日本の半導体事業で異彩を放った坂本幸雄氏をはじめ、米ビッグテック(GAFAM)5社の創業者全てに取材するなどITに精通し、半導体業界史ともいえる『ニッポン半導体復活の条件』を出版した日本経済新聞社編集委員・小柳建彦氏。今、日本の半導体事業をどう見ているのか。ラピダス成功のための処方箋とニッポン半導体復活への思いを聞いた。
半導体販売額で米国を抜いて世界シェア5割を取った時代もあった日本の半導体は、今や世界で7%台です。ここまで凋落したのはなぜでしょうか?
1980年代に日本の総合電機メーカー各社がこぞって半導体のDRAMの生産に乗り出しました。なぜDRAMなのかというと社内需要、つまり大型コンピューターやオフコンなど自社製品向けがまず中心で、さらにIBMなど米国メーカーに外販できたからです。さらに鉄鋼メーカーなど異業種からも参入し過剰生産になって、市況が大きく変動する中、次々に撤退した。事業戦略に欠けていました。
90年代に投資競争で完全に負けたということも下地としてあります。坂本さんは、「韓国や台湾の半導体メーカーは、半導体を分かっているトップたちが経営し、必要な設備投資をしていました。一方、日本の半導体は総合電機メーカーの事業部にすぎなくて、トップは半導体がよく分かっていない。食うか食われるかの競争をしているんだという意識が希薄でした」と言っていました。それが設備投資にも現れていた。実際、韓国サムスン電子の半導体設備投資額は88年以降、日本メーカーの2倍を超える額をほぼコンスタントに続けていました。これでは勝負になりません。
もう一つの要素として、86年に日米政府によって締結された日米半導体協定で頭を押さえつけられて、日本メーカーの間で、出るくいは打たれる、成功し過ぎない方がいいというメンタリティがあったのではないかと思っています。80年代末から90年代の初頭にかけてパソコンの普及期でDRAMの需要が伸びる時期に、日本はリスク分散しようと韓国に技術を移転し生産委託もした。結果的に強敵をつくってしまった部分があります。サムスンはうまくそこを生かし、かつ、自分で製品を作る研究開発に手を抜かないで、結局90年代の前半にはもう日本にキャッチアップして、追い抜くぐらいの勢いになった。景気が悪いときも設備投資を続けて日本を追い落とし、日本はすごすごと不戦敗したというわけです。
エルピーダは日本政策投資銀行(DJB)の300億円の融資がある意味、会社更生法適用申請の引き金になったわけですが、その後もルネサスエレクトロニクスやラピダスに政府は兆円単位のお金をつぎ込んでいます。これについてはどう見ていたのでしょう?
エルピーダメモリの破綻後、坂本さんは日本の半導体政策に対しては複雑な感情を抱いていました。特にルネサスが政府から手厚い支援を受けて再建されたことに対しては、「はたで見ていてうらやましいなって率直に思った」と。ルネサスは10年以上赤字と人員削減を繰り返し、2013年には政府系投資会社である産業革新機構の傘下となり、事実上国有化された。オールジャパンで資本を入れて支え、絶対潰さないという感じでやってきたたわけですよね。
なぜかといえばルネサスはトヨタ自動車の下請け的な存在でもあり、日本の自動車メーカーにとって潰れては困るという存在だったことが大きい。さらにいえば、いろんな会社の半導体も寄せ集めて作ったのが、2002年に坂本さんが社長に就任したエルピーダであり、2003年に発足したルネサスだったので、エルピーダでつまずいて、もう1社潰すわけにはいかない感じだったと思う。そこが明暗を分けたという気がします。
ラピダスについての見解は、坂本さんに直接は聞いていないのですが、TSMC(台湾積体電路製造)の熊本の話の際に、なぜ工場の話ばかりするんだろうと、重要なのはどんな需要に向かって何を作るかなんじゃないか、まず工場を作ろうというのは順番が違うのではないかということは何度も言っていました。ラピダスも他社の半導体製造を請け負うファウンドリーという業態ですから、おそらく同じような思いだったに違いないと思います。ファウンドリーは発注してくれる人がいなかったら、製品を作れません。TSMCは、断るぐらいたくさんの顧客を抱えているから問題ありませんが、ラピダスはこれからその問題が出てくると思います。誰の何を作るのかが問題になってくると私は見ています。
ラピダスは2ナノ(ナノは10億分の1)メートルの最先端半導体を2027年の量産化を目指しています。
そもそも作れるのかという問題があります。
ラピダスの技術者がIBMに行って、一緒に研究開発をしながら量産プロセスを作ろうとしているのですが、IBMは量産をしていないから量産のやり方は学べない。そこをどうするのかは率直に疑問です。3ナノ、2ナノという先端の量産をやったことがある人でないと、量産ラインの設計は難しいでしょう。
3ナノまでと2ナノでは、技術方式が根本的に変わります。3ナノまでは日本は完全に置いていかれています。ならばそれを今からキャッチアップするのではなく、あえて先行メーカーと同じスタートラインに立てる新しい技術方式の2ナノから参入して一気に追い付くという戦略を描いているのですが、これも簡単ではありません。現在3ナノ品の商用量産で利益を出しているのは世界でTSMCのみで、サムスンも苦戦している。ましてや2ナノは世界の先端半導体製造技術をリードする2社がまだ確立していない技術です。新規参入するラピダスが、まず「工場ありき」の発想で、2027年には2ナノを量産化というのは極めてタイトなスケジュールです。
ラピダス成功のために必要なもの
ラピダスが成功するためには、どんな施策が必要だと思いますか。
