世の中には、「努力」し続けられる人と、そうでない人がいます。努力できる人は、目標に向かって着実に歩みを進め、大きなことを成し遂げることができます。一方、努力が苦手で何事も中途半端になってしまう人も少なくありません。努力できる人とできない人の差は、いったいどこにあるのでしょうか。この連載では、人間の行動と心理について長年研究し、行動経済学・ナッジを基に企業へのコンサルティングを行っている経済学者・山根承子さんが、「努力ができる人とできない人はなぜいるのか?」「努力をしておくといいのは本当か?」「正しい努力とは何か?」「どうすれば努力できるのか?」という観点から、「努力」を科学で解明します。2回目のテーマは、努力できなかったことで生じる「後悔」です。

ダイエット、筋トレ、勉強…続けられないのはなぜか?

 前回、「待つ」というコストが高い人(時間割引率の高い人)は、努力というコストを今支払って、将来の大きな報酬を手に入れるという選択肢を取りにくい可能性があることを説明した。時間割引率、つまり「待つ」という痛みをどのくらい大きく感じるかで、獲得までに時間のかかる「将来の報酬」の見え方が異なり、その代償として支払える「今」のコスト(努力)の大きさが変わってくる。

 このように書くと、待つのが苦手で直近の報酬に惹(ひ)かれる人(時間割引率の高い人)は残念な人で、待てる人(時間割引率の低い人)のほうが優れているように思える。しかしこの選択問題は、どちらを選んだからよいというものではない。時間割引率の大きさは人によって異なっているので、どちらを選べば生涯効用が高くなるのかは、人によって違っていておかしくない。各個人が生涯効用を最大化できているのであれば、回答がどちらであるか自体は全く問題ではないのである。

 問題なのは生涯効用を最大化できていないケース、つまり自分にとって最良の選択を行えない人である。「努力しようと思っても長続きしない。どうしたら努力できるようになるのだろうか?」と思ったことのある人はまさにこれに当たる。

 このような人たちは、「今コストを支払って将来の大きな報酬を得よう(努力しよう)」と一度は考える。しかし、実際にやる場面になると、目先の報酬を選んでしまう。目がくらむといってもいい。

 おいしそうなケーキを食べてしまってダイエットが中断される。
 眠いからといって筋トレをサボる。
 遊びに誘われたので勉強せずに出かけてしまう。
 貯金したいのにセールでは衝動買いをしてしまう。
 「今、努力しておくほうが長い目で見て自分のためになる」と思ったはずなのに、どうしても日々の誘惑に耐えきれず、努力を継続することをやめてしまう。
 そして最終的に、「どうしてあのとき努力しなかったんだろう」と後悔する。

行動経済学で読み解く「努力と後悔」のメカニズム

 後悔は、ある時点で最良だと思った選択が、将来において最良とは思えなくなることで起きる。例えば、今この瞬間は「友人とお酒を飲みに行くこと」から得る効用のほうが「将来の資格取得」から得る効用よりも大きく感じてしまう。しかし後で考えると、「飲みに行く時間を勉強に充て、資格を取得しておいたほうが生涯効用が高かったな」と思い直すことになる。

 「自分は努力できないタイプだな~、でも特に困ったことがないな」という人はそのままでよい。そういう人は、自分の時間割引率の下で効用を最大化した結果、「努力しない(今のコストを支払わない)」ことを選択しているのだ。「努力しないほうが幸せに生きることができる」人であるといってもよい。このような人に努力をさせるための「努力」をすることは、あなたにとってもその人にとっても、幸せな結果にはならない。

 一方、後悔する人、つまり目先の利益に惹かれてしまって効用を最大化する行動が取れない人については、何かしらの手助けをしてあげたほうがよい。彼らが最初に計画した通り、努力し続けられるように手伝ってあげる必要があるのだ。

 このような「後悔」は実は行動経済学でよく扱われるテーマで、そのメカニズムは「異時点間の選択問題」で説明することができる。例えば、次のような質問群を考えよう。

Q1-1. 今日1万円もらうのと、7日後に1万20円もらうのとでは、どちらが好ましいですか?
Q1-2. 今日1万円もらうのと、7日後に1万100円もらうのとでは、どちらが好ましいですか?
Q1-3. 今日1万円もらうのと、7日後に1万500円もらうのとでは、どちらが好ましいですか?

