12年働いた中堅システムインテグレーターをやめようと決心していたSEの後藤智彦。緊急トラブルの対応現場で出会ったすご腕の先輩SEの五十嵐優一と共に徹夜でトラブル対応にあたる長い夜。出世を捨てきれない後藤に五十嵐は、出世する意味について問い返す。(この物語はフィクションです)

イラスト:冬乃郁也
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 ふと気づいた。ぼくら、しゃべってばかりで、トラブル対応をしていない、と。

 春村さんを見ると、彼女も少し、そわそわしている。やっぱり、直すのに専念したいのかな? それとも、他に理由があるのかな?

「そういえば五十嵐さん、サーバー室に戻らなくてもいいですか? まだトラブル対応が終わっていませんよね」

「大丈夫だ。今できることはほとんどない。というか言ったろ、トラブルのときは、言い訳をしない、ご飯を食べない、家に帰らないのが大事だって。全部やってるんだから、やるべきことの8割は終わったようなものだ」

「五十嵐さんは、直っていなくても仕方がないと言ってましたしね」

 五十嵐さんは、ぼくの言葉をフフッと笑って受け流し、春村さんを見た。

「それより、春村さんは眠くない? こいつとの話は長いから、眠っててもいいよ」

「大丈夫です。おふたりの話、とても参考になりますから」

 そう言いつつも、春村さんは少し眠そうにしていた。

イラスト:冬乃郁也
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「参考になる話ってあったかな? どうでもいい話ばかりだけど」

 そう言ってちゃかす五十嵐さんであったが、ぼくにとっては真剣な話ばかりだ。

 春村さんも、同じ気持ちだったのか、五十嵐さんに向かって口を開いた。

「私、五十嵐さんは本当に優秀だと思います。私の会社にも優秀な人がいます。でも、五十嵐さんみたいにしっかり考えている人はいません」

「持ち上げても、何も出ないぞ」

「いや、ぼくも春村さんと同意見です」

 五十嵐さんは少し居心地悪そうに照れた。

 そんな五十嵐さんを見ながら、ぼくは話を続けた。

「ぼくの会社って、親会社が大企業ですし、その系列ですから、高学歴で優秀な人がたくさんいます。そんな優秀な人たちなのに、出世して管理職になって、無駄な調整業務ばかりをやっています。なんか、もったいないなーって思うんです」

 ぼくは古本で読んだIBMの話を思い出していた。マイクロソフトがまだ零細企業だった頃の話である。IBMというコンピューターの巨人が、マイクロソフトにPC用ソフトの開発で惨敗した。その原因は、優秀なプログラマーが若くして昇進して管理職になり、現場には能力が低いプログラマーばかりが残るという人事システムにあったと書かれていた。まさしく今の会社と同じ人事システムだ。

「後藤の会社には、オレと比べものにならないくらい優秀な人が集まっている。だけど、今なら、彼らに仕事で負ける気はしないな」

「仕事の力量では、五十嵐さんのほうが完全に上でしょうね。お金を稼ぐ力も、IT業界での地位も、周りからの人望も」

「うれしいことを言ってくれるな。実際、今のオレのほうが仕事で成果を出せると思う。それは能力が高いとかじゃなく、どれだけ顧客のために時間を割いてきたか、ということなんだ」

「顧客のために、ですか?」

「顧客に向かって真剣に仕事をする、これが一番、成長する。オレはほぼ100%の神経を、顧客に向けて仕事をしてきた。めちゃくちゃ考えたし勉強もした。本や機材を整えて家で夜な夜なプログラムを書いたり、実機で最新技術を検証したりした」

「すごいですね……」

「社外の会合にも参加して人脈も築きつつ、知見を深めていった。顧客に最高のパフォーマンスを発揮できるように努力を続けた」

「社内の飲み会にはほとんど参加せず、ですか?」

「もちろんだ。無駄な飲み会には行かない。飲み会はコミュニケーションのために有益な場合もあったが、2次会、3次会と全部に行く必要は全くない」

 完全に同意だった。

「出世している人たちは、飲み会を断らないですよね」

「そうなんだ。オレは出世した彼らの気持ちはわからないけど、いろいろと窮屈さを感じているんじゃないかと思ってる」

「五十嵐さんが言われること、なんとなくわかります」

「オレは、どんな顧客のどんな仕事も全力でやったし、考えに考え抜いたから、実力もついた。その結果、失敗もあったけど、顧客からの多くの信頼を得たし、結果も残せた。一方、出世している社内の優秀な彼らにはそういう貴重な経験が少ない」

「そうですよね。決して、顧客のことを無視しようとしているわけじゃなく、顧客のことを考える以上に、出世のためには社内のことを考えなければいけないですから」

 春村さんが、うんうんとうなずいている。

「そうだ。社内の雑用や上司からの無駄な命令、報告に振り回されるんだ。そして、飲み会やゴルフも行かなければならない。非常に忙しい」

「それ、本当にそう思います」

 五十嵐さんは、友人である雑誌の編集長の話をしてくれた。

「仲がいい編集長が言ってた。仕事をがんばってきたら出世して、いつの間にか5誌の編集長を掛け持ちすることになった。だけど、毎日会議の連続で、何も面白くないと。読者が何を求めているか、どんな雑誌を作ったら喜ばれるか、それだけを考えていた現場の仕事に戻りたいって。あれは本心だと思う」

「そう考えると、ぼくはまだ主任で現場の仕事です。無駄はありながらも、顧客に向けた仕事に専念できている方だと思います」

「そう。だから、いい仕事ができるし、大きく成長できる」

「はい、恵まれている気がしてきました」

「ただ、後藤もわかっていると思うが、いい仕事をするのと出世は別だ。もし出世をしたいのなら、顧客へ向けている力を社内に向けて、社内営業をすることも大事だ。ただ、勘違いするなよ。出世が間違っているわけではない。人によって仕事に対する価値観が違う、というだけだ」

(つづく)

▼本連載は左門至峰氏の小説『ぼく、SEやめて転職したほうがいいですか?』(日経BP、2023年6月19日発行)を著者の許諾の下で転載しています。本文表記は原則、書籍発行時の記述をそのまま掲載しています。

日経クロステック 2023年8月23日付の記事を転載]