極めて数多くの経営の修羅場をこの国で経験し、ハンパな経営学者に負けないくらい多くのサンプル、それもディープなサンプルを持っており、そこから普遍化、抽象化した法則や原理原則について考えてきた人間である。だから本書で彼女が展開している議論と私の考えがあらゆる点で一致するわけではない。しかし、だからこそ私たちの間には知的双発関係が長年にわたり成り立ってきたし、私が日本企業の病理とその根治的な処方箋を考える上で、数限りないインスピレーションをシェーデ教授との議論からもらってきた。

 その過程で、私自身が日本企業の経営にどっぷりつかっていることに起因する主観バイアスに幾度となく気付かされた。その気付きが自分の経営観をより高い次元、より深い洞察に導くうえでどれほど大きな役割を果たしたことか。

 読者の皆さんにお願いしたいのは、本書に答えを求めないで欲しいということである。海外の卓越した日本企業研究者による卓越した社会科学的な観察記述の価値、最高最良の姿見の価値は、それを読むことによって読者が読者自身の姿を客観的に認識し、会社について、経営について、社会について、自分について考えるきっかけを与えてくれることにある。それこそが現代のあらゆる世代のビジネスパースン、マネジメント人材が求められる総合知を強化することにつながると信じる。

 私とIGPIグループの仲間、約6000名が以前から実践し提唱しているCXとは、企業、社会、政府そして個人の生き方に関わる変容への長くて大きな旅、そして愉快で豊かで明るい未来を目指す旅である。シェーデ教授の言葉を使えば、THE KAISHAを再発明、再興する旅となる。読者の皆さん、本書を片手に、その旅を一緒に始めようではないか!

「日本的力強さ」の再発見!

日本で学び、現在、カリフォルニア大学で日本の経営、ビジネス、科学技術を研究するドイツ人研究者が、21世紀以降の日本企業の行動を分析し、その変革力を考察。日本企業の「再興」=リインベンションへの取り組みを通じて、バブル崩壊以降広がった日本悲観論・軽視論を退ける。

ウリケ・シェーデ著/渡部典子訳/日本経済新聞出版/2750円(税込み)