世の中には、「努力」し続けられる人と、そうでない人がいます。努力できる人は、目標に向かって着実に歩みを進め、大きなことを成し遂げることができます。一方、努力が苦手で何事も中途半端になってしまう人も少なくありません。努力できる人とできない人の差は、いったいどこにあるのでしょうか。この連載では、人間の行動と心理について長年研究し、行動経済学・ナッジを基に企業へのコンサルティングを行っている経済学者・山根承子さんが、「努力ができる人とできない人はなぜいるのか?」「努力をしておくといいのは本当か?」「正しい努力とは何か?」「どうすれば努力できるのか?」という観点から、「努力」を科学で解明します。今回のテーマは「他人の力」。他人の力が努力に与える意外な影響を見ていきます。

「人の行動を変える」4つのポイント

 1人で努力を続けるのは難しい。友人や仲間と一緒だったから頑張れた、そんな経験がある人も多いだろう。「みんなで頑張る」ことは本当に効果的なのだろうか?

  前回 、人間の意思決定や行動の特徴を利用しながら、望ましい選択に誘導する「ナッジ」を紹介した。
 イギリスには、政府のナッジユニットとしてスタートしたThe Behavioural Insights Team(BIT)という組織がある。BITは、効果的なナッジのポイントを「EASTフレームワーク」としてまとめており、次の4つに集約している。

(1) 「簡単にする」こと(Easy)
(2) 「興味を引く」ようにすること(Attractive)
(3) 「社会的にする」こと(Social)
(4) 「タイムリーにする」こと(Timely)

 この4つのポイントの頭文字を取るとEASTになるのだが、3つ目のポイントに「社会的にする」ことが入っており、行動変容を促す際に周囲の力を用いることが効果的であることを分かりやすく示している。

【当連載を再編集した書籍ができました】

「みんなはやっている」は「私もやる」理由になるか?

 実際に、周囲の力を用いたナッジは多くの分野で効果を上げている。よく見かけるのは「みんな○○していますよ」という情報を与えるナッジだ。

 例えば、BITが行った納税に関する実証実験がある。納税通知書を送る際に、「皆さんは期限内に納税しています」というメッセージを送ると、期限内に納税する人が増えるというものだ。
 メッセージは「あなたと同じような未納の方も、もうほとんどが納税を済ませました」というものと、「あなたと同じ町内の人は、もうほとんどが納税を済ませました」の2種類が用意されており、2つの視点から「あなたと似ている人」の行動を知らせている。

 23日後の納税率を見ると、通常の通知メッセージを送った対照群は33.6%だったのに対し、「あなたと同じ町内の人は、もうほとんどが納税を済ませました」は35.8%、「あなたと同じような未納の方も、もうほとんどが納税を済ませました」は36.6%、両方のメッセージを同時に示したグループでは38.6%となっていた。両方のメッセージを見せると納税率が約5%上昇したのである。
 5%と聞くと小さいようだが、これは120万ポンドの税収増につながったそうだ。

図1 送った社会的メッセージと、23日後の納付率<br>(BIT “EAST: Four simple ways to apply behavioural insights”より著者翻訳/図版制作:キャップス)
図1 送った社会的メッセージと、23日後の納付率
(BIT “EAST: Four simple ways to apply behavioural insights”より著者翻訳/図版制作:キャップス)
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 BITの他の実証では、「遺言に慈善事業への寄付を書き加えたいと考えている人は多い」という説明を加えると、慈善事業に寄付する人の割合が9%から13%に増加したという結果も出ている。
 アメリカの電力会社が行った実験でも、各世帯の電力消費量を知らせる際に、省エネに成功している近隣世帯と比較する形で情報を提供したところ、電力消費量が2~4%減少したという結果が示されている。

 身近なところでは、ホテルに泊まったときに「80%のお客様がタオル・シーツの再利用にご協力いただきました」のようなカードを見たことがある人もいるだろう。これも、周囲という力を使ってあなたの行動を促そうとしている例だ。「周囲の人」という環境の力は、かなり強力なのである。

「みんなの力」で自分も頑張る方法

 このように、「みんな」の振る舞いを知らせることで、人の行動を促すことができる。では、「努力を継続する」ことにも効果はあるのだろうか?

