新刊『 妻の実家のとうふ店を400億円企業にした元営業マンの話 』の著者、編集Yこと山中浩之氏が日経ビジネス電子版で始めた連載「数字で縛ればやる気が逃げる」。自著の取材を振り返りながら、あれこれ考えを深めていくコラムを日経BOOKプラスでも転載中です。とても面白い記事なのでぜひ読んでいただきたいのですが、せっかく「本の情報」を発信する当サイトですので、元記事には収録されていないオリジナルコンテンツとして、記事の関連箇所を書籍から抜粋して掲載します。本書の主人公たる相模屋食料の鳥越淳司社長と編集Yのテンポの良いやり取り。そこで明らかになっていく「数字の罠」とその飛び越え方。記事と共に、本の魅力もしっかりお伝えできれば幸いです。第14回の本編はキッコーマンの堀切功章会長が登場、鳥越社長と「経営と数字」を語り合います。聞き手は編集Y。対談前編をお届けします。(日経BOOKプラス編集部)

 1917年(大正6年)設立の“百年企業”キッコーマン。その経営のバトンを2013年に受け継ぎ、以来10年間連続で最高益を更新、売上高を倍にした堀切功章会長。妻の実家の豆腐メーカーを継いで、年商20億円から400億円にまで成長させた相模屋食料(前橋市)・鳥越淳司社長。

 しょうゆと豆腐。堀切氏と鳥越氏は、大豆を原料とする日本の伝統的な食材のトップシェア企業であり、創業家出身の経営者でもあり、そして自社を急成長させた経歴も似ている。一方、大きく異なるのは事業の規模だ。キッコーマンは売上高6188億9900万円、従業員数7775人(連結、23年3月期)。相模屋食料は全グループ企業を合わせた売上高が400億円、従業員数は約1000人(24年2月期)。規模感ではかなりの差がある。

 書籍『妻の実家のとうふ店を400億円企業にした元営業マンの話』で、鳥越社長は、「中小企業が大企業のマネをしても勝ち目はない」として、「数字に縛られない」「完成度より速度」を重視する経営を語ってきた。その手法は、より大きな組織でも活用できるのだろうか。

 キッコーマンを率いてきた堀切会長から、鳥越社長の経営はどのように見えるのか、話し合っていただいた。

(聞き手は編集Y)

「僕、変わった人が好きなんです」

お二人はいつ頃からのお知り合いですか。

堀切功章・キッコーマン会長(以下、堀切):確か、2010年の上海万博がこれから始まるという頃に、「すごくユニークな人がいますよ」って部下に言われて(笑)。僕、変わった人が好きだから、「じゃあ、会わせてよ」と言って、それで初めて会いました。

堀切功章(ほりきり・のりあき) キッコーマン会長
堀切功章(ほりきり・のりあき) キッコーマン会長
1951年生まれ。千葉県出身。74年慶応義塾大経済学部卒、キッコーマン醤油(現キッコーマン)入社。95年には、つゆや焼き肉のたれの商品開発を担当するプロダクト・マネジャーに抜てきされる。関東支社長、専務執行役員などを経て、2011年キッコーマン食品社長、13年キッコーマン社長CEO、21年6月から会長CEO。23年6月から現職。19年5月から日本醤油協会会長、22年6月から食品産業センター会長、23年6月から経済同友会監事(写真:大槻純一、以下同)

鳥越淳司・相模屋食料社長(以下、鳥越):もうそんなに前になるんですね。

「ザクとうふ」が出たのが12年ですから、まだ相模屋食料(以下、相模屋)は一般的には無名だったかもしれません。

堀切:そうですね。私は「ガンダム」もあんまり知りませんでしたしね。この本(『妻の実家の……』)を読んで分かったのですが、私は、相模屋食料さんが創業した年に生まれているんですよ。1951年。

鳥越:あっ、そうなんですか。

堀切:そして、鳥越さんが生まれた翌年が私が会社に入った年で(笑)。

鳥越:私が生まれたのは73年ですね。

堀切:第1次オイルショックで狂乱物価が発生したときですよ。今みたいなコストインフレの強烈なやつだったんですよね。店頭からトイレットペーパーが消えたことで知られていますけれど、実際は豆腐もしょうゆもみんな消えました。

鳥越:さすがに記憶にないです(笑)。

堀切:それが1973年。そうすると、鳥越さんは今年、ちょうど50歳?

