世の中には、「努力」し続けられる人と、そうでない人がいます。努力できる人は、目標に向かって着実に歩みを進め、大きなことを成し遂げることができます。一方、努力が苦手で何事も中途半端になってしまう人も少なくありません。努力できる人とできない人の差は、いったいどこにあるのでしょうか。この連載では、人間の行動と心理について長年研究し、行動経済学・ナッジを基に企業へのコンサルティングを行っている経済学者・山根承子さんが、「努力ができる人とできない人はなぜいるのか?」「努力をしておくといいのは本当か?」「正しい努力とは何か?」「どうすれば努力できるのか?」という観点から、「努力」を科学で解明します。今回のテーマは、「いい習慣を定着させる仕掛け」について。「フィードフォワード」の観点から見ていきます。

「こうします!」という宣言の威力

 努力を続けるためにはフィードバックが効果的であることを、前回ご紹介した。フィードバックとは過去を振り返ることで得られる情報だが、未来の行動に対して行う「フィードフォワード」も、努力の継続のために同じくらい重要であることが知られている。

 フィードフォワードとは、「その行動をどれくらいやるつもりか」を先に決めておくことで、将来の行動に影響を与えようとするものだ。コミットメントの一種であるともいえるだろう。
 フィードフォワードとフィードバックの効果を比較することができる、1つの研究を紹介しよう。

 この研究では、鉱業の作業現場における安全行動を増加させることを目的として、フィードフォワードとフィードバックを使った実証実験を行った(1)
 フィードフォワードを行う条件と、フィードバックを行う条件の2つが用意され、15人の従業員がこのどちらかに割り振られた。フィードフォワード条件(8人)では毎朝、「今日、安全行動をどのくらいの確率で実行するか」をシートに記入した。シートは以下のようなものだった。

きょうの勤務を始める前に、以下を記入してください。
日付:[  /  ]

私はきょう、防音具を[  ]%の確率で装着します。
私はきょう、防じんマスクを[  ]%の確率で装着します。
私はきょう、安全ゴーグルを[  ]%の確率で装着します。

 フィードバック条件(7人)では、1日の勤務が終わったときに、その日の安全行動を自己申告で記入した。

私はきょう、防音具を[  ]%の確率で装着しました。
私はきょう、防じんマスクを[  ]%の確率で装着しました。
私はきょう、安全ゴーグルを[  ]%の確率で装着しました。

 従業員が実際にどのくらい安全行動を取っていたかは、研究チームによって計測された。そしてどちらの条件でも、週の初めに「先週の安全行動実施率」と自己申告の結果(「どのくらいやるつもりだったか」または「どのくらいやったと思うか」)を並べた棒グラフが配布された。

 まずは7週間、通常状態の測定を行った(ベースライン期)。そのあと4週間、フィードバックまたはフィードフォワードをシートに記入させる介入を行った(介入期)。その4週間でシート記入は終了したが、さらにそのあと4週間のデータを取得した(フォローアップ期)。フォローアップ期には、シートの記入もグラフによるフィードバックも行われない。

フィードフォワードvs.フィードバック 効果が高かったのは?

 さて、結果はどうだっただろうか。

 結果は図のようになっており、フィードフォワード条件においてもフィードバック条件においても介入期に安全行動が増加し、介入終了後もその影響は残っていた。
 論文の著者たちは、フィードフォワード条件のほうが効果が大きいと予想していたようだ。しかし、両条件にそこまで大きな差は見られなかった。

 「自分の行動について考える」というセルフマネジメントは、前もってやるのでも、行動した後でやるのでもほぼ同等の効果があるといえる。

図 フィードフォワードとフィードバックの効果
図 フィードフォワードとフィードバックの効果
(著者作成、図制作:キャップス)
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 ただし、重要な違いもあった。実験が終了した後のアンケートで「この介入(シート記入)が、自分の安全行動に対して有益だったと思うか」と尋ねたところ、「有益だった」と回答した人はフィードバック条件では28.6%だったのに対し、フィードフォワード条件では63.5%だった。
 フィードフォワードのほうが「自分で意思決定した感じ」が強いので、効果を実感しやすく、満足度も高いということだろう。

