世の中には、「努力」し続けられる人と、そうでない人がいます。努力できる人は、目標に向かって着実に歩みを進め、大きなことを成し遂げることができます。一方、努力が苦手で何事も中途半端になってしまう人も少なくありません。努力できる人とできない人の差は、いったいどこにあるのでしょうか。この連載では、人間の行動と心理について長年研究し、行動経済学・ナッジを基に企業へのコンサルティングを行っている経済学者・山根承子さんが、「努力ができる人とできない人はなぜいるのか?」「努力をしておくといいのは本当か?」「正しい努力とは何か?」「どうすれば努力できるのか?」という観点から、「努力」を科学で解明します。5回目のテーマは、重視している人が多いのは運なのか、努力なのか。運に対する考え方を通して、努力について見ていきます。
意外に多い? 「努力が得意な人」の割合
前回、自分の能力や技能によって物事の原因をコントロールできるという考え方を「内的統制」、逆に原因が運や他者などの要因で決まるという考え方を「外的統制」と呼び、内的統制の人のほうが努力を続けることができるという結果を紹介した。
さて、それでは世の中には、どのくらい内的統制の人、つまり「努力を継続できる人」がいるのだろうか? それとも、努力を継続できる人は、ほとんどいないのだろうか?
筆者が、ある大学の授業で集めたデータを紹介しよう。
この授業の成績は、マークシート形式の期末試験70%と授業内課題30%で最終的に決定されるもので、この評価方法は学生に通告してあった。つまり学生にとって期末試験はかなり重要なものであり、それを学生自身も知っていたということだ。
そんな試験について、授業の最終回で試験範囲などの説明をしたあとで、次のような2つの質問をした。
Q1. この授業の定期試験(100点満点)で、あなたは何点を取ることができると思いますか?
Q2. Q1で答えた点数を実現するに当たって、現在のあなたの気持ちに最も近いものを1つ選んでください。
・(自分の力によって)どうにかできるだろう
・(運によって)どうにかなるだろう
・(自分の力不足で)どうにもできないだろう
・(運が期待できないので)どうにもならないだろう
この質問に対して集まった357件の回答から、Q2の分布を見ると、図1のようになっていた。
全体の約85%の学生が「どうにかできるだろう」というポジティブな予想であったが、その内訳が面白い。「(自分の力によって)どうにかできるだろう」と「(運によって)どうにかなるだろう」を比べてみると、51.0%の学生が「自分の力によってどうにかできる」、34.5%の学生が「運によってどうにかなる」と考えている。
教員目線では試験が運頼みというのは奇妙に思えるのだが、努力が分かりやすく報われるはずの試験においても、外的統制の人は一定割合で存在しているといえる。
そういえば、前回紹介したダイエットの研究でも、239人の実験参加者のうち114人(48%)が内的統制、125人(52%)が外的統制だった。
これらの結果を見ても、内的統制の人は決して少なくはないようだ。これは「努力できない人が多い」「努力を継続できる人は希有」という一般的な印象とは異なる結果であろう。
努力に適した性質を持つ人が多いのであれば、ちょっとした工夫で彼らを努力させることができるかもしれない。
「日本人は勤勉」は本当か?
では、この内的統制と外的統制の構成割合に、国による違いはあるのだろうか?