鳥越:はい。

堀切:だから、初めてお会いしたときはまだ30代だったんですよね。

「白い塊」にガツンときた

そのときは、鳥越さんはザクとうふの話はされたんでしょうか?

堀切:そう、「ザクとうふというのを考えてみました」と言われて。私はよく分からなくて「いったい何なんですか」くらいのお返事をしましたが、でも、「そうか、面白いことを考える人がいるもんだなあ」と思いまして。

 そうしたら、どんどん会社も成長されて、いろいろな食品関係の会合でお会いすることが増えていきました。そしてこの本が出て、いよいよ相模屋さんが世の中に知られるようになってきて。

堀切さんの、この本のご感想はいかがでしょうか。

堀切:この本を読ませていただいて、最初にガツンとくるのは、「“数字”で物を言い出した途端に、社員は“白い塊(かたまり)”をつくりだす」というところ。これは本当にそうだなと思います。

こちらの箇所ですね。

鳥越:あのですね、だいたい会社って、傾いていきますと現場に対して数字ばかり言い出すんですね。

現場に数字ばかり言い出す、とは。

鳥越:たとえば生産効率がどうしたとか、ロス率がどうしただとか、歩留まりがどうしただとかです。PL(損益計算書)とBS(貸借対照表)を持ってきて、「これがこうでこうで、このコストがこうなっているから、もっと切り詰めて利益率を上げないとだめなんだ」みたいな話が始まるわけです。

 そうすると何が起きるかと言いますと、一生懸命おとうふをつくっているはずだった人たちが、「白い塊」をつくるようになってくるんですね。

白い塊。豆腐は確かに白い塊ではありますが。

鳥越:味よりも、「重量約300グラム、水分含有率90%の塊を大豆を原料に製造する」という意識になるんです。

ああ、つまり「数値目標を満たせば味はどうでもいい」という意識になるってことか。

鳥越:もともと工場の人たちは「おいしいおとうふをつくりたい」と思っていたはずなんですよ。それが毎日「ロス率が」「原価率が」とか言われるので、いつの間にか数値目標に呪縛されていきます。目の前にあるのはおとうふじゃなくて、ロス率何パーセントの白い四角い塊、そんな感じになっちゃっていることがすごく多いんですね。

『妻の実家のとうふ店を400億円企業にした元営業マンの話』
第1章「現場に数字ばかり言い出すのは会社が傾いてきた印です」より 

“鳥越マジック”のタネは

ここで出てくるであろう声は、「そうはいっても数字がなければ、会社の管理はできないよ」です。

堀切:もちろんです、組織を管理する上では、それのよりどころとなるものがなきゃいけないですよね。数字はその1つです。そもそも、鳥越さんは数字を否定はしていない。本の中でも「自分は数字を全部押さえている」と言われていますよね。

 数字がなければ現実的には事業運営は難しいでしょう。だから、数字は必要です。数字そのものが問題なのではない。組織の人が数字をどのように受け止めるか、経営側が数字を使ってどのように発信するか、ということが問題です。

鳥越さんは、数値目標を使わないで工場も営業も統率している、ということですが(「相模屋に数値目標がないのは『ないほうが売れるから』です」)。

堀切:そこに鳥越さんのマジックがあるんですよ。そのタネは現場です。

現場、といいますと。

堀切:鳥越さんは豆腐の製造現場を詳しくご存じで、そこが一番の強みなんです。だから、数字にだまされることもないし、重要な数字がすぐに理解できる。だから、数字を使わずに組織を引っ張れる。

 鳥越さんはたくさんの企業を再建されてきましたが、再建できるということは、「どうしてこの会社が経営危機に陥っているか」が分かる、ということですよね。それは、現場の状況がどうなっているかが、数字がなくても分かるから。現場をどう変えれば、数字がどう動くかが予想できるから。そうではないですか?

鳥越:おっしゃるとおりです。ですので、再建先に行くときは工場しか見ません。先方の決算書を見る必要はまずないです。数字は結果ですから、「白い塊」をつくるのをやめて、「おいしいおとうふ」をつくるようになれば、数字も付いてきます。おいしいおとうふをつくるには、数字で縛らないほうが、すくなくともおとうふの業界では、結果が出るんです。

