資産運用のロボアドバイザー最大手のウェルスナビを創業した柴山和久さんは、筑波大学附属駒場中学・高校、東京大学法学部を卒業し、大蔵省(現・財務省)へ入省。財務省を退職してMBA(経営学修士)を取得後、マッキンゼーへ転職し、2015年にウェルスナビを設立しました。エリート街道まっしぐらの人生に見えますが、実は、挫折も人並みに経験していると言います。そんな柴山さんに、これからの時代に必要な知識について聞きました。日経ムック 「中学受験を考えたらまず読む本2023年版」 より抜粋。

人生を切り拓いた2種類の知識

 財務省を退職した大きな理由は、「仕事と家庭の両立が難しい」という悩みからでした。MBA取得後、20社近く面接を受けるも、就職先は決まりません。無職のまま30代前半にして貯金は8万円となり、大好きなスターバックスのコーヒーたった1杯を夫婦で分け合う日々も経験しました。

 現在の私は、幸いにして周りのサポートを受けながらウェルスナビを経営し、預かり資産・運用者数国内1位のロボアドバイザーを提供しています。自分の人生を振り返ってみると、私のキャリアを切り拓いてくれたのは、中学・高校時代などに基礎がつくられる「変わらぬ知識」と、その時々の社会が必要とする「変わりゆく知識」の2つの力でした。

「変わらぬ知識」は社会で武器になる

 中学校や高校で学ぶことの多くは「変わらぬ知識」の土台です。

 ピタゴラスが導き出した「三平方の定理」や、モンテスキューが唱えた「三権分立」は、はるか昔から次世代に遺すべき知恵・真理として、脈々と受け継がれてきました。こうした知識を修めることで、将来、社会で活躍する土台となる力を育むことができます。

 私の場合は、大学や大学院で、法の考え方を深く学びました。言葉と論理をベースとする法を学ぶにあたっては、中学校や高校、大学の教養課程で国語や英語、数学や哲学の基礎を身につけておくことが大切だと感じました。

 実際に社会に出て、財務省で新しい税制を考えたときや、フィンテック企業の経営者として新しいサービスを企画したときには、司法試験で出題されるような個々の法律の条文の知識よりも、本質的で根底的な法の理解、つまり「変わらぬ知識」が役に立ちました。

 このように、変わらぬ知識および知識の習得過程で得られる力は、社会に出ても幅広く応用が利きます。中学校や高校で、国語や数学、社会などを勉強し、知識・考え方の基礎を培い、大学で本格的に学び始める「変わらぬ知識」を習得する準備をすることが大切です。

「変わらぬ知識および知識の習得過程で得られる力は、社会に出ても幅広く応用が利きます」と話す柴山さん
「変わらぬ知識および知識の習得過程で得られる力は、社会に出ても幅広く応用が利きます」と話す柴山さん
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最先端の課題には「変わりゆく知識」

 一方、今の時代に活躍するためには、「変わらぬ知識」に加え、「変わりゆく知識」を身につけることも必須です。変わりゆく知識とは、その時代時代で必要とされる専門的な知識を示します。

 オンラインの資産運用サービスを提供するために起業した際、最も必要だったのが、変わりゆく知識の「プログラミングスキル」でした。プログラミング学校に通い、必死でコードを書き続け、オンライン資産運用サービスの試作品を作りました。これがウェルスナビの原点になりました。

 両方の知識は両輪で機能するため、片方だけでは前へ進めません。私がかつてMBAを取得して「変わらぬ知識」を身につけながら20社近く不採用通知を受け取ったのは、「変わりゆく知識」への意識が低く、時代が求める知識の研鑽が不十分だったからでしょう。両方の知識がそろって初めて、社会の最先端の課題に挑戦することができるのです。

中学・高校時代はひと通り学ぶ

 中学・高校時代の勉強は、好き嫌いはいったん置いておき、ひと通りの教科をまんべんなく学ぶことが大切だと考えます。知らず知らずのうちに身につけていた知識が思いがけないところで役立つことがあるからです。

 例えば、当社のようなフィンテック企業でイノベーションを起こすためには、ファイナンス(金融)の専門知識が不可欠です。そして、ファイナンスの本質は、数学、特に統計学にあるため、私自身、中学生時代に数学の基礎を習得していたことが役立っています。

柴山さんは「中学・高校時代の勉強は、ひと通りの教科をまんべんなく学ぶことが大切」だと言う
柴山さんは「中学・高校時代の勉強は、ひと通りの教科をまんべんなく学ぶことが大切」だと言う
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 もう1つ、受験生の皆さんに伝えたいのは、「学ぶこと」そのものを楽しんでほしいということ。学びは目的を達成するための手段だといわれることもありますが、引力を発見したニュートンや、相対性理論を唱えたアインシュタインなど、偉大な発見をした学者たちは、楽しいから学び、考えていたはずです。個人的には、学ぶことの目的は、学ぶことそのものであると考えています。

 また、学生時代には、さまざまな失敗や挫折をしてしまうかもしれません。ただ、私の経験上、成功よりも失敗や挫折から学ぶことのほうが多かったように思います。

 皆さんも、失敗を恐れずに好きなことに挑戦してください。そして、自ら率先して学ぶことの楽しさにも気づいてほしいですね。

 私たち大人の役割は、こうした子どもたちがチャレンジする機会を豊富に提供できる社会をつくっていくことにあると思っています。

取材・文/庄司歩六 写真/八藤まなみ

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