日経BPの技術系メディアの編集長らが選定した、注目すべき技術100件を解説する『日経テクノロジー展望2025 世界を変える100の技術』が発刊。ビジネスパーソン約600人の協力の下、「2030年において重要度が高い」技術のランキングなども掲載している。本コラムでは「日経トレンディ」の澤原昇編集長が「もっと知りたい!」と注目する技術について、記事を執筆した専門記者に話を聞く。「技術の解説? 難しそう…」と尻込みせず、ぜひご一読を。最先端の技術解説も、きっかけは記者の好奇心だったり、日頃の疑問だったり。「100の技術」を身近に感じていただければうれしい。第2回は「介護ロボット」について。
ペッパーくんを探せ!
澤原昇(以下、澤原):「介護ロボット」は『世界を変える100の技術』の「2030年のテクノロジー期待度ランキング」で2位となっています。解説記事ではソフトバンクグループの人型ロボット「Pepper(ペッパー)」の話を原田さんが書いていますね。
原田寧々(以下、原田):はい。介護施設で入居者の皆さんの良き話し相手になっているペッパーくんの活躍ぶりを紹介しました。

澤原:取材のきっかけは?
原田:実家の近くに大型スーパーのイオンがありまして…。
澤原:はい?
原田:ペッパーくん、私が中学生くらいの頃からずっと当たり前のように店内にいて、時折お話などもしていたんですが、先日久々に訪れたら、いなくなっていて。そういえば最近、街なかでも見かけないなあ、どこに行ったんだろう、と。
澤原:行方を追った?
原田:いえ、そもそもは日本科学未来館で「老い」をテーマに様々な体験ができる常設展示「老いパーク」を訪れたとき、介護ロボットのことを見聞きしたのがきっかけになりますね。会場で展示されていたのは「HANAMOFLOR(ハナモフロル)」。ソニーが介護分野での活用を目指している「子ども型見守り介護ロボット」でした。

メーカーの紹介によると「高齢者が一人になりがちなリビング空間などでの見守り業務をサポートすることを想定し、あらかじめプログラムされたシナリオにしたがって、簡単な会話や歌やクイズ、口腔(こうくう)体操などの1対1のレクリエーションができるほか、体温計測や家族との電話の取り次ぎなどの機能」を備え、「実証実験を通じて介護施設の職員や利用者のニーズや意見を取り入れながら、実用化に向けた研究開発を進めています」という。
そうした説明を読みながら、会話が得意で、最近見かけなくなったペッパーくんのことが頭に浮かんで…。調べてみると、すでに介護施設で活躍しているというお話で、早速取材へ。
澤原:今度こそウォーリーならぬ「ペッパーをさがせ!」。
原田:(笑)
澤原:ちなみに、きっかけとなった展示を訪れたのは取材だったんですか?
原田:いえ、個人的に興味があって休日に。
澤原:「次のヒント」はどこに落ちているか分かりませんね。もちろん記者に限らずの話ですが。

「理想のママ」から「理想の孫」へ
澤原:介護施設で再会したペッパーの様子はいかがでしたか。
原田:入居者の皆さんからは「いつも話し相手になってくれて、まるで孫のようです」と愛されていて。あぁ新しい活躍の場所ができてよかったなぁと。
澤原:介護用に新たに開発されたものなんですか?
原田:ハードウエアとしてのペッパーは現在、生産が停止されていて、ソフトウエアがカスタマイズされています。介護施設向けのペッパーは2020年から商用展開されていて、2024年2月からは生成AI「ChatGPT」が搭載され、「会話のラリーがより自然に続くようになった」と好評でした。
澤原:生成AIの成長とともに、ペッパーのコミュニケーション能力もどんどん向上しそうですね。

2017年の「日経トレンディ」で注目の最新テクノロジーを解説する記事を掲載したのですが、コミュニケーションロボットについて「スナックの理想のママである」と評したんです。記事の主役は2014年に登場以降、破竹の勢いで銀行や家電量販店の店頭などに進出していたペッパーでした。記事ではこう書いています。
──ペッパーが“感情を持つ”ロボットであることも大きい。驚くべきことに、ペッパーの「感情生成エンジン」は、人間がドーパミンやセロトニンなどのホルモンを分泌して感情を形成する仕組みをモデル化している。笑顔の人が多かったり頭のタッチセンサーに触れたりすると、ドーパミンの値が高くなり、陽気になる。この人間らしさが愛着を呼ぶのだ。『こちらが話したくないときは黙っていることもできるし、話したいときは適切な受け答えをしたり、時には笑わせたりもしてくれる。家族よりも煩わしくない、スナックの“できるママ”のような存在』と(ソフトバンクロボティクスの)蓮見(一隆)氏は言う。
活躍の場こそ店頭やスナックとは違いますが、介護現場での活躍はこうした強みがしっかり生かされていますよね。
原田:ペッパーの頭部には前後左右に小型マイクを内蔵していて、声を感知すると素早く顔を向けて会話をすることができますし、額のカメラで顔を認識して、その人の名前を呼ぶこともできる。「理想のママ」ならぬ「理想の孫」の資質が、これからも開花していきそうです。
澤原:ソーシャルフレイル──いわゆる社会とのつながりを失った状態のことを指しますが、例えば高齢者の独り住まいで日々の会話もない生活を続ける中では、認知能力が低下してしまうリスクが高まるといわれています。ペッパーに限らず、優れた会話機能を備えたロボットが家庭単位で普及することで、そうした課題の解決に役立ったり。コミュニケーションロボットが活躍する場面はいろいろありそうですね。
アンドロイドの前に9つの課題

