生成AIをはじめAIが身の回りにあふれる中、次の注目株として挙がっているのが「フィジカルAI」です。デジタル空間ではなく実世界で動くフィジカルAIは、私たちの仕事や生活を一変させる可能性を秘めています。ではフィジカルAIを学ぶためには、どのような書籍を読めばいいのでしょう。京都大学大学院 情報学研究科 助教の八木 聡明さんに聞きました。
2025年10月、ソフトバンクグループはスイスの重電大手であるABBから、同社のロボット事業を買収することを発表しました。ABBのロボットは、産業用ロボットにおいては常にトップグループに位置しており、50年以上の歴史を持ちます。ソフトバンクグループは50億ドル以上の資金を投じて手中に収めるのですが、発表に際して孫正義会長兼社長は次のように述べ、注目を集めました。「ソフトバンクグループの次のフロンティアは『フィジカルAI』です」。
孫氏がフロンティア、すなわち現在は未開拓でもこれからおおいに発展していくであろうと考えているフィジカルAI(人工知能)は、最近、耳にする機会が多くなっているのではないでしょうか。AIといえば、多くの人が想像するのはデジタル上の世界です。ChatGPTをはじめとする生成AIを例にとっても、パソコンの中で完結します。一方で、フィジカルAIは実環境で動くAIを意味します。具体的には周りの環境から何かの刺激を受けると、AIがその内容に応じて判断をして行動に移す。行動するためには身体を通じなくてはならないため、英語では「Embodied AI」といわれ、これを直訳して日本語では「身体性AI」ともいわれます。その応用としては、各種ロボットがAIを備えて動く姿を想像してもらえば、一番しっくりするかもしれません。
AIブームが訪れる中、生成AIは瞬く間に世界を席巻しました。次に企業の間で注目をされているのが、エージェントAIです。エージェントAIは、指示に基づいて自律的に考えてタスクを実行するAIで、例えば旅行計画を立案してくれたうえで、宿や交通手段までも手配してくれます。ではAIの分野において、次のトレンドは何か? ここでクローズアップされたのが、AIがいよいよ実世界に入り込んでくるフィジカルAIというわけです。
名だたるテック企業が、フィジカルAIに着目しており、冒頭に紹介した孫氏の言葉もこういった流れを受けてのものです。また、AIには必須の半導体であるGPU(画像処理半導体)を生産し、先日、時価総額が世界で初めて5兆ドルを突破したことでも有名なNVIDIA(エヌビディア)も、最近では急速にフィジカルAIに力を入れ始めました。
AI技術の進歩はまさに日進月歩で、フィジカルAIもあっという間に浸透してくる可能性があります。その流れに遅れないよう、フィジカルAIの社会実装に関して議論をする「KUPAC」という団体を、京都大学の教員や学生を中心にして7月に設立しました。想像以上に反響があり、関西方面の研究団体やモノづくり企業を中心に、問い合わせが増えています。
AIの可能性をさらに広げるフィジカルAI。フィジカルAIを学ぶのに適した書籍を、今回から3回に渡って紹介します。今回はその入り口として、フィジカルAIの基礎を理解するのに適した書籍を2冊紹介します。
AI分野全体を見渡した記述で理解を深める
フィジカルAIが、新聞などのメディアで取り上げられるようになったのはごく最近です。このためフィジカルAIに特化して解説している書籍はほとんどありません。今回は初心者向けを意識して、フィジカルAIを学ぶための下地を作るといった観点から、「フィジカル」と「AI」を分けて、それぞれの基礎を学ぶのに適した書籍を紹介します。
AIの基本を学ぶという観点でお勧めするのが『教養としてのAI講義 ビジネスパーソンも知っておくべき「人工知能」の基礎知識』(メラニー・ミッチェル著、松原仁解説、尼丁千津子訳/日経BP/2021年2月刊)です。AIの分野をしっかりと俯瞰的に見下ろして執筆されており、AIの歴史や進歩、基本概念や倫理的な問題まで網羅されているのが特徴です。AIが各種の処理をするためにはニューラルネットワークという技術が深く関わっていますが、そういった技術の基本的な構造を説明することから入って、現状のAIのできる範囲や今後の課題などがわかりやすく説明されています。400ページを超える書籍ですが、初心者の方でもつまずくことなく読み進められるはずです。
一通り学習した後、最後には今後の成長分野や課題に関してQ&Aの形で説明するパートが設けられています。例えば、AIは人間から多くの仕事を奪うのではないかといった風潮がありますが、それに関しては「AIによって、大量の人間の失業者が出るのだろうか」といったQを用意して回答しています。またAIではシンギュラリティ(技術的特異点)に関してよく議論されることがありますが、それに関連して「汎用的な人間レベルのAIの実現まで、あとどれくらいかかるのだろうか」といったQも用意されています。
フィジカルAIの一つの応用としては、自動運転が挙げられます。これに関連して「自動運転が普及するまで、あとどれぐらいかかるだろうか」というQも用意されています。これを読むと、フィジカルAIが身近になる日も間もなくであるということが実感できるのではないかと思います。
フィジカルAIが開く世界を想像する
初心者向けに「フィジカル」を学ぶために推薦するのが『シンギュラリティ(やさしく知りたい先端科学シリーズ3)』(神崎洋治著/創元社/2018年11月刊)です。先ほども説明したシンギュラリティは、AIが人間の知能を凌駕(りょうが)し、文明に大きな変化をもたらす転換点のことを意味します。このように説明すると、この書籍もAIを学ぶのに適したもののように感じるかもしれませんが、AIに特化した本ではありません。話の中心は、シンギュラリティを迎えたとき、社会にはどのような変化が起きるかを、当時の先端技術から予測している点にあります。その変化は、当然実世界に訪れるものであり、まさにフィジカルAIによってもたらされようとする変化といえるでしょう。
フィジカルAIの用途として、わかりやすいものとしては前述したようにロボットや自動運転が挙げられます。本書ではそれ以外にも、建設業界やエンターテイメント業界などへの適用の姿が描かれており、フィジカルAIの応用の広さが感じ取れます。また、出版は2018年と少し前になりますが、当時の各業界の先端ロボットなどの実例が網羅されているため、実際にフィジカルAIの活用を志向しているプレーヤーの実態が把握できます。
タイトルに「やさしく知りたい先端科学シリーズ」とあるように、イラストも豊富に使いわかりやすく説明されています。また、細かいトピックで章内のパートもわけられているので、興味がある部分を拾って読むことも可能です。フィジカルAIによってどのような世界が広がるのかを考えるのに、よいきっかけとなる書籍だと思います。
今回はフィジカルAIを学ぶうえで、土台を築くのに適した書籍を2冊紹介しました。次回は、中級者に向けたお薦めの本について紹介します。
京都大学大学院 情報学研究科 助教
(取材・構成:木村 知史=CocoSmile 編集者)


