世の中には、「努力」し続けられる人と、そうでない人がいます。努力できる人は、目標に向かって着実に歩みを進め、大きなことを成し遂げることができます。一方、努力が苦手で何事も中途半端になってしまう人も少なくありません。努力できる人とできない人の差は、いったいどこにあるのでしょうか。この連載では、人間の行動と心理について長年研究し、行動経済学・ナッジを基に企業へのコンサルティングを行っている経済学者・山根承子さんが、「努力ができる人とできない人はなぜいるのか?」「努力をしておくといいのは本当か?」「正しい努力とは何か?」「どうすれば努力できるのか?」という観点から、「努力」を科学で解明します。3回目のテーマは、「誘惑に自分の目をくらまさないための工夫」について。

あなたはどっち?「努力できない」の2タイプ

 「努力しよう」と一度は思ったものの、実現できない……という人は「双曲割引」を持っている可能性があると前回説明した。

 もしあなたがこのタイプなら、自覚しておくべきは、「目先の利益がかなり大きく魅力的に見えてしまっていること」と、「自分の選好が時間とともに変わること」である。そして実はこの自覚の有無は、行動に大きく関わることが知られている。

 双曲割引を持つ人のうち、「自分は目先の報酬(利益)に目がくらみがちで、最終的に後悔する可能性がある」という自覚のある人を「ソフィスティケイテッド」、そのような自覚を持たない人を「ナイーフ」と呼ぶ。

 「いつも日々の楽しいことに惹(ひ)きつけられて努力を継続することができない」「自分は意志が弱く、努力できないタイプである」という危機感を持っている人はソフィスティケイテッドだといえるだろう。
一方、「そういえば、なぜか努力が長続きしたことはない」という人は、自覚のない「ナイーフ」であるといえる。

 ソフィスティケイテッドとナイーフの行動は、かなり異なっている。自覚のあるソフィスティケイテッドは、自分が計画倒れになることを知っているので、それを防ぐ手立てを取ろうとする一方、ナイーフはそのような対策を取らない(取れない)からである。

「誘惑に弱い自分」に先回り

 ソフィスティケイテッドが使う「計画倒れにならないための手立て」としてよく知られているのは、「コミットメント」と呼ばれる方法である。

 コミットメントはそのまま訳すと「宣言」という意味で、「来月までに3kg痩せなかったら、Aさんに10万円払います」「7月中の営業ノルマを達成できなかったら○○します」というような、将来の自分が誘惑に負けないよう、事前に行っておく工夫である。

 ポイントは、未来の自分が目先の利益に目がくらみそうになったときに思いとどまれるように、「あらかじめ」手配しておくというところである。

 先に示した例のように、文字通り誰かに「宣言」するだけでなく、きつめの服を買っておくことや、クレジットカードの限度額を低めに設定すること、スマホやゲームを持たずに図書館に行くことなどもコミットメントに当たる。

 きつめの服を買っておくことで、それが着られなくなるような行動を慎むようになる。限度額を低めにしておくことで、一定金額以上は使いたくても使えないようにしておく。そもそも持っていかないことで、勉強中にスマホで遊びたくなってもできないようにしておく。

 このように、「誘惑に弱い自分」を見越して、将来の自分の行動を縛っておくのがコミットメントである。これらは、勉強やダイエットや貯金するための「努力」をするための工夫として、そのまま使うことができるだろう。

「未来の自分への宣言」だけで、本当に行動は変えられる?

 コミットメントはかなり効果的であることが、多くの研究で明らかにされている。

 例えばフィリピンの禁煙支援システムCARES(Committed Action to Reduce and End Smoking)では、利用者に口座を開設させ、たばこ代になっていたはずのお金を半年間、預金させる。

 半年後に尿検査を受けてたばこを吸っていないことが証明されれば、預金したお金は戻ってくる。

 つまり「禁煙に成功しなければこのお金は寄付します」という宣言(コミットメント)を最初に行っているわけである。

 このプログラムを利用すると、禁煙に成功する確率が3パーセントポイント上昇することが示されており、大きな効果を持っているといえる(1)

 「見る映画を3つ選ぶ」という実験を行った別の研究もある。映画は「高尚でためになるが難しいもの」と、「俗な雰囲気で楽しいもの」がそれぞれ数本ずつ用意されており、選んだ映画は3日間で1本ずつ見ることになっていた。

 実験は、2つのグループに分けて行われた。1つは最初の日に3本選んでしまうグループ、もう1つは毎日見る直前に選んでいくグループで、被験者はどちらかのグループにランダムに割り振られた。

