G2P-Japanとしての論文が初めて出たのは2021年4月。アメリカ・カリフォルニア州で感染拡大しつつあった変異株の性質に関する内容だった。この変異株には、日本人の6割が持ち、アジア人に比較的多い免疫のタイプを擦り抜ける性質があることを突き止めた。人工的に変異株をつくり感染した実験で世界から注目された。その後も、アルファ株、デルタ株、ラムダ株と、相次いで変異株が出現。デルタ株に特徴的な変異がどんな悪影響を及ぼすかをハムスターの実験で明らかにするなど、変異株が出るたびにスピーディーに研究に取りかかり論文を発表。さらにデータ解析から次に注意すべき変異株を予測するなど、活動を活発化。世界を舞台に大谷翔平選手さながらの目覚ましい活躍をみせた。前編に引き続き、 『G2P-Japanの挑戦 コロナ禍を疾走した研究者たち』 著者の佐藤佳教授に聞く。

<前編「 「専門外」集結の研究チーム 新型コロナで世界注目の論文連発」 」から読む>
佐藤佳(さとう・けい)
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佐藤佳(さとう・けい)
1982年山形県生まれ。東北大学農学部応用生物化学科卒業。2010年、京都大学大学院医学研究科修了(短縮)。医学博士。京都大学ウイルス研究所助教などを経て、2018年から東京大学医科学研究所感染症国際研究センター准教授(研究室主宰者)、2022年4月から東大医科研システムウイルス学分野教授。杉浦奨励賞(2015年、日本ウイルス学会)、文部科学大臣表彰若手科学者賞(2020年)、日本学術振興会賞(2023年)などを受賞、2021年1月から研究コンソーシアム「G2P-Japan」を主宰。2024年1月、「一般社団法人G2P-Japan」を設立し代表理事就任。

研究コンソーシアムは国内でG2P-Japan以外にもできたのでしょうか?

佐藤佳教授(以下、佐藤) たくさんできたんですが、研究が活発だったのは「コロナ制圧タスクフォース」ですね。慶應義塾大学医学部を中心に17の大学、医療・研究機関がメンバーに入っています。

 海外ではどうかというと、あまりなかったようです。僕たちのコンソーシアムのことを海外の研究者が知って驚いていました。アメリカ、ドイツ、南アフリカ、いろんな国の研究者から、「自分の国では絶対にできない」と言われました。理由を聞くと、「みんなケンカするから」と(笑)。学閥が原因かどうかは分かりませんが、仲がいい、悪いがはっきりしているからでしょうか。

 僕たちがうまくいった秘訣といっても、とりたてて特別なものはないのですが、あえて挙げれば、1つは同じ年代で、研究室を持っている人を集めたということ。もう1つは、専門とは異なるウイルスの研究をすることで、引き出しが増えたという実感を参加した研究者みんなが持つことができたからでしょうね。

 例えば、他の研究者の仕事ぶりを見て、その研究分野や実験方法に興味が広がったというのは、多くの仲間が言っています。それと新型コロナという専門外のウイルスに向き合ったことで、いつもはやらない手法を試してみた。その経験が自分の専門分野に戻ったときにフィードバックできるとか。そういう発展の仕方があったことがそれぞれの財産になっています。

この本には、論文を読んだ海外の研究者からの反応や情報がSNSを通じてビビッドに返ってきて、研究が深まっていくところが描かれています。

佐藤 僕のXのフォロワーは2万人弱いるんですが、その半分以上は海外の方です。海外の学会に行くと、僕のことを知ってくれている人が多い。先日、ドイツのウイルス学会で基調講演を依頼されたんです。海外の学会の基調講演で「あるある」なのが、壇上に上がった瞬間、「お前、誰?」という空気になること。ところが僕の場合は、「みんなの知っているG2P-Japanの研究者が来たよ」という紹介をしてくれたこともあって、すごい拍手で迎えられた。自分がヒーローになった気分でした。

 学会の会場を歩いていると、呼び止められて、「はじめまして」と言うと、「いや、お前のXをフォローしているんだ」と言われる。それでこちらが「共同研究しようよ」と誘うと、「ぜひ!」という感じで、僕が主導権を握ることができる形になっている。これからの研究にも役立つと思います。

若者たちに研究職の魅力を伝えたい

今後、新たなウイルスの出現によってパンデミックが起きるリスクがあるといわれています。そういう場合に、G2P-Japanが再び本格稼働するのでしょうか?