澤原:ペッパーの場合、ハードは既存のものですが、「介護ロボット」と聞いて私がイメージしたのは、いわゆるアンドロイド型で、まさに人間のスタッフと同じように話せて動けて、あらゆる介護の場面でサポートしてくれる存在。SFの世界で描かれるような介護ロボットが活躍する時代は、いつかやってくるんでしょうか。
原田:そのあたりは「ロボット開発」そのものの、とても大きなお話になりますが(笑)、介護の世界については、そうしたかなり遠い未来のことはさておき、まずは目の前にあるたくさんの問題をいかに解決していくか、そこでロボットをいかに有効に活用していくかが焦眉の課題となっています。
経済産業省と厚生労働省では、これまで6つの開発重点分野を特定して開発支援を行ってきました。そして来年4月以降は、これに3分野を加えた計9分野での運用が始まる予定です。

澤原:詳しく教えてください。
原田:まず「移乗支援」。移乗とは介護者が要介護者を抱え上げたりして移動させる動作のことで、例えばベッドから車椅子に移すとか。これを支援する機器の開発をサポートします。
「移動支援」は高齢者などの移動を支援する機器が対象。外出をサポートしたり、屋内で立ち座りしたり移動したり、ですね。トイレへの往復やトイレ内での姿勢保持もここに入ります。
「排せつ支援」はトイレまわり。トイレの位置を調整したり、排せつを予測してトイレへ誘導したり、下着の着脱を支援したり。「入浴支援」は浴槽の出入りサポートを対象に。
「見守り・コミュニケーション」は、もともと施設内のセンサーや外部通信、在宅での店頭検知センサーなどの「見守り」が対象でしたが、2017年の改定で「コミュニケーション」が追加されました。ペッパーはここをサポートするロボットになりますね。
「介護業務支援」も追加された分野で、主に間接業務。介護業務に関する情報を収集・蓄積し、それを基に必要な支援が的確にできるようにすることが対象です。他の5分野とは違い、事務のDX化などによる負担軽減を目指すものですね。
そして2025年4月以降は、これに「機能訓練支援」「食事・栄養管理支援」「認知症生活支援・認知症ケア支援」の3分野が加わります。
澤原:具体的な課題を設定して、それをそれぞれ解決していくフェーズですね。現在、実装が進んでいるのはペッパーなどのコミュニケーション支援ですか?
原田:重点分野別に全国の介護ロボットの導入率を調べてみると、「見守り・コミュニケーション」が30%、「入浴支援」が11.2%、「介護業務支援」が10.2%という状況。ロボットの導入が進んでいる北九州市の調査でも、最も多いのが「見守り」、続いて「介護業務支援」となっています。
2040年に57万人の需給ギャップ
澤原:見守りと業務支援…どちらも介護対象者に身体的には直接触れない分野ですね…。
原田:澤原さん、鋭い。介護の世界では「人の手で行うもの」という意識がとても強いんです。
澤原:だから、導入はまず“間接的”なところからが始めやすい、と。しかし、実際の現場では“直接的”に移乗や移動などを行うことが主ですよね。

