経済成長や政策によって社会の平等化を実現することは可能なのか。開発経済学者・山形辰史さんによるお薦め本、第2回は、平等・不平等の条件について、歴史を検証しながら論じた、『暴力と不平等の人類史』(ウォルター・シャイデル著)と『大不平等』(ブランコ・ミラノヴィッチ著)です。

「逆U字型仮説」は間違っていた

 少し前、トマ・ピケティの『 21世紀の資本 』(山形浩生、守岡桜、森本正史訳/みすず書房)という本が話題になりました。同書が指摘したのは、先進国においても社会の平等化は実現していないということでした。

 これは、開発経済学の常識を覆すものでした。というのも、アメリカの経済学者サイモン・クズネッツが1955年に提唱した「逆U字型仮説」が長い間、発展と格差の関係を示す論理的な枠組みとされてきたからです。縦軸に不平等度を測る指標を取り、横軸に所得水準を取ると、所得水準が上がるにつれて不平等度は高まりますが、一定のポイントを過ぎると平等化する。そのグラフの形が、逆U字の山型になるというものです。

 これは、感覚的にも分かりやすいと思います。誰もが貧しい状態であれば、それはある意味平等な社会です。そこから何らかの発展が始まるとしたら、全員が等しく豊かになるとは考えにくいでしょう。誰かが成功して豊かになる一方、他の人々が以前と変わらないとすれば、そこに格差が生まれて不平等度が高まります。

 しかし、さらに成長が続けば、他の人々の所得も上がって不平等度は低下する。最終的に社会全体が平等化するのではないか、という仮説でした。『21世紀の資本』は、歴史を振り返りながら、決してそうはならなかったという事実を私たちに突き付けました。

「長く定説だった逆U字型仮説が揺らいでいます」と話す山形さん
「長く定説だった逆U字型仮説が揺らいでいます」と話す山形さん
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平等化は大きなショックで進む

 同様に歴史を振り返りながら不平等について考察したのが、歴史学者ウォルター・シャイデルの『 暴力と不平等の人類史 戦争・革命・崩壊・疫病 』(鬼澤忍、塩原通緒訳/東洋経済新報社)です。本書は「逆U字型仮説」は、前半はともかく、後半は平時には起きていないことを、過去のデータを掘り下げて証明しています。

『暴力と不平等の人類史 戦争・革命・崩壊・疫病』(ウォルター・シャイデル著)
『暴力と不平等の人類史 戦争・革命・崩壊・疫病』(ウォルター・シャイデル著)
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 原著のタイトルは「The Great Leveler」。「Leveler」とは「社会を平等にする要素」という意味で、「戦争」「革命」「崩壊」「疫病」の4つを挙げています。本書は、このような非常事態があったときだけ、社会は平等化していると主張します。

 まず「戦争」は、必然的に土地や建物などの資産を破壊します。資産の所有者である富裕層が大きなダメージを受けることが一つ。加えて、戦費調達のために増税や資産の没収が行われますが、真っ先に狙われるのは富裕層です。これらにより、平等化が進みます。第1次世界大戦でも第2次世界大戦でも、こうした現象が見られました。

 「革命」も明らかでしょう。1917年のロシア革命にしろ1949年の中国建国にしろ、共産主義化、つまり分配の平等を進める以上、平等化が進むはずです。

 そして「崩壊」とは、文字通り国家の破綻や体制の崩壊を意味します。1991年に大きく展開したソマリアの分裂はその典型で、平等化の論理は「戦争」とほぼ同じです。

 最後の「疫病」は、14世紀に世界的に大流行したペスト(黒死病)をはじめ、過去に何度か起きているパンデミックの際に共通して見られる現象だそうです。感染症はまず、多くの貧しい労働者に襲いかかります。一方、資本家など富裕層は何らかの対策を講じられるので、助かる確率は高くなります。

 ところが、いざ猛威が過ぎ去って事業を再開しようとしても、労働者不足に直面します。その状況で労働者を集めようと思えば、賃金や待遇を引き上げざるを得ません。これによって格差が縮まるというわけです。

 いずれも、社会にとって大変なショックです。言い換えるなら、こういうショックが起きない限り、社会の平等化は進まないということです。

 一般に、政府は福祉政策や再分配政策などによって、なんとか格差の拡大を抑え込もうとします。しかし本書によれば、歴史的に見ると、これらの政策をもってしても平等化に大きな役割を果たしませんでした。その見立てが正しいとすれば、これもまたショックな話です。

 さて昨今、世の中はようやく新型コロナウイルスという「疫病」から脱しつつあるようです。本書の指摘通り平等化が進むのかどうか、注目したいところです。

「エレファントカーブ」が示す日本の没落

 経済のグローバル化により、世界全体が豊かになっていることは間違いありません。しかし、世界の中で誰がより多くその恩恵を受けているのでしょうか。このことを端的に表しているのが、「エレファントカーブ」と呼ばれるグラフです。グラフの形が鼻を持ち上げたゾウの姿に似ていることから、その名が付けられました。

 グラフの縦軸は所得の成長率、横軸は世界中の人々の所得分布です。各国の統計を基に、所得の低い人から高い人まで順番に並べて人数単位で100等分した上で、1988年から2008年までの20年間でそれぞれの層の所得の伸びを見ています。この20年は、ベルリンの壁が崩壊して経済のグローバル化が進んだ時期です。つまり、グローバル化がどういう層を豊かにしたかが分かります。

 エレファントカーブを提示したのは、世界銀行の経済学者だったブランコ・ミラノヴィッチで、その著書が『 大不平等 エレファントカーブが予測する未来 』(立木勝訳/みすず書房)です。本書で明らかになるのは、ビル・ゲイツやイーロン・マスクのような先進国の超富裕層がますます所得を伸ばしたということ。グラフで言えばゾウの鼻の先端あたりです。

『大不平等 エレファントカーブが予測する未来』(ブランコ・ミラノヴィッチ著)
『大不平等 エレファントカーブが予測する未来』(ブランコ・ミラノヴィッチ著)
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 またそれと同様に大きく伸びているのが、中国やインドなど新興国の中間層で、ゾウの頭のあたりです。さらに最貧困層も相応に伸びています。つまり経済のグローバル化は、世界全体の格差縮小にある程度貢献していることが分かります。

 一方、 ほとんどゼロにまで落ち込んだのが、日本など先進国の中間層です。これも、私たちは肌感覚として分かるでしょう。新興国の労働者に仕事を奪われるとともに、国内の雇用のパターンが大きく変わりました。流動化が進み、非正規社員が増え、成果給などの制度も導入されました。その結果、給料が上がらない人、逆に下がる人が大幅に増えたのです。

 もっともミラノヴィッチはグローバル化による一連の変化をネガティブには捉えていません。先の「逆U字型仮説」に言及し、先進国中間層の例から後半部分が実現していないことを示していますが、その不平等を縮小させる道はあるとも述べています。それは税制、教育、先行者による超過利潤(レント)の消滅などの方策です。

 『暴力と不平等の人類史』も『大不平等』も、長い歴史を丹念に掘り起こして実証分析を行ったところに価値があります。これからの格差・不平等の問題を考える上で、『21世紀の資本』に続く基本書になると思います。

取材・文/島田栄昭 取材・構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集部) 写真/小野さやか