「社内政治」と聞くと、多くのビジネスパーソンは根回しや派閥争いといったネガティブなイメージを抱くかもしれません。しかし、新刊『社内政治の科学 経営学の研究成果』(日本経済新聞出版)によると、世界的な経営学の研究では、社内政治は「組織行動」として扱われる主要な研究分野だといいます。ビジネスパーソンは社内政治にどのように向き合うべきか、著者で昭和女子大学の木村琢磨教授にうかがいました。

社内政治は世界の経営学では主要な研究テーマ
本書のタイトルを見て、「社内政治を研究する?」と意外に思う読者も多いようです。
昭和女子大学教授・木村琢磨氏(以下:木村) そうですね。実務家の方々に「社内政治を研究している」と話すと、「そんなことも研究している人がいるんですか?」と驚かれることが多々あります。
しかし実は、世界的に見れば社内政治の研究は主要なテーマの一つであり、決して珍しいものではありません。
私の専門は経営学の中の「組織行動(Organizational Behavior)」という分野です。世界のビジネススクールでは戦略やファイナンスと並ぶ必修科目とされており、モチベーションやリーダーシップ、そして「権力と政治」について学びます。世界で読まれている教科書には必ずと言っていいほどこの分野についての章が含まれており、多くの先行研究に基づいて書かれています。
社内政治は民間企業だけでなく、官公庁やNPO、大学など、人が集まるあらゆる組織に見られる普遍的な現象なのです。
一般的に「社内政治」というと、足の引っ張り合いやえこひいきなど、悪いイメージが先行しがちです。
木村 おっしゃる通り、多くの方はネガティブなイメージをお持ちでしょう。「社内政治なんてなくなればいい」「関わりたくない」と思うのも無理はありません。
しかし、社内政治は会社のシステムの欠陥ではなく、構造に本質的に組み込まれている現象です。組織には多様な利害や目標を持つ人が集まり、限られたリソースを奪い合ったり調整したりしてビジネスを進めています。このプロセスにおいて、政治的な動きは避けられないのです。
たとえ無視しようとしても、社内政治そのものは続きます。むしろ目を背け続けることで、自分自身が無防備な立場に置かれてしまうリスクさえあります。
本書でお伝えしたいのは、「狡猾(こうかつ)な政治家になれ」ということではありません。組織を動かすためには、利害の異なる人々と利害を調整し、信頼を築く「前向きな社内政治」が必要だということです。それは、信頼・共感・正当性に基づいた、創造的なリーダーシップの一種といえます。
本書では「理論と実務」の融合を掲げています。学術的な理論は現場のドロドロとした現実に役立つのでしょうか。
木村 「理論と実務は違う」とよく言われますが、私は本来つながっているものだと考えています。優れた研究は現実の課題を分析し、実務に生かせる知見を提供しています。
もちろん、一つの理論がすべての職場にそのまま当てはまるわけではありません。しかし、理論やフレームワークを「考察の出発点」にすることはできます。「なぜ自分の職場では理論通りの因果関係が見られないのか?」と考えることで、目の前の現実をより正確に理解し、問題解決につなげることができるのです。
本書で紹介しているのは、世界中の研究者が積み上げてきた質の高い研究成果です。これらは、皆さんが職場で影響力を発揮し、組織を健全に動かすための「武器」になるはずです。
そもそも、なぜ先生はこのテーマの研究を始められたのでしょうか。
木村 きっかけは大学教員になってから、ある社会人学生に「うちの会社、社内政治で大変なんですけど、こういうテーマは研究されているのですか?」と聞かれたことでした。
当時の私はまだ専門外で「分かりません」としか答えられませんでしたが、私自身も会社員時代や大学内での政治に苦労した経験があり、その痛みに深く共感しました。
それから数年後、世界に通用する論文を書こうと決意したとき、その学生の言葉を思い出しました。私自身もキャリア初期は社内政治にうんざりしていましたが、その頃には組織を動かすためにはそれが必要だと身をもって知っていたからです。
社内政治を理解し、活用し、そして組織を変えていく。本書が、皆さんの組織やキャリアにおける「前向きな政治」の第一歩となれば幸いです。
社内政治のメカニズムとリーダーシップ
そうはいっても、やはり派閥争いやゴマすりといった負のイメージが先行します。
木村 確かにそうした側面もありますが、実際にはもっと多面的で、組織にとって避けられない現象です。
例えば、根回しや気配り、暗黙の了解、キーパーソンとの非公式なネットワークづくりなども社内政治の一部です。こうした行動は、組織内での調整や交渉、あるいは自分の立場を守るために、誰もが自然と行っているものです。
経営学では、「組織は完全に合理的には動かない」という認識が一般的です。部署ごとに利害は異なり、判断基準も曖昧で、リソース(資源)も限られている。さらに出世競争も絡みます。
こうした状況下では、公式なルールや「正論」だけでは物事が決まりません。だからこそ、人々は非公式な手段を選び、影響力を行使しようとするのです。社内政治は一部の人の特別な振る舞いではなく、組織の日常そのものなのです。
「根回し」や「建前」といった言葉から、社内政治は日本特有の文化だと思っていました。
木村 私もよく「日本らしい研究テーマですね」と言われますが、それは大きな誤解です。社内政治は、人が集まる組織であれば国や文化を問わず発生する普遍的な現象です。
実際、海外の研究を見ると、欧米企業の人たちの方がより戦略的かつ巧妙に政治を展開しているようにさえ見えます。「ネマワシ」に似た事前調整や、「タテマエ」、あるいは長時間労働による熱意のアピールなどは、形を変えて世界中で観察されています。
もし「社内政治は日本企業だけの悪習だ」と思い込んでいると、グローバルな環境で働く際に足をすくわれかねません。世界で活躍するためには、社内政治の共通点を理解しつつ、それぞれの国や地域による「政治の作法」の違いにも敏感になる必要があります。
そうした現実の中で、私たちはどのように振る舞い、リーダーシップを発揮していけばよいのでしょうか。
木村 従来のリーダーシップ論では、ビジョンや権限が重視されてきましたが、最近の研究では「社内政治をマネジメントすること」もリーダーシップの重要な一部だと考えられています。公式の権限と実質的な影響力が一致しない組織において、政治的行動はリーダーだけでなく、一般社員にも求められるスキルです。
具体的には、個人の政治力は「政治知識」「政治スキル」「政治準備性」「政治的パワー」という4つの要素で構成されていると考えられます。
重要なのは、これらは一度身につければ終わりではないという点です。例えば、異動や転職で人間関係が変われば「政治知識」や「パワー」は低下しますし、スキルも使わなければ鈍ります。
社内政治を「汚いもの」として遠ざけるのではなく、組織を動かすための技術として捉え直し、継続的にその能力をメンテナンスしていくこと。それが、長く成果を出し続けるために不可欠な姿勢だといえるでしょう。
取材・文/永野裕章(日経BOOKSユニット第1編集部) 構成/市川史樹(日経BOOKプラス編集) 写真/尾関裕治
印象操作、派閥、権力争い、ゴマすり、社内人脈、根回しなど、経営学者が研究成果に基づき「ビジネスパーソンに必要な政治力」を読み解く。
木村琢磨著/日本経済新聞出版/2200円(税込み)