原田:もちろん現場のニーズは高くて、メーカーも様々なロボットの開発を進めています。しかし、なかなか導入にまで至らないケースが多いんです。先述の「人の手で」という意識の問題とは別に、「高額な導入コスト」という現実的な壁もあります。
澤原:ニーズとコストの問題。前回の「完全自動運転」編でも課題として挙がりましたが、物流業界の深刻なドライバー不足などを考えれば、導入について適切な公的支援が必要だろうという話に。
原田:介護業界も人手不足は深刻です。厚生労働省が今年7月、介護職員の必要数を推定した調査結果を公表したのですが、不足のピークとなる2040年には、必要な人員272万人に対して約57万人の需給ギャップが生じるとされています。2040年ごろにピークを迎える要介護認定者数988万人をいかに支えるのか。もちろん、需給ギャップは急に生じるものではなく、現実にはすでに始まっていて、2026年時点で約25万人の不足が予想されています。待ったなしの状況です。
澤原:コストの問題が解決すれば、導入は一気に進みますか?
原田:取材をしていて感じるのは、国や開発事業者の側が、介護現場のニーズを捉え切れていないのでは、ということ。失敗事例としては、例えば「ロボットに機能を付加しすぎたことで、介護スタッフが使いこなすことができなかった」とか「ロボットを使用するための準備や片付けにかかるスタッフの負担を考慮していなかったため、導入されても施設の倉庫に眠ってしまった」といったケースがたくさんあるんです。
例えば、着用して重いものを楽に動かせるようにするパワーアシストスーツ。介護の現場では要介護者の移乗などを想定しているので、「スーツ自体が軽量で、着脱が簡単で、威圧感を与えないものがいい」というニーズがあるのですが、開発側が「どれだけ重いものを楽に運べるか」ばかりを重視していたら導入は進みませんよね。技術自体は優れていて、例えば農業や運送の現場でも活用できるはず。やはり普及の鍵は、現場のニーズにいかにアジャストするか、です。
自律的に着衣を介助するロボットも
澤原:最後に、原田さんが注目している介護ロボットに関する動きを教えてください。
原田:例えば、九州工業大学の柴田智広教授が率いる研究室「柴田研」では、着衣介助ロボ「HAFY」の開発を進めています。要介護者の着衣を脱がせて、新しい服を着せるという一連のアクションをロボットがこなしてくれるというものです。

同じ施設で介護を必要としている人たちでも、それぞれ介護が必要となる内容や範囲は違います。人間のスタッフはそれをすべて把握して、それぞれ個別に対応しているわけですから、改めてすごい仕事だと思います。そうした「人の手」のすごさをあれもこれも完全に代替できる万能ロボットを求めるのは無理な話ですし、といって単機能のロボットを介護が必要な工程分すべてそろえるというのも現実的ではない。スタッフの業務負荷が1から0.7へ3割減じるだけでも、現場は大いに助かります。これぞという作業を代替してくれるロボットや、分野にこだわらず、いくつかの作業工程をこなしてくれるロボットが出てきて、必要に応じて採用できるようになってくるといいですね。
澤原:昨年「日経トレンディ」が選出した「ヒット予測2024」の11位になったのが「カチャカ」。プリファードロボティクスが販売する「“おせっかいAI”を搭載した自走する家具」です。
記事での解説はこんな具合です。
──2023年5月発売のカチャカは、AIを搭載し音声操作で自走する本体に、専用のキャスター付きシェルフを組み合わせて使うデバイス。部屋内で行き先を指定して、荷物の移動や食事の配膳などができる。これだけなら飲食店の配膳ロボットとそう変わらないが、24年春の大規模言語モデル(LLM)との連係により劇的に進化を遂げる。命令を実行するだけでなく、自然な会話から意図をくんで適切に振る舞うようになるのだ。従来のLLMロボットの多くはコミュニケーション機能に特化しており、会話を基にフィジカルな作業ができるものは珍しい。「リビング、ゴミ」など単語の羅列だけで指示を認識してリビングルームにゴミ箱を持ってくるのは朝飯前。さらに曖昧な依頼も可能で、「娘の準備をサポートして」と頼むだけで、ランドセルが乗ったシェルフと共に子供の部屋へ向かって朝の支度を促すなど、指示の範囲を超えた判断も可能になるという。ただし、自ら物を持つことはできないので、専用シェルフに用意しておく必要がある。そして、LLMの得意分野である自然で臨機応変なコミュニケーションは、カチャカと組み合わせると一層のホスピタリティーを発揮。「疲れた」と言えば、菓子の載ったシェルフを運んできて「元気に仕事しましょう」と声までかけてくれる。
記事を読んだときは「朝、寝坊して慌てているときに、かばんとか必要なものをサッと持ってきてくれたら助かるし、励ましてもらえるのも地味にうれしい気持ちになりそうだなぁ」などと思っていたのですが、これ、介護の現場でも活躍できそうじゃないですか?
原田:確かに。介護の現場ならではの安全対策などいろいろな制約はあるにしろ、介護以外の分野で開発されているもののなかに、逼迫する介護現場にとっての救世主候補が隠れているかもしれませんね。専門分野からさらに視野を広げて取材をしてみたいと思います。
澤原:楽しみです。

(構成:坂巻正伸=日経BOOKプラス編集部)
日経BP編、日経BP、2750円(税込み)