今のままの路線だと頓挫しかねません。こういうことを言うと怒る人がいっぱいいますが、初志貫徹にこだわることなく、もっと柔軟に路線は考えた方がいいんじゃないかと思います。
まず投資の順番。研究開発の投資の順番をフェーズ分けして、ちゃんと独立した民間のリスクマネーを取れるようにすることです。ラピダスは、トヨタ自動車、デンソー、ソフトバンク、NTT、ソニーグループ、NEC、キオクシア、三菱UFJ銀行の民間8社が計73億円を出資して発足しましたが、先端半導体の事業はそもそも上場企業から奉加帳のように追加出資を受けて進められるプロジェクトではない。資金の性質としてリスクマネーなので、ベンチャーキャピタルや個人の金持ちから兆円単位のお金を集めてやるベンチャー株式投資の領域です。
リスクマネーを集めて、ステップバイステップで研究開発をして試作を作って量産規模を上げる。例えばNVIDIAのチップを作れましたというような実績を出し、量産ラインを使ってある程度の量を作る「量産試作」をする。そこで使えると判断してもらって初めて製造委託の注文を得ることになります。軌道に乗って量産規模を上げる段階になったら資金調達は、上場して公募増資で集める。そういったステップを踏んでいくのがいいのではないかという気がします。
もう一つは勝ち筋の戦略が必要で、重要なのはエコシステム全体の構築です。ファウンドリー工場だけでなく、それを活用するファブレス企業を育てるところにもっと注力すべきです。例えばジム・ケラー氏のテンストレントのような世界トップクラスの半導体設計開発者との連携も一つでしょう。国を挙げてのラピダス育成は、経済安定保障上の観点で先端半導体を国内で供給できないとまずいという考え方ですが、単に工場だけあっても、作る設計図がないと半導体の製品ははできないし、作った製品を売る会社がないと商売として成り立たない。その視点が必要だという気がします。
TSMC熊本やマイクロン・テクノロジーについてはどう見ていますか?
今、世界中がTSMC頼みになっていますから、先端の半導体が作れるセカンドソース、サードソースが欲しいとは思っている。そこにニーズとチャンスがあることは事実で、熊本のTSMCは顧客が近くにいるため成功する可能性は高い。今後(TSMCが)第3工場で先端半導体をやるのかどうかは、おそらく地政学、国際情勢によって変わってくるでしょう。ただ長期的に見てTSMCが先端品製造を立地してくれる可能性ができたという意味では、すごくいいことだと思います。TSMCで作ったチップを組み立てる後工程を専門にやる会社も、九州に進出ししつつあります。ある種のエコシステムができていくので、チップとして完成させて輸出できる拠点になる。その意味では呼び水としてTSMCに補助金を出したことは成功しています。
広島県のマイクロンにも補助金を出していますが、日本に最先端のメモリー半導体DRAMを作る技術、拠点をちゃんと確保するという意味では、補助金の無駄遣いにはなっていない。元々エルピーダを存続させておけばよかったのでは、という話もありますが。
これからのニッポン半導体業界に何か光明はありますか?
後工程と呼ばれる組み立て工程の重要性が飛躍的に高まっています。高度な技術でシリコンウエハの上に回路を焼き付ける前工程に対して、後工程は配線などの組み立て中心の技術だから、特別に高度な技術はいらないと従来は思われていました。しかし、細かい回路を持つチップを複数種類、一つのシリコンの上で焼き付けながらコネクトして配線をして製品にするのが後工程。特にAI向けチップの需要拡大によってこれらの技術への注目度は急速に高まっています。TSMCですら後工程のキャパシティによってNVIDIAのチップの供給能力を左右すると言われるぐらいボトルネックになっている。
この分野では、日本企業にも大きなチャンスがあります。キヤノンの後工程用露光装置などは世界的に高いシェアを誇っていますし、アオイ電子のような後工程専門企業もあります。また、ガラス基板を使った次世代パッケージング技術では、液晶パネル製造で培った日本の技術が活用できる可能性があります。
坂本さんはテキサス・インスツルメンツで「ティーチャー(師匠)カスタマー」を持つことの大切さを学んだと言っていました。要は市場のリーダー的存在である顧客から新しい技術や難易度の高いことを求められクリアしていくことで、その顧客のトップサプライヤーになり、同業他社からも注文が入るなど次のビジネスができるということです。ティーチャーカスタマーになるような顧客を持っていることがTSMCの強みですし、エルピーダの場合はAppleだったわけです。特にファウンドリー事業では、そうしたティーチャーカスタマーを持つことは大切になります。
ニッポン半導体は復活できるでしょうか?
できるかではなく、やるしかないでしょう。先端の半導体の製造プロセスを確立するには、微細な技術が求められ組織としてノウハウを積み上げることが重要です。日本は諸外国に比べ組織への定着率も高く、細かいところにこだわって技術やノウハウを継承し積み上げていくことは得意ですから、半導体製造は基本的に日本人に向いている。ソフトウエアのような目に見えないものをデザインすることはあまり得意ではないかもしれませんが、精密なハードを作る、あるいは目に見えるものを設計・デザインする、それを改善することは得意。デザインと設計の人材育成を強化し、頑張れば再びメジャーリーグに上がれる可能性があると思っています。
取材・文/中城邦子 構成/市川史樹(日経BOOKプラス編集) 写真/稲垣純也
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小柳 建彦著/日本経済新聞出版/2530円(税込み)


