AIの中でも、デジタル空間を飛び出し実世界で動く「フィジカルAI」。最近よく目にするようになったフィジカルAIを学びたいという読者に向けて、京都大学大学院 情報学研究科 助教の八木 聡明さんが良書を推薦する2回目です。今回は、フィジカルAIの応用を目指す方に向けた書籍を2冊紹介します。
人間と似た判断ができる土台の整備が重要
前回、フィジカルAI(人工知能)は実環境で動くAIと定義され、具体的には周りの環境から何らかの刺激を受けると、その内容に応じて判断をして行動に移すAIだと説明しました。刺激の種類が一つだけなら、AIによる処理も複雑にはならないかもしれませんが、実環境で動くためにはそうはいきません。人間でいえば、見たり聞いたり話したり触ったりして刺激を受け、それら複数の刺激を統合的に判断して次の行動を起こします。フィジカルAIが社会に広く実装されるためには、人間と同様の判断を行える必要があるでしょう。
現在、複数のデータ(刺激)を理解・統合したうえで処理をするAIをマルチモーダルAIといいます。実は、皆様が使っている生成AIも、最近ではテキスト情報に加えて画像や音声をも理解して回答してくれるといった点では、マルチモーダルAIに進化しているといえます。
今回、1冊目として紹介する『基盤モデルとロボットの融合 マルチモーダルAIでロボットはどう変わるのか』(河原塚健人、松嶋達也著/技術評論社/2025年8月刊)は、マルチモーダルAIについて解説する書籍です。それとともに、開発の土台となるマルチモーダルAIの基盤を提唱し、基盤があることでロボット開発が容易になり、フィジカルAIを開発したロボットの質や量が劇的に変わることを述べています。例えば、工場で組み立てを行うロボットと、調理場で寿司を握るロボットは、基本的な動作はほぼ一緒です。基盤があれば、一定の動作までは共通化でき、違った動作をする部分だけを開発すればよいので、開発効率が圧倒的に高まります。
著者のお二人(河原塚健人さんと松嶋達也さん)は、いずれもロボット業界では著名な若手の研究者です。そのお二人が最新の研究を網羅された書籍で、出版されたのも2025年8月とごく最近です。現在、フィジカルAIに関しては最もホットな情報が掲載されている書籍だと思います。
体と環境の相互作用から知能は生まれる
現在、フィジカルAIの応用先として最もホットなのは、ヒューマノイドロボットでしょう。米国や中国が競って最先端のヒューマノイドロボットを開発しており、Youtubeなどの動画サイトでは、様々な家事を行ったり運動を行ったりなど、人間さながらの動きを実現した様子を見ることができます。私は、ヒューマノイドロボット研究では日本の第一人者である石黒浩先生の指導のもとで大阪大学において学位を取得したので、近年のヒューマノイドロボットの急速な進展には驚くばかりです。その一方で、資金集めのために派手なデモンストレーションを行っている企業も散見されるため、技術の進歩を冷静に見ることが重要だとも思っています。
次に紹介する『柔らかヒューマノイド ロボットが知能の謎を解き明かす』(細田耕著/化学同人/2016年5月刊)は、ヒューマノイドロボットの在り方を改めて考えさせてくれる1冊です。AIは今がブームといっても、知能の研究ははるか昔から行われていました。知能の研究には、大きく2つの流派が存在していました。一つは知能を閉じたデジタル空間の中で検証するという考え方。もう一つは、知能は体と環境の相互作用から生まれるという考え方です。後者の研究では、知能を考えるにあたっては、体とそれが動く環境がそもそも必要になります。環境の変化に体は応じる必要があり、そこに知的なふるまいが発生するという理屈です。
同書は、筆者の細田先生がヒューマノイドロボットを開発する軌跡が主には描かれています。体と環境の相互作用を考えるときに、研究材料として最も適しているのは地面という様々な環境に対応しなくてはならない脚型ロボットです。二足歩行を行ったり跳躍を行ったりする際にはどのような知的なふるまいが求められるのか、細田先生は脚型ロボットを通じてシステムの在り方を追求しています。
タイトルにもあるように、知的なふるまいをするためには、体の柔らかさがあることが望ましいとします。実際に細田先生は、空圧を利用したアクチュエーターや皮膚を研究するなど、柔らかさをヒューマノイドロボットに求めていました。同書の出版は2016年と決して新しくはありませんが、現在の最先端のロボットの限界を知るという意味でも、またフィジカルAIの課題を考えようとする際に知能の研究に立ち戻ってみるという意味でも、重要な書籍だと思います。今回は中級者向けの書籍として紹介しましたが、縦書きの体裁ですので、気軽に読める1冊です。
今回は、フィジカルAIを学ぶ書籍を、主には中級者を意識して紹介しました。次回は、フィジカルAIの最終回として、個人的にお薦めの書籍を紹介します。
京都大学大学院 情報学研究科 助教
(取材・構成:木村 知史=CocoSmile 編集者)