 「今日1万円もらうこと」と比較しながら「7日後にもらえる金額」をどんどん変えていくことで、「私を1週間待たせるならこのぐらい追加的に払ってもらわないと駄目だ」という金額が分かる。これはつまり「待つ痛み」の金銭的評価額であり、高いほど待つのが嫌な人であるということだ。

 1週間待つのに1000円要求する人と10円で待ってくれる人だと、どちらが待つことを嫌がっているかは明らかであろう。この方法で時間割引率を測定することができる。

努力が続かず後悔しやすい人の共通点

 次に、以下のような質問群を考えよう。

Q2-1. 90日後に1万円もらうのと、97日後に1万20円もらうのとでは、どちらが好ましいですか?
Q2-2. 90日後に1万円もらうのと、97日後に1万100円もらうのとでは、どちらが好ましいですか?
Q2-3. 90日後に1万円もらうのと、97日後に1万500円もらうのとでは、どちらが好ましいですか?

 先ほどと同じ質問に見えるが、「今日と7日後」の間の選択問題が「90日後と97日後」の間の選択問題になっている。つまりQ1では今日から1週間待つときに要求する金額、Q2では90日後から1週間待つときに要求する金額が分かる。

 よく見るとどちらも「7日間待つことの痛み」の大きさを尋ねているので、論理的に考えればQ1とQ2の答えは同じであるはずだ。しかし実際にアンケート調査をしてみると、多くの人が2つの質問で異なる金額を回答する。つまり「今からだったら100円で1週間は待てないけど、90日後からの1週間なら100円で待ってもいい」というように。

 Q1とQ2の回答が異なる人の時間割引率は双曲関数という形をしているため、「双曲割引」と呼ばれる。先延ばししたり後悔したりするのはこのタイプの人で、「努力しようと思っても続けられず、最終的に後悔する」人はこれだろう。

 一方、今から7日間待つときに要求する金利と、90日後から7日間待つときに要求する金利が同じ人の時間割引率は指数関数という形をしていて、「指数割引」を持っているといわれる。

 双曲割引と指数割引の形を図で表すと、次のようになる。縦軸が時間割引率で、割引率が0に近いほど「待つ痛み」が大きいことを表す。横軸が待つ時間の長さを示しているので、例えば7日目の割引率が0.5という人は、今日から7日間待つと1万円の価値が、

1万円×0.5=5000円

に減ってしまう。5000円分の痛みを感じているといってもよい。指数関数は現在から将来にわたってこの痛みが一定で、割引率がほぼ一定のペースで減っていく。「今日から7日間待つのも、90日後から7日間待つのも同じ痛み」であることを示している。

 一方双曲関数は、「今日」から近い時点(グラフの左側部分)で割引率が大きく減衰し、その後(遠い将来)の割引率はほとんど変化しない。つまり今日から近い時点で起こるイベントの「待つ痛み」には敏感で大きく割り引かれるが、遠い将来の「待つ痛み」については鈍感なのである。

(図制作:キャップス)
(図制作:キャップス)
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後悔は「未来の自分への過度な期待」の裏返し

 ではなぜ、時間割引率が双曲関数の形をしていると後悔してしまうのだろうか。その理由は、「時間の経過によって好みが変わってしまうこと」にある。

 双曲割引の人の回答は、「今からだったら100円で1週間は待てないけど、90日後からの1週間なら100円で待ってもいい」というものである。

 今、この人が「90日後からの1週間なら100円で待ってもいい」という契約を行ったと考えよう。そして実際に90日たって「90日後」が「今日」になったとしよう。この人は「今日からの1週間は100円では待てない」ので、過去の自分がなぜそのような契約を結んだのかと大きく後悔することになる。

 「今は我慢して努力したほうがよい」と考える自分と、「今目の前にある利益を取ったほうがよい」と考える自分が存在しており、この2つの間で意見が揺れることが後悔を引き起こす。

 今の自分に直接関係ないことについては「我慢しろ」と言い、今の自分が関係することについては「我慢なんてできない」と思ってしまう、その一貫性のなさが問題なのだ。

 一方、指数割引の場合は好みが一貫しているので、今「良い」と思ったものは将来においても魅力的なままである。つまり、今「これは我慢して努力すべきだ」と思ったものは、いつになっても魅力的なままなので、努力を続けることができるのだ。

 特に苦もなく努力しているように見える人や一度決めたらやり遂げる人は、指数割引を持っているのかもしれない。

 もしあなたが、「努力」や「後悔」というキーワードでこの記事を読んでくださっているならば、双曲割引型の側面が少なからずあり、それに悩んでいるのかもしれない。そうした人が後悔のないように努力するにはどうしたらいいのかという点については、次回以降の記事で考えていこう。

<2回目のまとめ>
  • 「太ってもいいからケーキを食べたい人」は後悔しない。問題は、「太りたくないけどケーキは食べたい」という一貫性のなさにある。
  • 後悔しやすい人はまず、「努力するほうが幸せ」か「努力しないほうが幸せ」かを考えるべし。
  • 後悔とは、「未来の自分への大き過ぎる期待」の裏返し。今の自分に難しいことは、未来の自分にも難しい。
(写真:Shutterstock)
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