開発経済学の重要なテーマの一つは経済成長。世界にはなぜ繁栄が続く国と停滞する国があるのか。開発経済学者・山形辰史さんによるお薦めの本、第1回は、経済成長の条件について、世界史をひもときながら論じた『国家はなぜ衰退するのか』(ダロン・アセモグル&ジェイムズ・A・ロビンソン著)と『自由の命運』(同)です。
開発経済学の肝は途上国の成長促進
開発経済学とは、端的に言えば国際開発をよりよく進めるための経済学です。いまだ世界から消えない貧困や差別、災害といった大きな問題に対処するには、国際社会による協力が欠かせません。
ただそれは、足りている国から足りていない国へ、単に資金や物資を援助すればいいという話ではありません。緊急を要する場合は別として、基本はそれぞれの国が独自に生産性を高め、経済成長を遂げ、社会制度を改善し、国民所得と生活水準を引き上げていくこと。国際社会として、それを中長期的にどう支援すれば最適かを考えることが、開発経済学の重要なテーマなのです。
成熟国家はイノベーションを嫌う
そもそも世界はなぜ、経済成長を続ける国と止まってしまう国に分かれてしまうのでしょうか。その差はどこから生まれるのでしょうか。このことを、世界各地の歴史をひもときながら考察し、世界的なベストセラーになったのが、『 国家はなぜ衰退するのか 権力・繁栄・貧困の起源(上)(下) 』(ダロン・アセモグル&ジェイムズ・A・ロビンソン著/鬼澤忍訳/ハヤカワ・ノンフィクション文庫)です。
著者の一人ダロン・アセモグルはトルコ人で、経済成長論や労働経済学、政治経済学などの分野におけるトップエコノミスト。もう一人のジェイムズ・A・ロビンソンは 著名な政治学者。つまり経済学者と政治学者の共著です。
本書の重要なキーワードはイノベーション(技術革新)です。イノベーションには、企業も国家もその登場を待ちわび、歓迎するようなイメージがありますね。
ところが、歴史を振り返れば、必ずしもそうではありません。むしろ時々の既得権益層はイノベーションを嫌っていたというのが、本書の大きな主張です。
これはある意味で当然です。経済学者ヨーゼフ・シュンペーターは、イノベーションを「創造的破壊」と表現しました。つまり革新的な技術や手法が生み出されれば、旧来のものは駆逐されてしまうのです。
既得権益者にとって、これは権益を失うことになりかねません。だから創造を阻害し、イノベーションを抑え込もうとします。
例えば、18世紀半ばにイギリスで始まった産業革命は、国民1人当たり所得を劇的に向上させました。では、なぜイギリスで産業革命が起き、大陸ヨーロッパで起きなかったのか。その理由は、国王によるコントロールの力の差にあると説明します。
イギリスでは国王の力が弱かったため、商人や事業家が経済活動を自由闊達(かったつ)に行うことができました。一方、大陸ヨーロッパでは、強大な権力を持つ各国王がその地位を守ろうと、民間の自由な経済活動を許しませんでした。
さらに歴史を遡れば、強力な既得権益層の姿勢が国家を衰退させた事例が数多くあります。例えば紀元前から紀元4世紀まで栄華を極めたローマ帝国も、9世紀から15世紀まで交易の拠点として栄えたベネチア共和国も、17世紀まで世界の技術をリードしていた中国の明も、最盛期以降は既得権益層が安定を求めて革新を嫌ったために衰退が始まり、結果的に消滅したと述べています。
イノベーションを歓迎しない企業もある
またこのことは、国家の歴史にだけ見られる現象ではありません。今日の民間企業・業界においてもよくある事象です。例えば自動車業界では、少し前から、将来的には電気自動車が主流になるといわれてきました。目下、そのトップランナーはテスラであり、またグーグルやソニーなど異業種からの参入も話題になっています。
一方、既存の自動車メーカーも開発を進めていますが、まだ内燃機関(エンジン)から電気へ完全に軸足を移しているようには見えません。
恐らくそれは、内燃機関の技術や研究の蓄積があまりにも大きいからでしょう。電気に移行することは、そのほとんどを放棄することでもあります。経営的にも心情的にも、そこまではなかなか踏み込めないのではないでしょうか。
いずれにせよ、「誰もがイノベーションを歓迎する」というのは幻想かもしれません。繁栄を享受してきた国家や企業ほど、むしろイノベーションを阻害し、成長が止まり衰退の道を歩み始める。経済が成長しないのは、自らその道を選んでいるからです。
本書のもう一つの大きな特徴は、歴史的な事例として取り上げた時間軸と地域が、極めて幅広いことです。古代ローマや産業革命の話のみならず、古代マヤ文明やウズベキスタン、エチオピア、コンゴ、アメリカ、それに日本の明治維新の話も出てきます。その意味では、技術論や経済発展論としてのみならず、俯瞰(ふかん)的な経済史の本としても大変面白いと思います。
成長を続けるための「狭き道」
ただし、本書の枠組みで今日を眺めると、どうしても当てはまらない大国があります。それは中国です。中国共産党が現体制維持をもくろむなら、その脅威となりそうな創造的破壊は許さないはず。つまり経済成長は止まるはずです。この本でも、そう予測しています。
ところが現実には、中国は本書の原著が刊行された2012年時点でも、またその後も高い経済成長を続けてきました。むしろ世界におけるイノベーションのリーダー的な存在にも見えます。それはなぜなのか。その問いかけに答えるように書かれたのが、同じ著者二人による『 自由の命運 国家、社会、そして狭い回廊(上)(下) 』(早川書房/原書は2019年刊)です。
著者らは本書で、前作とはまた別のロジックを提示します。それは、民主国家として発展を続けるには、政府と社会の能力が同時に伸びる必要がある、というものです。
横軸に政府の能力、縦軸に社会の能力をとったグラフを描くと、右上方向にほぼ45度の角度で伸びていく状態が最も望ましい。政府は法律によって社会を整備し、社会はそういう政府が権力を持ち過ぎないように監視し、ともに力をつけながらバランスさせることで国民は自由を得られる。それによって経済は成長するというわけです。
しかし、この状態はそう簡単には実現しません。例外的にうまくいっている地域として、今日のヨーロッパやアメリカが挙げられています。本書のサブタイトル「国家、社会、そして狭い回廊」は、右上方向45度の道は極めて狭いという意味なのです。
そこで中国についてですが、本書では、強い国家に対して社会の発展が追い付いていないという解釈をしています。したがって前作と同様、中国の行く末に対しては懐疑的です。しかし、なぜ今まで成長を持続できたのかについて、明確に説明できているとは言えません。
私見によれば、中国政府は確かに強権ですが、技術革新についてそれを発動するのは、政府にとって脅威となるほど力を持った人や企業に対してだけなのでしょう。最近で言えば、ネット通販大手アリババやその創業者ジャック・マーに対する締め付けが話題になりました。しかし、それ以外の経済活動については、かなり自由にさせているように思います。
昨今は不動産価格の急落などによって成長が鈍化していますが、さて政府はどう動くのか、社会は政府とバランスするほど発達できるのか。そういう観点から中国に注目することも大事かもしれません。
本書もさまざまな時代、国家の事例の分析が充実しています。前作とは別の角度から見た経済史、または世界経済論として読めると思います。
取材・文/島田栄昭 取材・構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集部) 写真/小野さやか


