世の中には、「努力」し続けられる人と、そうでない人がいます。努力できる人は、目標に向かって着実に歩みを進め、大きなことを成し遂げることができます。一方、努力が苦手で何事も中途半端になってしまう人も少なくありません。努力できる人とできない人の差は、いったいどこにあるのでしょうか。この連載では、人間の行動と心理について長年研究し、行動経済学・ナッジを基に企業へのコンサルティングを行っている経済学者・山根承子さんが、「努力ができる人とできない人はなぜいるのか?」「努力をしておくといいのは本当か?」「正しい努力とは何か?」「どうすれば努力できるのか?」という観点から、「努力」を科学で解明します。今回のテーマは、「努力が続く仕組み」について。フィードバックの観点から見ていきます。
なぜ「努力はつらい」のか? フィードバックとの関係性
「努力を続けること」は、いつから苦痛を感じるものになってしまったのだろうか。スポーツや趣味などを新しく始めたときのことを思い出してみよう。中学1年で部活動を始めたときなどが分かりやすくていいかもしれない。
新しいことを始めたばかりのときは、毎日できることが増えていく。それが楽しくて、毎日の部活も「努力している」とは思わず続けられていたのではないだろうか。
しばらくすると「基礎練習が面倒臭い」「部活をやめたい」となりがちだが、これはスキルが一定レベルに達したことで、日々の成長を感じにくくなったせいだろう。毎日の練習から何のフィードバックも得られない状態では、努力を続けるのは難しい。
筋トレも分かりやすい。筋トレを始めてすぐの頃は、重量が増えたり、走れる時間が延びたりといった明確なフィードバックを得られる。筋肉痛もフィードバックの1つで、「トレーニングを頑張った」と感じさせてくれるだろう。これらが何もないと、「このトレーニングには意味があるのだろうか?」と思い、そのうちやめてしまうだろう。これは全ての「努力」にいえることではないだろうか。
「目に見える目標」が人の行動を変える
フィードバックの重要性を示した研究は数多くある。例えば、工事現場の作業員の安全行動を促進することを目的とした取り組みを行った研究を紹介しよう(1)。
工事現場の事故を減らすためには、ヘルメットや安全靴、手袋などの保護具をきちんと着けること、現場を整理整頓すること、高所作業を正しく行うことなどが重要である。このような安全行動を習慣化させる、つまり「安全であるよう努力を続けさせる」ために、何をすればいいのかを示した研究だ。
実験は介入前3週間、介入後6週間の合計9週間にわたって行われた。介入前というのは何の施策も行わない通常状態のことで、介入後というのが施策実施中を指している。
介入が始まると、まずは従業員と相談した上でその週の目標を決める。例えば「保護具の着用率を92%以上にする」などである。そして毎週初めに、皆が毎日一度は見る場所(工事現場の壁や休憩所など)に「先週のフィードバック」が図で掲示された。
この図には目標も一緒に記載されており、先週の自分たちがどの程度安全な行動が取れていたか、目標とどれくらいの乖離(かいり)があったのかが、すぐに分かるようになっていた。
この研究では、あらかじめ作成したチェックリストを持って研究者が現場を巡回することで、各現場の安全性を測定している。チェックリストは「ヘルメットを着けていない人は何%いたか」「粉じんの出る作業をするときに防護マスクをしていない人が何%いたか」のようなものである。
ある現場での結果は図1のようになっていた。実験前は保護具の着用率が82~85%程度だったが、目標とフィードバックの掲示によって87%、90%と伸びていき、最終週には目標の92%に達している。
この研究は3つの工事現場で行われたのだが、2つ目の現場でも、介入開始前は81.5%だった安全行動が介入終了時には93.5%に改善し、3つ目の現場でも介入開始前は85.8%だったのが最終的には91.9%になっていた。
目標設定とフィードバックは、行動の改善と維持にかなり効果があると結論付けられている。
安全行動を高めるためにフィードバックを掲示するという研究は他にもいくつか行われているが、どの研究でもその効果の高さが示されている。
日常でも実証されたフィードバックの威力
上で紹介した研究は、数値で分かりやすく与えられるフィードバックの話である。ノルマや試験の点数はこれに当たるだろう。しかし普段の仕事で最も身近なのは、上司らから受ける質的なフィードバックではないだろうか。
上司や同僚からの日常的なフィードバックも、やはり効果的であることを示した研究がある(2)。
これも先ほどと同様に、工事現場の安全行動を促進することを目的とした文脈の研究だ。中国の建設会社における3つのグループ(上司3名とその部下たち139人)のデータを使用しており、上司のコミュニケーションスタイルが、部下の安全行動や安全意識にどのように影響しているかを検証している。
