世の中には、「努力」し続けられる人と、そうでない人がいます。努力できる人は、目標に向かって着実に歩みを進め、大きなことを成し遂げることができます。一方、努力が苦手で何事も中途半端になってしまう人も少なくありません。努力できる人とできない人の差は、いったいどこにあるのでしょうか。この連載では、人間の行動と心理について長年研究し、行動経済学・ナッジを基に企業へのコンサルティングを行っている経済学者・山根承子さんが、「努力ができる人とできない人はなぜいるのか?」「努力をしておくといいのは本当か?」「正しい努力とは何か?」「どうすれば努力できるのか?」という観点から、「努力」を科学で解明します。今回は「どこまで頑張れば努力と認められるのか」という観点から見ていきます。

その頑張り、「努力の水準」に達していますか?

 周囲から「努力しているね」と褒められたが、自分ではそんなに努力しているつもりはなかった。そんな経験はないだろうか。
 逆に、自分では努力したつもりだったのに、「それでは努力したとは言えない」と怒られたことがある人もいるかもしれない。
 「すごく努力しました」と言っている人に、「たったそれだけで?」と思ってしまったこともあるかもしれない。

 努力には、「これだけやれば努力と言えるが、これに満たないものは努力ではない」というような明確な基準はない。努力の基準は大いに主観的であり、それ故に冒頭のようなズレが生まれてしまうことがある。

 人は、どのくらいの努力を「コツコツした努力」とみなしているのだろうか。そしてその認識には、どの程度ズレがあるものなのだろうか?
 著者は大学生にアンケート調査を行って、これを調べてみることにした。質問は次のようなものである。

 友人が「資格試験の勉強をコツコツ頑張った」と言います。詳しい勉強量を聞くと、以下のようなものでした。「コツコツ頑張った」という表現で違和感のないものはどれですか?

(1)3日間毎日勉強した
(2)1週間毎日勉強した
(3)2週間毎日勉強した
(4)1カ月毎日勉強した
(5)1週間に1回勉強することを、半年続けた
(6)1カ月に1回勉強することを、2年間続けた

 あなたならどう答えるだろうか? (1)~(6)それぞれについて、「『コツコツ頑張った』と言っていいと思う」または「『コツコツ頑張った』とは言えないと思う」のどちらかで回答してみてほしい。

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「コツコツ」を定義してみよう

 892人の大学生の回答は、図1のようになっていた。

図1 どのくらい頑張れば「コツコツ頑張った」と言えるのか?<br>(図制作:キャップス)
図1 どのくらい頑張れば「コツコツ頑張った」と言えるのか?
(図制作:キャップス)
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 「(4)1カ月毎日勉強した」は、9割以上の人が「コツコツした努力」と認めている。つまり1カ月毎日続けたことは、ほぼ異論なく努力とみなしてもらえるといえる。
 逆に「(1)3日間毎日勉強した」は約85%の人が「コツコツ頑張った」とは認識していない。3日頑張っただけで「努力しました」と宣言するのは、なかなか難しいかもしれない。

 「(3)2週間毎日勉強した」「(5)1週間に1回勉強することを、半年続けた」は約60%の人が「コツコツ頑張った」とみなしているが、約40%はそうは考えておらず、意見の割れるラインであるようだ。このあたりはトラブルのもとになる危険性がある。

 面白いのは、「(5)1週間に1回勉強することを、半年続けた」と「(6)1カ月に1回勉強することを、2年間続けた」の差だ。どちらも24回の「努力」を行っているにもかかわらず、「1週間に1回を半年」は約60%の人に「努力」と認識されているのに対し、「1カ月に1回を2年間」を「努力」とみなすのは約40%に減ってしまう。「コツコツした努力」はこなした回数ではなく、「ある程度短い期間に高い頻度で行うこと」が必要なようだ。

 この調査で、「コツコツ」の定義は人によってかなり異なっていることも分かった。「努力した」「いや、それは努力とは言わない」という行き違いが起こるのも仕方がないだろう。

 あなたの感覚とはどの程度一致していただろうか。著者の感覚とはかなり異なっている部分もあったので、このようなデータを知っておくことは重要であると痛感している。

自分では頑張っているのに努力が足りないと言われる人の共通点

 では、この「コツコツ」の基準と関連している属性はあるだろうか? 例えば男性のほうが「コツコツした努力」の判定が厳しいとか、学年が上がるほど自分に甘くなって、短い期間でも「コツコツ」とみなすようになる、というような傾向はあるだろうか。
 調べてみると、性別や学年による「コツコツした努力」の感覚の違いは特に見られなかった。

 次に思いつくのは成績である。真面目な学生や、成績優秀な学生ほど「コツコツ」の基準は厳しく、あまり成績のよくない学生は、ほんの少しの努力も「コツコツ」とみなすのではないだろうか。
 今回用いているアンケートは、 6回目 で紹介したのと同じもので、著者を含む研究チームが、近畿大学の経済学部と経営学部の学生を対象に、半年に1度実施している調査である。この調査では大学から成績情報の提供を受けているため、アンケートの回答と実際の成績を照合して分析することができる。
 見てみたいのは、「(1)3日間毎日勉強した」や「(2)1週間毎日勉強した」のような、短い期間でも「コツコツ頑張った」とみなしている、「判定が甘い」学生たちの成績だ。