「努力を苦にしない国民性」というものがあるかもしれないし、「努力すれば報われる」と多くの人が考えている国があるのなら、その国に移住すれば、今より楽に努力ができるようになるのかもしれない。
逆に、「努力しても無駄だよ」という空気の国で努力を続けるのは、なかなか難しそうな気がする。
さまざまな国に対して行われている「世界価値観調査」では、
1: 長い目で見ると、勤勉に働けば生活がよくなって成功するものだ
10: 勤勉に働いても成功するとは限らない――むしろ運やコネによる部分が大きい
という2つの意見について10点満点で回答を求める質問がある。1の意見と全く同じならば「1」、10の意見と全く同じならば「10」、「2~9」はその間にある意見の強さを示すと説明されている。2や3を選んだ場合には、成功のためにはそれなりに勤勉さが重要だと考えているということだし、反対に8や9を選んだ場合には、運やコネがかなりの割合で成功を左右すると考えていると見ていいだろう。つまりこの質問では、「自分が努力すれば成功できると思うか、結局は運で決まるので努力することは無駄と思うか」を尋ねているといえる。
結果を見てみよう。図2は、それぞれの国で「自分の力(勤勉性)」と「運」のどちらが重視されているかを示したものだ。棒グラフが長い(10点に近い)ほど「運」を重視しており、短い(1点に近い)ほど自分の勤勉性という「努力」を重視している。なお、図2には各国で2017年から2022年に実施された最新の調査の結果を使用しており、日本は2019年の調査結果が反映されている。
まず全体を眺めてみると、ケニアやベトナム、バングラデシュなどの発展途上国では、運よりも「自分の力」が重視されている。
日本はというと、平均値は4.86で、他国と比べるとやや「運」を重視する国だといえるだろう。アメリカや中国は、日本よりも自分の力が成功につながると考えている国である一方、韓国が運やコネといった外的要素をかなり重視している国であることには驚かされる。
「日本人」についてのイメージといえば、「真面目」や「勤勉」といった言葉が挙がる方も多いかもしれない。しかしこの結果から見ると、現在の日本人は世界的に見て、勤勉さよりも運やコネを重視する傾向にあるというのは興味深い。
このイメージとのズレは、昔からあるものだろうか。それとも、日本人は年々「勤勉性」を重視しなくなっているのだろうか。
日本人はずっと「運やコネが大事」と信じていたのか?
図2で使用した「世界価値観調査」は数年おきに同じ国で実施されているので、国際比較だけではなく、一国の中の経時的な変化を見ることもできる。
日本における変化を見てみると、図3のようになっている。1990年は4.26、1995年は4.11、2000年は5.03、2010年は4.68、2019年は4.86と、「運」が成功を決めるという考え方が年々増加してきていることが分かる。
価値観が変化してきたのは日本だけではない。図3には日本の推移と併せて、韓国の価値観の推移を示している。図2で見たように、最新の調査(2018年)では他国と比べてかなり「運」を重視する韓国は、1990年調査での平均値は3.23とむしろ自分の力を頼みにしている国だった。日本と同様、近年「運やコネが重要だ」と思う人が増えてきたのだ。
努力と運の世代間ギャップ
このような変化は、いったい何によるのだろうか? また、世代による特徴はあるのだろうか? そこで2019年の日本の結果を年代別に見たところ、図4のようになった。
図2同様にグラフの棒が長いほど「運やコネ」を重視しているということなので、この調査によると25~34歳が最も運やコネが大事だと思っていて、年齢が上がっていくごとに「自分の力」を重視していることが見て取れる。また、16~24歳も、25~34歳ほどではないとはいえ、全世代で見ると高い水準で運やコネを重視していることが分かる。
つまり、若年層で「結局は運で決まるので努力は無駄」といった考え方が増えてきているようなのだ。
若い頃の経験が「努力できない」性質を生み出している
ここまで見てきたように、努力が無駄かそうではないかという考え方は、国や時代、世代によって異なっている。この違いはいったい何に由来するのだろうか。
5回目の最後に、そのヒントになりそうな1つの研究を紹介しておこう。それは「若い頃(18~25歳)に不況を経験すると運を重視するようになる」というアメリカの研究だ(1)。
運を重視するか自分の力を重視するかという価値観はもちろん個人によるのだが、不況のようなマクロショックで後天的にも変化するものだということを明らかにした研究である。不況という「努力が報われない状態」を知ってしまったことで、「結局は運で決まっている」という考え方になってしまうのだ。ある人が努力できないのは、その人が持って生まれた性質のせいばかりではないのかもしれない。
(1) Giuliano, P. and Spilimbergo, A. 2009 “Growing up in a Recession” The Review of Economic Studies. vol. 81 (2), pp. 787-817.
- 本人の自覚以上に、「努力を継続できる人」は意外に多い。
- 世界的に見て、日本人は努力よりも運やコネを重視しがちである。
- 特に若い世代ほど「努力より運」と考えがち。その背景には、不況が関係しているかもしれない。