上司とのコミュニケーションにどのくらいフィードバックが含まれているかをグループごとに測定したところ、グループ1では7.5%、グループ2では2.4%、グループ3では14.6%となっていた。グループ3は普段からかなり多くのフィードバックが行われているといえる。
そして実際に工事現場でどの程度危険な行動が行われているかを見てみると、グループ3の危険行動が最も少なかった。具体的には、グループ1は全体の36.1%が危険行動だと判定されたのに対し、グループ2では24.4%、そしてグループ3は9.6%と抜きんでて低かった。日常的なフィードバックにより、「安全な行動を継続する」ことができているのだろう。
フィードバックの仕方で、努力量は大きく変わる
しかし実はフィードバックは、ただ与えればいいというわけではない。約12分間足し算課題を行う、というタスクを5回繰り返すという実験を行った研究がある(3)。
実験条件はフィードバックの有無と、目標の難易度で4つに分けられていた。つまり、
「難しい目標でフィードバックがある条件」
「難しい目標でフィードバックがない条件」
「簡単な目標でフィードバックがある条件」
「簡単な目標でフィードバックがない条件」
の4つである。実験の結果、足し算課題の成績がよかったのは、難しい目標が与えられた条件だった。しかし、フィードバックの有無による成績の差は見られなかった。
一方、別の研究(4)では、複雑な計算課題を16セッション行うという実験を行った。参加者は1セッション(5分間)が終わるごとに成績のフィードバックがある条件と、ない条件のどちらかに振り分けられており、どちらの条件でも、各セッションが始まる前と終わった後に目標を記入させられていた。
この実験の結果は図3の通りで、後半8セッションの成績に差が見られ、フィードバックがある条件のほうが高い点数となっていた。また、フィードバックがある条件のほうが、後半8セッションで高い目標を設定していたことも分かっている。
片方の研究ではフィードバックは効果がなく、片方の研究では効果が出ている。しかも実はこの2つは同じ著者によって、ほぼ同時期に行われた研究である。違いは何なのだろうか。
効果的なフィードバックの条件とは?
それは、「フィードバックで得られた情報を目標設定に生かすことができたかどうか」である。
1つ目の研究では、目標は実験者によって決められていたため、各人のフィードバックと目標が連動することはなかった。2つ目の研究では、フィードバックで得られた情報を基に自分で目標を調整することができた。
つまり、フィードバックの有無が重要なのではなく、フィードバックの内容を受け止め、それを目標に反映させることでパフォーマンスが向上するのである。2つ目の研究において、パフォーマンスに差が出たセッションでは、設定された目標の高さにも違いがあったことがこれを裏付けている。
見えない敵と戦い続けるのは難しい。努力を続け、成長していくためには、フィードバックと目標が必要なようだ。何かを継続しようとするときには、自分の頑張りを目に見える形にしてみよう。そしてそれを基に、明日の目標を立ててみよう。
(1) Choudhry (2014) "Behavior-based safety on construction sites: A case study" Accident Analysis & Prevention, vol. 70, pp. 14-23.
(2) Liao et al. (2014) “A Cognitive Perspective on the Safety Communication Factors That Affect Worker Behavior” Journal of Building Construction and Planning Research, 2(3).
(3) Locke, E. A., and Bryan, J. F. (1969) “Knowledge of score and goal level as determinants of work rate” Journal of Applied Psychology, 53(1, Pt.1), 59–65.
(4) Locke, E. A., and Bryan, J. F. (1968) “Goal-Setting as a Determinant of the Effect of Knowledge of Score on Performance” The American Journal of Psychology, Vol. 81, No. 3, pp. 398-406.
- 部活・トレーニング・勉強…「自分の頑張り」を自分自身で適切に評価できなくなったとき、楽しかったはずのことが「つらい努力」に変わる。
- 人をやる気にさせる人は、フィードバックがうまい。
- フィードバックと新たな目標設定をセットにすることで、成功へとつながる努力の継続が容易になる。