 一気に3本選ぶグループでは、1本目で高尚な映画を選んだ人の割合は44%、2本目では64%、3本目では71%となっていた。しかし、毎日選ぶほうのグループでは、難しい映画を選んだ人の割合はどの日も約45%程度だった。これは、「この後すぐ見る映画」を選ぶとなると、目先の楽しさという報酬に惹かれて楽しい映画を選んでしまうが、「将来の自分」には努力を強いる(難しい映画を見せる)という、まさに双曲割引の結果を示している。しかし、あらかじめ「難しい映画を見る」ことをコミットメントしておくことで、将来の自分に道徳的な選択を促すことができるのだともいえる(2)

 別の研究では、「心臓病のリスクを測定する検査を受ける」という実験を行った。この実験でも被験者は2つのグループに分けられており、片方のグループではこの検査は「非常に骨の折れる嫌な」検査であるという説明を受け、もう片方のグループでは「簡単で心地よい」検査であると説明された。

 被験者は、実験謝礼が支払われるタイミング、つまり前払いか後払いかを自分で選ぶことができた。

 後払いを望む度合いを6点満点で尋ねると、「大変な検査だ」と聞かされたグループは平均で4点、「簡単な検査だ」と聞かされたグループでは平均2.5点だった。つまり、「この後大変な作業をさせられる」と思っている人ほど後払いを選択する確率が上がっていた。将来の自分が「大変な検査から逃げ出す」という誘惑に負けないように、検査を受けないと報酬がもらえないような状況にしておきたい、と考える人が多いのである。

 人は難しい作業やつらい作業をするときにこそ、コミットメントを必要とするのだといえる(3)

「自分に対する甘い見積もり」の大き過ぎる代償

 このように、コミットメントは将来の自分がその目標に向かってたゆまず努力するための大きな助けとなる。「自分が努力できないのは自分の性質のせいである」という自覚があり反省しているソフィスティケイテッドは、これらの工夫を取り入れることができる。

 しかし、自分の弱みに無自覚なナイーフは、このような工夫をあらかじめ行うことができない。そして、そのようなナイーフの習性を狙い撃ちにしたビジネスが既に存在している(4)

 例えばナイーフは、将来の自分の携帯電話利用量を低く見積もり、安い基本料金のプランを契約してしまう。そのため携帯電話会社は、基本料金は低いが、それを超過すると高い金額を請求するようなプランを用意している。

 実際にアメリカの携帯電話会社のプランを調べてみると、超過料金は基本料金の2~4倍高い値段になっていたそうだ。

意志の弱さを「計画内」に組み込むには?

 また、長期休暇のタイムシェアリングでは、ソフィスティケイテッドとナイーフの両方を考慮に入れたような工夫がなされている。タイムシェアリングとは、リゾートホテルやコンドミニアムを1週間単位で購入できるというリゾート共有システムのことである。タイムシェアリングでは、1週間当たりのレンタル料は安いが手付金が高いという料金体系になっていることが多い。

 未来の状態を正しく予測できていないと、休暇を多めに見積もってしまい、契約した日数よりも早く出立しなければならなくなる。このとき、高額の手付金は、ソフィスティケイテッドな客にはコミットメントとして働く。「これだけ高いお金を払ったのだから、きちんと休暇を調整しなければならない」というわけだ。

 一方、客がナイーフであれば、休暇日数の見込み違いによって最後の数週間はキャンセルすることになる。しかし、レンタル料自体は安くしてあるので、ホテル側にとってこれは大きな損失にはならない。客がソフィスティケイテッドであってもナイーフであっても、ホテル側が損をしない「うまいつくり」になっているといえる。

 時間割引率を変えたり双曲割引を変えたりすることは、性格を変えるようなものなので非常に難しい。しかし、ナイーフからソフィスティケイテッドになることはできる。

 自分の弱い部分についての自覚が持てたら、コミットメントをはじめとする「努力するための工夫」を張り巡らせてみてはどうだろうか。

■参考文献
(1) Bryan, G., Karlan, D., and Nelson, S. 2010 "Commitment Devices" Annual Review of Economics. vol.2, pp. 671-698.
(2) Read, D., Loewenstein, G., and Kalyanaraman, S. 1999 "Mixing virtue and vice: combining the immediacy effect and the diversification heuristic" Journal of Behavioral Decision Making. vol.12(4), pp. 257–273.
(3) Trope, Y., and Fishbach, A. 2000 "Counteractive self-control in overcoming temptation" Journal of personality and social psychology. vol.79(4), pp. 493–506.
(4) DellaVigna, S. and Malmendier, U. 2004 "Contract Design and Self-Control: Theory and Evidence" The Quarterly Journal of Economics. vol.119(2), pp. 353-402.

<3回目のまとめ>
  • 「目の前の誘惑VS.自分」を我慢で乗り切るのは難しい。クレジットカードの限度額を低めに設定する、図書館にはスマホやゲームを持たずに行くなど、誘惑と全面対決しない工夫を。
  • 難しい作業、つらい作業にこそ、「コミットメント」は効果的。
  • 性格は簡単には変えられない。でも、「誘惑に弱い自分」を自覚できれば、行動は変えられる。
(写真:Shutterstock)
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