世の中には、「努力」し続けられる人と、そうでない人がいます。努力できる人は、目標に向かって着実に歩みを進め、大きなことを成し遂げることができます。一方、努力が苦手で何事も中途半端になってしまう人も少なくありません。努力できる人とできない人の差は、いったいどこにあるのでしょうか。この連載では、人間の行動と心理について長年研究し、行動経済学・ナッジを基に企業へのコンサルティングを行っている経済学者・山根承子さんが、「努力ができる人とできない人はなぜいるのか?」「努力をしておくといいのは本当か?」「正しい努力とは何か?」「どうすれば努力できるのか?」という観点から、「努力」を科学で解明します。9回目のテーマは、「楽観主義と成功」。楽観主義で成功する人としない人の差に迫ります。
楽観主義は成功を導くか?
「楽観主義者はなぜ成功するのか」「楽観的に考えるとうまくいく」と主張するビジネス書をよく見かける。前回は、楽観主義は心身の健康と関連しているという話を紹介したが、成功とも関連しているのだろうか?
今回は結論を先にお伝えしよう。実は、成功も楽観主義と関連している。ただし、「やはりビジネス書の教えは正しかった」と結論付けるのは早計だ。
確かに成功も心身の健康同様に楽観主義に関連しているが、しかしどちらについても、楽観的なほうがいつもいいとは限らない。
楽観主義ゆえにうまくいくこともあれば、楽観主義ゆえにうまくいかないこともある。その差はどこから来るのだろう? そして結局のところ、どうすれば「うまくいく」状態になれるのだろうか?
楽観主義は「赤ワイン」のようなもの
ある研究者は、「楽観主義は赤ワインのようなものである」と述べている(1)。「多過ぎると害だが、毎日少しなら健康にいい」という意味だそうだ。
つまり、ポイントとなるのは楽観主義の程度であり、ほどほどの楽観はいい影響を招くが、行き過ぎると危険だというのだ。これはどういうことか。
まずは健康について。前回、楽観的なほどがん患者の死亡率は低くなり、心臓バイパス手術からの復活率は高くなることを紹介した。しかし反対に、楽観主義が悪影響を及ぼす例も知られている。楽観主義が行き過ぎると、病気に罹患(りかん)する確率を低く見積もるようになってしまうというものだ。
例えば、「自分が肺がんになる確率」を小さく考えてしまう傾向を明らかにした研究がある(2)。この研究では、喫煙者を集めて2グループに分け、1つ目のグループには「非喫煙者と比較して平均的な喫煙者が肺がんになる確率」を、2つ目のグループには「非喫煙者と比較して自分が肺がんになる確率」を尋ねた。
結果は下図の通りで、「自分がなるリスク」は「平均的な喫煙者がなるリスク」よりも小さく見積もられることが分かる。「自分は大丈夫」という楽観が働いているのだ。
この楽観が、肺がんの予防行動や治療態度に影響を及ぼすことは明らかだろう。「自分は肺がんにならない」と思っている人が、日々の努力を要するような予防行動を継続できるとは思えない。
なお、この研究では約55%の喫煙者が「自分が肺がんになるリスクは非喫煙者の2倍以下だ」と考えているが、日本医師会によると、喫煙による肺がんのリスクは、男性は約4.8倍、女性は約3.9倍になるそうである。
誰もが心のどこかで「自分だけは大丈夫」と思っている
「自分だけは大丈夫」という思い込みは、病気だけではなく日常的なイベントについても起こる。しかもこれは、ネガティブなイベントを起こりにくく感じさせるだけではなく、ポジティブなイベントを起こりやすく感じさせる方向にも働く。
様々なライフイベントを羅列して、「同大学同性別の人と比較して、そのイベントが自分に起こる確率はどのくらいだと思うか」と尋ねた研究(3)が分かりやすく面白い。
このリストには「家を買う」「初任給が1万5000ドル以上になる」「80歳以上まで生きる」「仕事で表彰される」などのポジティブなイベントと、「アルコールで問題を抱える」「結婚後数年で離婚する」「肺がんになる」「大学を中退する」などのネガティブなイベントの両方が含まれていた。
この研究の測定方法では、プラスに大きい数値であるほど「他人には起こらないだろうが、自分には起こるだろう」と考えていることになる。
では、実際はどうだったか。
「家を買う」は平均で44.3、「初任給が1万5000ドル以上になる」は平均で21.2という値だったのに対し、「結婚後数年で離婚する」の平均は-48.7、「肺がんになる」の平均は-31.5というマイナスの値だった。
つまり、かなり分かりやすく、「いいことは自分に起こると思いがちで、悪いことは起こらないと思いがち」であることが示されている。
楽観主義と努力の関係性
ではいよいよ、本連載のテーマである「努力」、そしてその結果としての成功と、楽観主義の関係性について見ていこう。楽観主義が、日常や人生における様々な意思決定に影響していることを実証的に明らかにした研究がある(3)。
様々な意思決定とは例えば、労働時間や退職のタイミング、貯金、クレジットカードの利用、資産運用、結婚や離婚などである。
まず全体的に見ると、楽観的な人はより長時間働き、退職後も働き続けることを希望し、より貯蓄し、(離婚率と楽観主義の間には関連はないが)再婚しがちであることが分かった。この結果は、楽観的であるほど「努力」をしているようにも読めるかもしれない。
しかし、この結果は、「楽観的であればあるほど」ということではない。この研究では、楽観度合いが上位5%の人を「極端な楽観主義」とし、それ以外の「ほどよい楽観主義」と区別して分析している。