佐藤 もちろんそうなります。G2P-Japanのコアメンバーは10人ほど、論文に登場するのは80人ぐらいです。メンバーは何人と明確に言えないぐらいある意味でふわっとした組織なんですが、ほぼどんなウイルスが来ても対応できるメンバーがそろっています。それぞれ違うウイルスを専門にしていますから、ターゲットになるウイルスによって、誰かが中心になって指揮を執ることができる体制になっています。

 ただ振り返ってみて、なかなか解決しなかったのが臨床との連携です。メンバーに医師がいなかったし、病院ともつながりが薄かったので、新型コロナウイルスの臨床情報や検体を手に入れるのに苦労しました。それも「コロナ征圧タスクフォース」との連携でかなり可能性が見えてきました。慶應義塾大学病院やその系列医療機関があるので、そちらから検体を提供してもらうめどが付きました。3、4年前まではわれわれも無名でしたが、成果もあげてかなり知られるようになったので、依頼すれば協力していただける医療機関もでてくるのではないかと思っています。

 今年1月、G2P-Japanを一般社団法人化しました。僕が代表理事です。大学とは別の法人になるので、大学の壁を越えてさらに研究がしやすい環境になるはずです。

「一番の課題は日本人の研究者の不足です。その深刻さは放置できません」
「一番の課題は日本人の研究者の不足です。その深刻さは放置できません」
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新型コロナがまん延し始めた頃は、同じ呼吸器感染症であるインフルエンザウイルス研究の第一人者である河岡(義裕)先生に対して自分なんかが加わるのはおこがましいというお考えだったようですが、G2P-Japanの活動が広がるにつれ、河岡先生と「競り合う」ようになりましたね。

佐藤 そうですね。この本のタイトルにも「挑戦」という言葉が使われていますが、「河岡研究室」に対する挑戦という部分もあったということになりますね。河岡先生は僕たちの最初の論文を読んでくださって、「すごくいいね。次、一緒にやれることがあったらやろうよ」と言ってくださったんです。リスペクトも大事だけど、挑む気持ちは研究を進めていく上で大切です。

今後の課題を挙げるとすれば何でしょうか?

佐藤 研究者不足ですね。いま日本の大学では基礎医学の研究をする人が慢性的に不足しています。2023年度になって、僕の研究室もメンバーが10人増えたんですが、その席を埋めたのはすべて留学生でした。中国やフィリピン、タイなどアジアからの学生が多いのですが、みんなアニメなどを通して日本に興味を持って来ている。日本語もできるから日本人でなくてもいいといえばいいのですが、その深刻さは放置できない状態です。九州のある大学の知り合いの研究室は日本人が1人もいないというし、研究職を増員しようと募集したのに埋まらないという研究所の話も聞いています。

 日本の若者は、研究者は給与が低い割に忙しくて、しかも職業として安定していないというイメージを持っています。優秀な学生の多くは企業に就職します。アメリカで20年以上前にあったことが時間差で日本でも起きたのです。僕の研究室は国際先導研究など2つの助成金を受けているので、研究者も雇えますし、みんなやる気を持って楽しく研究室活動をしています。どこの研究室もおしなべて過酷な条件だというわけではないのです。やりがいだってあるし、海外の研究者と情報交換しながら切磋琢磨(せっさたくま)することもできるんです。

 先日、大リーグの大谷翔平選手が全国の小学校にグローブを寄贈しました。そのニュースを聞いて、日経サイエンス社とも相談してこの 『G2P-Japanの挑戦 コロナ禍を疾走した研究者たち』 を全国すべての高校4979校に贈りました。この本を読んだ高校生から、研究者の仕事に興味を持ち、研究者になりたいと思う人が増えてくれることを願っています。

『G2P-Japanの挑戦 コロナ禍を疾走した研究者たち』(佐藤佳著、聞き手・詫摩雅子/日経サイエンス社)
『G2P-Japanの挑戦 コロナ禍を疾走した研究者たち』(佐藤佳著、聞き手・詫摩雅子/日経サイエンス社)

取材・文/西所正道 構成/市川史樹(日経BOOKプラス) 写真/鈴木愛子