「いい習慣」が定着する簡単な仕掛け

 フィードフォワードをより詳細にしたものは、「実行意図」と呼ばれている。実行意図とは「どこで、いつ、どのように行うか」をあらかじめ決めておくことをいい、例えば「通勤・通学で月曜の朝は(自家用車ではなく)バスに乗る」や、「今週は会社帰りに毎日ジムに寄る」といったものである。
 習慣を形成するためには、このような実行意図を作っておくことが非常に効果的であるといわれている。

 例えば、歯磨きの際にフロスを使わせることを習慣付けようとした実験がある(2)。実験開始時にフロスの習慣がある参加者はほとんどおらず、66%の参加者はフロスを使ったことすらなかった。
 参加者は実行意図を作るグループと、作らないグループに分けられた。彼らにはフロスが箱で与えられ、4週間後の残量を計ることで、どのくらいフロスを使っていたかを測定した。結果、実行意図を作るグループの人は、そうでない人よりもフロスをよく使用していた。

 フィードフォワードや実行意図は、簡単に取り入れることができそうだ。資格の勉強や筋トレなど、何か続けたいことがあるとき、「自分がそれを行う確率」を前もって見積もったり、「いつどれだけやるか」を詳細に決めたりすると、手応えを感じながら進めていくことができるだろう。
 例えば、「今週の平日5日のうち4日は、会社帰りにジムに行こう(=平日の80%はジムに行こう)」と決めれば、「できるだけジムに行こう」と漠然と思っているよりも、努力を継続できる可能性が上がるということだ。

同じ仕掛けで「悪い習慣」もやめられる?

 ただし、実行意図はすべての「努力」に効くわけではない。実行意図は新しい行動の定着には効果的だが、既存の行動を消すことにはあまり効果がないといわれている。つまり、禁煙など何かを「やめる」努力には、実行意図は適していない。

 食生活の改善を目指して実験した研究がある(3)。参加者は102名の大学生で、2つのグループに分けられ、片方のグループでは「健康的な食事をする日」を選ばせた。例えば「5月10日と5月15日は健康的な食事をする」といったふうに。これが実行意図となっている。
 5日間の食生活を日記に記入させて観測したところ、実行意図は、不健康な食習慣を持つ人に(一時的に)健康的な食事をさせることはできていたが、不健康な食習慣を断ち切ることまではできていなかった。

 喫煙が習慣化している高校生を禁煙させる実験を行った研究も紹介しよう(4)。この実験では、「好きな銘柄のたばこを誰かに勧められたとき、たばこを吸わないために〇〇をする」とあらかじめ決めることで、禁煙に対する実行意図を形成した。
 1カ月後の喫煙本数をチェックしてみると、実行意図が効いていたのは、喫煙習慣が強くない高校生(喫煙本数が少ない人)のみだった。喫煙がかなり強い習慣として根付いているヘビースモーカーに「やめさせる」力は、実行意図にはなかったようである。

 フィードフォワードや実行意図は、新しい習慣を身に付けようとしているときにこそ、効果を発揮することは間違いない。これから努力を始めよう、という際に試してみるといいだろう。

■参考文献
(1) Hickman and Geller (2003) "A safety self-management intervention for mining operations" Journal of Safety Research, vol. 34(3), pp. 299-308.
(2) Orbell (2004) "Intention-Behavior Relations: A Self-Regulatory Perspective" in Contemporary Perspectives on the Psychology of Attitudes, G. Haddock and G.R. Maio, eds. New York: Psychology Press, pp. 145-168.
(3) Verplanken and Faes (1999) "Good intentions, bad habits, and effects of forming implementation intentions on healthy eating" European Journal of Social Psychology, vol. 29(5-6), pp. 591-604.
(4) Webb, Sheeran and Luszczynska (2008) "Planning to break unwanted habits: Habit strength moderates implementation intention effects on behaviour change" British Journal of Social Psychology, vol. 48(3), pp. 507-523.
<11回目のまとめ>
  • 「こうしよう」と前もって決めることで、努力が続きやすくなり、効果の実感や満足感も湧きやすくなる。
  • 新しい習慣を身に付けたいときは、「どこで、いつ、どのように行うか」まで考えておく。
  • 悪い習慣を「やめる」には、フィードフォワード以外の仕掛けが必要。
(写真:Shutterstock)
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