両者に差が出たのは、貯金やクレジットカードの利用、資産運用についてだった。ほどよい楽観主義者たちは「貯金はよいものだ」と答え、クレジットカードの残高を毎月完済しており、10年かそれ以上の計画で金融資産の運用を行っていた。一方、極端な楽観主義者ではこれらの確率が低くなっていた。つまり、楽観的過ぎる人は「貯金はいいものだ」とは考えていないし、クレジットカードの残高を毎月完済しないし、長期的な計画で資産運用を行っていなかった。これらは全て、将来への備えに関わる行動である。
要するに、行き過ぎた楽観主義の人は、将来をきちんと考えることができていないといえるのだ。
キリギリス型の楽観バイアスが会社を潰す
この結果は、イソップ寓話(ぐうわ)の『アリとキリギリス』を思い出すまでもなく、私たちの直感にも反しない結果であろう。というのも、「どうにかなる」精神が強過ぎると、「その日暮らし」のようになってしまうことは想像に難くないからだ。
「今がよければそれでいい」というその日暮らしは、未来に向けて努力を重ねることとは対極にある。
楽観的なのは悪いことではないが、将来について考え、それに向けた努力をしようとするときには、普段の自分のやり方とは切り離して考えていくほうがよさそうだ。幸運についても同じことがいえたが、過度の「どうにかなるだろう」は危険なのである。
極端な楽観主義は「楽観バイアス」とも呼ばれ、実際のビジネスにも大きな影響を及ぼしている。例えば、ベンチャー起業家の楽観度合いが高いほど、収益や雇用の伸びが低いことを実証的に明らかにした研究がある(4)。しかも、この傾向はその起業家が過去に多くの会社を創業しているほど、そして変化の激しい産業であるほど強かった。
恐ろしくも思える結果だが、どこか納得のいくところもあるのではないだろうか。ベンチャーの経営にはたゆまぬ「努力」が必要であることを思えば、楽観主義と努力量の関係が透けて見える結果だともいえる。
楽観主義が努力の先延ばしを生むメカニズム
このような楽観主義の悪影響は、「先延ばし」を経由しているかもしれない。面白い実験を紹介しよう(5)。
被験者は実験室に入り、まず「課題文」を読む。そのあとで、課題文の内容に関連した簡単なタスクを行う。このタスクは30分ほどかかるものだと知らされるが、いつ始めるかは自由に決めることができる。「課題文」には楽しそうなものと楽しくなさそうなものの2種類があり、どちらを読むかはランダムに決定される。
「楽しそうな課題」は、ある女子大学生が、今夢中になっている先生への思いの丈を書きつづった日記で、「楽しくなさそうな課題」は、工場で用いられる新しい機具に関する技術的なレビューである。そして、この部屋には面白い映画が常に流れており、それを見てタスクを「先延ばし」することが可能だ。
結果、楽観的な人ほど、「楽しくなさそうな課題」を先延ばししていた。いつも先延ばししていたのではなく、「楽しくなさそうな課題」のときだけ先延ばししていたのである。
この連載の1回目で見たように、先延ばしは努力の敵である。楽観から生まれた先延ばしが、あなたを努力から遠ざけているのかもしれない。
やはり「ほどほどに楽観的」にいくのがよさそうである。
(1) Puri, M. and Robinson, D.T. (2007) "Optimism and economic choice" Journal of Financial Economics 86 pp. 71-99.
(2) Weinstein, N.D., Marcus, S.E., and Moser, R.P. (2005) "Smokers’ unrealistic optimism about their risk" Tobacco Control, vol. 14(1), pp. 55-59.
(3) Weinstein, N. D. (1980) "Unrealistic Optimism About Future Life Events" Journal of Personality and Social Psychology, Vol. 39, No. 5, pp. 806-820.
(4) Hmieleski, K.M. and Baron, R.A.(2009)"Entrepreneurs' Optimism and New Venture Performance: A Social Cognitive Perspective" Academy of Management Journal, vol. 52, No. 3, pp. 473-488.
(5) Sigall, H, Kruglanski, A, and Fyock, J. (2000) "Wishful Thinking and Procrastination" Journal of Social Behavior and Personality, vol. 15, No. 5. pp.283-296.
- 楽観主義も行き過ぎれば「先延ばし」と「刹那的な生き方」の原因に。うまくいく人の楽観は「ほどほど」程度。
- 誰もが心のどこかで「自分だけは大丈夫」と思っている。このバイアスがリスクを過小評価させている。
- 「これまでに多くの会社を創業している」×「変化の激しい産業」×「楽観的な起業家」の会社は低成長になりやすく、その背後には「どうにかなるだろう」精神が潜んでいる。