世の中には、「努力」し続けられる人と、そうでない人がいます。努力できる人は、目標に向かって着実に歩みを進め、大きなことを成し遂げることができます。一方、努力が苦手で何事も中途半端になってしまう人も少なくありません。努力できる人とできない人の差は、いったいどこにあるのでしょうか。この連載では、人間の行動と心理について長年研究し、行動経済学・ナッジを基に企業へのコンサルティングを行っている経済学者・山根承子さんが、「努力ができる人とできない人はなぜいるのか?」「努力をしておくといいのは本当か?」「正しい努力とは何か?」「どうすれば努力できるのか?」という観点から、「努力」を科学で解明します。6回目のテーマは、「運」の影響力について。「自分は幸運だ」という自覚が、どれほど人の行動を変えるのかを考えます。
「自分は幸運だ」という思いが人に与える影響
前回、「運と努力のどちらが成功につながっていると思うか」という価値観を紹介した。
自分の「運」を意識するのは、おみくじを引いたときや厄年になったときなどだろうが、ビジネス成功者の話でもたびたび「運」という言葉を目にする。成功したければ幸運だと思い込むべきだという話や、面接で運を尋ねられたら「自分は運がいい」と言ったほうがいいという話、「成功の最後の決め手は結局、運だ」というような主張を見たことがある人も多いのではないだろうか。
しかし、「努力」という観点からは、「幸運だと思い込む」ことは本当にいいことなのだろうか? 「幸運だ」という自覚は、努力を妨げているのではないだろうか?
運の存在を信じていない人、つまり「運があろうがなかろうが、とにかく自分の力次第だ」という人はもちろん努力するだろう。しかし、「自分は不運で、運の力には期待できない」という人、つまり運を信じていてもその恩恵が自分には来ないと思っている人も努力をしそうである。逆に、「自分は幸運なので、何もしなくてもなんとかなる」という人はたいして努力しないだろうとも予想できる。
前回紹介した、大学の期末試験の点数を予想させることで統制の所在を測定したアンケートを思い出してほしい。この調査では次のような質問をしていた。
Q1. この授業の定期試験(100点満点)で、あなたは何点を取ることができると思いますか?
Q2. Q1で答えた点数を実現するに当たって、現在のあなたの気持ちに最も近いものを1つ選んでください。
・(自分の力によって)どうにかできるだろう
・(運によって)どうにかなるだろう
・(自分の力不足で)どうにもできないだろう
・(運が期待できないので)どうにもならないだろう
このアンケートには学籍番号を記入させていたので、期末試験終了後に実際の試験の点数と比較することができた。回答タイプごとの、実際の期末試験の点数を見てみよう。
(自分の力によって)どうにかできるだろう 49.68点
(運が期待できないので)どうにもならないだろう 48.68点
(運によって)どうにかなるだろう 46.86点
(自分の力不足で)どうにもできないだろう 45.01点
やはり「(自分の力によって)どうにかできるだろう」という、内的統制の強い人たちの点数が最も高くなっている。そして次に得点が高いのは「(運が期待できないので)どうにもならないだろう」を選んだ人たちだった。この試験では、試験勉強の量(努力量)はそのまま得点に反映されていると考えられるので、「幸運は自分とは関係ない」と思っている人ほど、努力するといえそうである。そして、運頼みの人たちの点数の低さも予想した通りである。
「あなたは運がいいほうですか?」 あなたならどう答える?
見てきたように、「私は幸運なので大丈夫」という考え方は、努力を遠ざけているかもしれない。あなたはどうだろうか? どの程度幸運を信じ、それが自分のもとに舞い込むと思っているだろうか?