 結果(図2)を見ると、まず「(1)3日間毎日勉強した」を「コツコツ頑張った」とみなしている学生(76人)の平均点は79.46点で、「コツコツ頑張ったとは言えない」と回答した学生(414人)の平均点の81.09点よりも低くなっていた。これは統計的に有意な差であった。
 「(2)1週間毎日勉強した」についても、「コツコツ頑張った」と言えると回答した学生(146人)の平均点は79.89点、言えないと回答した学生(330人)の平均点は81.35点となっており、ここにも統計的に有意な差があった。ただし、「(3)2週間毎日勉強した」以降では、成績の差は見られなかった。

図2 努力の自己評価と実際の成績<br>(図制作:キャップス)
図2 努力の自己評価と実際の成績
(図制作:キャップス)
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 やはり真面目な学生ほど、「コツコツした努力」の基準が厳しいようである。3日などの短い期間でも「コツコツした努力」だと感じる人は、自分が努力する際にもどこか甘くなってしまっているかもしれない。少し気を付けたほうがよさそうだ。

しかし人は、「一生懸命な感じ」にほだされる

 「何が努力とみなされるのか」という観点で、別の研究も紹介しよう(1)。この研究では、ユーザーが好印象を抱き、システムを使用し続けようと思う「エージェント」の特徴を明らかにしようとしている。「エージェント」とは、銀行ATMの画面上に表示されて「ありがとうございました」とお辞儀をしてくるキャラクターなどのことを指す。

 この研究では、エージェント付きのオノマトペ検索システムを自作し、実験協力者にそれを使用してもらう。例えば「笑う」と入力すると、エージェントが走ってオノマトペを探しに行くアニメーションが表示され、「ゲラゲラ」などのオノマトペが表示されるというシステムだ。

 実験では4種類の「エージェント」が用意された。Aは「従順性が高く、かつ積極的」、Bは「従順でなく、積極性は中程度」、Cは「あまり従順でなく、かつ消極的」、Dは「やや従順で、積極性は中程度」であると説明されている。
 そしてこの4種類のエージェントそれぞれに、「協力態度を強く示すもの」と「協力態度をあまり示さないもの」という2つのバージョンが用意された。「協力態度を強く示す」条件では、エージェントの走る動作に汗が出るアニメーションが追加されるというものだ。
 さらに実験では、システムが十分な検索結果を返す場合と、不十分な結果しか返さない場合という2つのパターンが用意されていた。

 32人の大学生(男性23人、女性9人)に実験を行った結果、「このシステムを再度使いたい」という継続利用意図に最も影響していたのは、エージェントの種類や態度ではなく検索結果の豊富さ(十分さ)だということが示されたのだが、同一エージェント内で比較すると、「協力態度強」の条件で継続利用性が高くなることも明らかになっている。
 特に、Cの「あまり従順でなく、かつ消極的」なエージェントは、協力態度が弱いとき(汗のアニメーションがないとき)は継続利用したいと思う人がかなり少ないのだが、協力態度が強ければ(汗のアニメーションがあれば)、他のエージェントと同程度に継続利用意図が見られるようになる。汗をかいて「頑張っている」「努力している」感じが、あまり態度のよくないエージェントでも好感度を上昇させたのだろう。

「努力している」は結局、印象論か

 また、実験後に行ったアンケート調査の自由回答も面白い。
 「協力態度強」、つまり汗をかくアニメーション付きのエージェントを使った実験協力者は「一心不乱に働いている」「必死そう」「頑張っている」「焦っている」という感想を述べており、実験後のインタビューでも「かなり急いでいる」「どれも頑張っている」「一生懸命」「焦っている」という回答が見られたそうである。
 一方、汗をかかない「協力態度弱」のエージェントを使った実験協力者の感想は「30~50%の力でやっている」「面倒臭そう」「不信感」といったもので、汗もなく「頑張っていない」とみなされたエージェントの好感度が非常に低いことがうかがえる。

 「汗」のアニメーションという小さな演出によって、ここまで評価が変わるのは興味深い。この研究のエージェントはアニメの犬や猫のキャラクターだったのだが、実際の人間に対しても、案外「汗のアニメーション」のような小さなことで、「努力」の判定が変化し、好感度や評価が左右されているかもしれない。

 周囲から何が「努力」とみなされるのかを知っておくことで、「私の努力を誰も認めてくれない」といった孤独を感じることは少なくなるだろう。冒頭で紹介したような、「努力」の評価をめぐる不幸な行き違いもなくなるかもしれない。もしかしたら、「努力」しているように見せかけることもできるかもしれない。

 また、自分が何を「努力」とみなしているかを見つめ直してみることも重要だ。それは周囲の人よりも厳しい水準だろうか、ゆるい水準だろうか? 自分に厳し過ぎる、または甘過ぎると気付くことで、「努力」を続けるコツが見えてくるかもしれない。

■参考文献
(1) 湯浅将英、佐藤綾(2014)「協力態度を示すエージェントを用いたシステム継続利用―協力の原理によるエージェントデザイン指針―」 電子情報通信学会論文誌A Vol.J97-A No.6.

<19回目のまとめ>
  • 「頑張っている」「努力している」という評価は結局、主観や印象に基づくもの。評価そのものよりも、頑張りや努力の中身を見ることが必要。
  • 「どこまで頑張れば努力したと言えるのか」の感覚は個人差が大きい。成績の悪い人ほど、少しの勉強で努力したと思いがちである。
  • 全く同じ行動や結果であっても、「汗をかいている」などのちょっとした様子の違いだけで、評価は大きく変わってしまう。
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