 皆さんは、「みんチャレ」というアプリをご存じだろうか。既に使っている人もいるかもしれないが、このアプリは「みんなで頑張る」ことをアシストするもので、同じ目標を持つ人が5人集まって、毎日の成果を報告したり、励まし合ったりしながら努力を続けることができる。

 同様のアプリを作り、その効果を実験で確認した韓国の研究があるので紹介しよう(1)。この研究は「スマホ利用を減らす」ことを目的としており、それを助けるアプリを開発した。
 アプリではスマホの使用を控える時間の目標を設定し、実績を入力すると、ランキング形式で皆に結果が共有される。ランキングには個人ランキングとグループランキングがあり、ユーザーIDをタッチすれば、それぞれの人がどのくらいスマホを我慢できたのかを見ることもできる。
 目標設定に努力を助ける効果があることは 第10回 で紹介したが、このアプリは目標の力と周囲の力という、2つの強力な効果を用いているといえる。

 さらに、この検証では、友達同士で実験に参加した人たちと、1人で参加した人たちがいた。友達同士のグループは同じ学部や同じ研究室だったり、同じサークルに所属する人たちだったり、兄弟や姉妹と参加した人たちもいた。
 3週間にわたった実験の結果は、グループでアプリを使用した人たちの平均スマホ利用時間は有意に減少していたが、1人で参加した人たちには効果がなかったというものだった。周囲の人、特に仲の良い人と「一緒に頑張る」のは、効果的なようだ。

 「みんなで一緒に運動を頑張る」ためのサービスもいくつかある。例えば、ネットワーク機能付きの歩数計では、専用サイトに会員登録すると、他のメンバーの歩数を確認したり、男女別、年代別、都道府県別などで自分の順位を見たりすることができる。

 こちらも、同様のシステムを作成して検証を行った研究がある(2)。この研究では、フィードバック機能とフレンドとの競争機能を持たせたウォーキングアプリを作り、ウォーキングを継続できたかどうかを50日間にわたって測定した。検証用に作成したウェブシステムでは、現実世界の知人(家族や同僚、友人など)と「フレンド」になることができた。
 事後アンケートで分かったことは、フレンド機能を利用したことによって家族や友人との会話が増え、それがウォーキングの継続につながったという結果であった。
 こちらでもやはり、「仲の良い人」や「身近な人」と一緒に頑張れば、努力を続けられることが示されている。

「他人の力」を賢く使う

 やはり「周囲の助けで頑張ってこれた」は本当のようで、これは多くの人の肌感覚にも合う結果だろう。
 この連載の 第3回 で紹介した「コミットメント」も、周囲の力を使って努力できる仕組みを作り上げる工夫だ。
 また、 第13回「人はいつ、努力をやめてしまうのか?」 では、新しいルームメートが運動をしていないと自分も運動をやめてしまったり、人と一緒にいるときに努力をやめてしまいがちだったりという、駄目な方向に行ってしまった例に触れた。周囲の人から受ける影響は大きいからこそ、逆効果にならないようにしなければならない。

 「周りの人」が持つ力をよく理解して、努力を続けるために効果的に使っていきたい。

■参考文献
(1) Ko, M., Yang, S., Lee, J., Heizmann, C., Jeong, J., Lee, U., Shin, D., Yatani, K., Song, J. and Chung, K. (2015) “NUGU: A Group-based Intervention App for Improving Self-Regulation of Limiting Smartphone Use”Proceedings of the 18th ACM Conference on Computer Supported Cooperative Work & Social Computing.
(2) 田部浩子、吉廣卓哉、井上悦子、中川優 (2011) 「生活習慣病予防のための競争意識を利用した歩行継続支援システム」 情報知識学会誌 21巻1号

<18回目のまとめ>
  • 「みんなも頑張っている」は「私も頑張る」理由になる。ならば他人の力を上手に借りることが大事。
  • ナッジを活用したアプリ・サービスは多い。目的に応じて使い分けることで、自分の行動をいい方向に向けられる。
  • お金をかけなくてもできる工夫はたくさんある。
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「今度こそ、頑張ろう!」と決意したはずなのに、いつの間にか忘れてしまっていた…そんなことはありませんか? 実は、努力は行動経済学や心理学の観点から捉え直すことで、才能や性格に関係なく、仕組み化することができます。「英語などの勉強で成果を出したい」「資格を取得したい」「子どもに勉強をさせたい」「部下を頑張らせたい」「ダイエット・運動を頑張りたい」「健康的な食事を続けたい」「5S(整理・整頓・清掃・清潔・しつけ)を徹底したい」「夏休みの宿題を計画的に終わらせたい」…。本書はこのような悩みに効果を発揮する1冊です。

山根承子著/日経BP/1870円(税込み)