「幸運に関する信念を測定する尺度(Belief in Good Luck Items)」(1)を使えば、測定することができるのでやってみよう。
以下の文章に、(1) 強く反対する (2) 反対する (3) やや反対する (4) やや賛成する (5) 賛成する (6) 強く賛成する の6段階で回答してみてほしい。
① 運はすべての人の人生に重要な役割を果たす
② 一貫して幸運な人もいれば、一貫して不運な人もいる
③ 私は自分のことを幸運な人間だと思っている
④ 私は運の存在を信じている
⑤ 「きょうは運がいい」と感じることがよくある
⑥ 私はつねに運がいい
⑦ 幸運を感じるかどうかで何かを決めるのは間違いである*
⑧ 運は私に有利なように働く
⑨ 私は運がいいので、物事を天に任せても大丈夫である
⑩ 私は運がいいので、自分ではどうにもできないことであっても思い通りになる
⑪ ある人のところだけ舞い込む運、というものがある
⑫ 運は偶然にすぎない*
すべての回答の点数を合計してみよう。*のついている⑦と⑫は反転項目なので、(1)強く賛成する~(6)強く反対する として計算しよう。
点数が高いほど、運の存在やその力を信じているということになる。もし得点の高かったあなたが努力できない自分に困っているとしたら、それは幸運を信じ過ぎているせいかもしれない。
8割の人は「努力しにくいマインドセット」!?
世の中のどれくらいの人が、努力を苦と思わないのだろうか? 前回、努力しやすい「内的統制」の人が意外に多く存在することを紹介したが、「自分は幸運だ」と思っている人は、実際どのくらいいるのだろうか?
冒頭の大学の期末試験における調査で示したように、幸運を期待している人は努力をしない傾向にあるといえそうだ。幸運だと思っている人の数を見ることで、内的統制の人の数とはまた別の側面から、「努力しやすい人」と「努力しにくい人」の分布をうかがうことができるだろう。
著者を含む研究チームは、近畿大学の経済学部と経営学部の学生を対象に定期的にアンケート調査を行っており、ここで運に関する質問を行っている。その質問は「あなたはこれまでの人生で運がいいほうか悪いほうか、どちらだと思いますか?」というもので、「いいと思う」「どちらかといえばいいと思う」「どちらかといえば悪いと思う」「悪いと思う」の4つから当てはまるものを回答させている。
892件の回答があった最新の調査(2022年10月)の結果は図2の通りである。
多くの大学生は「自分は運がいいほうだ」と考えており、「いいと思う」と「どちらかといえばよいと思う」を足した割合は77%にもなる。もちろんこれは1つの大学の、特定の学部の学生というかなり限られたサンプルでの結果なので、日本国民全体に当てはまるかどうかは分からない。しかし、8割近い大学生が「自分は運がいい」と考えているのは驚くべき結果ではないだろうか。
ポジティブな考え方が大多数を占めているといえるので、未来は明るい気もするが、ここまで見てきたように「努力」という観点からは少し心配にもなる結果である。
人はいつ、努力のモチベーションが上がるのか
しかしそんな中「運が悪い」と言い切っている人も6%程度存在する。彼らはなぜ自分を幸運、または不運だと思うようになったのだろうか? 前回見たように、経験によって運の重視度が変わるのだとすると、この運に対する信念は個人の中で変化しているかもしれない。
実はこのアンケートは半年に1度実施されており、同一個人の時間的変化を追えるようになっている。このアンケートに4回以上回答していて、この設問の回答がずっと同じだった人の数は31.8%(回答者689人中219人)だった。つまり、70%程度の人は、運の感じ方がその時々で変わっているのだ。
いったいどのような出来事が、彼らの運の捉え方を変えたのだろうか。ある人の運の知覚を変えたイベントを特定できたら、非常に面白いだろうと思う。我々のアンケートでは交友関係の変化、成績の変化、ライフスタイルの変化など、多種多様な項目を測定しているため、その中から運の認識を変えた要素を見つけ出せる可能性はある。
運の捉え方や幸運の自覚は、努力に大きく影響する。もしあなたが努力したいと思っているのであれば、まず「努力が報われる世界である」と信じること、そして、「幸運に恵まれる」とは思わないことも必要かもしれない。
(1) Darke, P. R. and Freedman, J. L. (1997) “The Belief in Good Luck Scale” Journal of Research in Personality 31, pp. 486–511.
- 「自分は幸運だ」「どうにかなるさ」というポジティブさは、時に努力を妨げる。そういう思いが芽生えたときほど、努力の必要性を自覚すべし。
- 「たまたまうまくいっただけ」という人ほど、見えない努力をしている。成功するのはやっぱり、「運がいい人」ではなく「必要な努力ができる人」である。