鳥越淳司(とりごえ・じゅんじ) 相模屋食料社長
鳥越淳司(とりごえ・じゅんじ) 相模屋食料社長
1973年京都府生まれ。早稲田大学商学部卒業。96年雪印乳業に就職。その後、51年創業の群馬の豆腐メーカー、相模屋食料の2代目社長の三女と結婚。2002年に同社に入社し、07年に33歳で代表取締役に就任。「ザクとうふ」で世間の注目を集め、地方の豆腐メーカーを次々と救済M&Aでグループ化、業界トップに成長する。「ひとり鍋」シリーズ、「うにのようなビヨンドとうふ」などのヒット商品を自ら手がけている。現在の目標は「おいしいおとうふで日本の伝統の豆腐文化を守り抜き、その未来をつくる」こと。趣味は「機動戦士ガンダム」

堀切:前の会社(雪印乳業)から奥さんの実家に入られてから、豆腐のつくり方を覚えるために2年も3年も毎朝暗いうちから起きて、現場で最初は職人さんから邪魔扱いされて。それでもそれをおやりになって身に付けたんですよね。大型工場も社員さんとゼロから稼働させて。

鳥越:はい、生協の方にしごいていただきながら(笑)。

経営に数字は必要だが、現場を知らないなら意味はない

堀切:だから、現場が全部分かっている。数字は必要ですが、現場を知っている鳥越さんがそれを使って、具体的な方針なり指示を出せばいい。数字そのものに意味があるわけじゃない。でも、現場を分かっていない人だと、数字がないともう、何もできないですよね。

指示の根拠がまったくないから。なるほど。

堀切:経営者が数字に縛られるか、使いこなすかは、言ってみればその違いだと思います。

現場を知って数字を使う人が一番強い。でも、忙しさもあって「数字が分かっていれば、現場を見なくてもいい」みたいな気分についついなりがちじゃないかと思うんですけれど。

堀切:いや、それをやるとどうしても表面しか見ないですべてを判断することになりますね。数字だけ見て、この会社は、商品は、もうだめだって下を向いて、ますます数字で縛られて、利益率だとかコストだとか売り上げに振り回されていくか、現場を見て、「ここはこんないいところがあるのに、何でみんな気が付いていないんだろう」となるか。「今は収益性が低い商品でも、すごく可能性を持っている」と、その会社の人たちがもう忘れちゃった強みを見いだすケースが、本の中にもたくさん出ているじゃないですか。

鳥越:はい、日本中のおとうふ屋さんにそういう商品が隠れています。「地(じ)豆腐」と最近呼んでいます。

堀切:日本酒の地酒みたいですね、いいですね(笑)。

 鳥越さんのやり方を見ていると、豆腐という、非常に伝統的で「どこのでも同じだ」といわれたところに、どうやって価値を付けるかというところが非常に面白いんですよね。ザクから始まって、うにのようなおとうふとか、そして地豆腐ですか。

鳥越:ありがとうございます。

堀切:しょうゆもまったくそうなんですよ。どこ(の商品)でも同じだと思われて。

堀切さんが社長の時代に、キッコーマンは海外で大きく成長しましたね。

鳥越:しょうゆが海外で受け入れられた背景は、我々も参考にしたいです。

堀切:私どもの伝統的なしょうゆが今、世界で売れているというのは……日本人のしょうゆとアメリカ人のしょうゆは違うんですよ。

えっ?

堀切:いやいや、しょうゆは同じなのですよ。しょうゆという商品に対する、お客様の期待が違うんです。

商品そのものではなくて、期待。

堀切:そもそもの話からしますと、我々の先輩が60年以上前に米国市場でマーケティングを始めたときは、まず和食の調味料といったら西海岸にしかありませんでした。そして移民で来た人とか、アジア圏の人しか買っていない。それを米国ローカルの人たちに、日常的な食の中で使ってもらえるようにしたい。

 それにはどうしたらいいかというので、「オール・パーパス・シーズニング」という打ち出しをしました。直訳である「ソイソース」とは、わざと言わなかったんですよね。

鳥越:なぜですか?

堀切:当時は「ソイソース」と言えば、アミノ酸にカラメル色素などを添加した化学しょうゆでした。こちらは本醸造のしょうゆを日本から運ぶので、スーパーの店頭だと5倍ぐらいの値段になってしまいます。同じソイソースで売ったんじゃ売れないんですよ。だから、最初から「キッコーマン」というブランドと、「オール・パーパス・シーズニング」。どんなものにも合いますよということで、切り口を変えて、私たちのしょうゆの価値というのを訴求したんですよね。

鳥越:なるほど。同じしょうゆでもマーケットが違えば当然受け止め方は違う。日本の市場と同じように受け止めてもらう必要もないですね。

堀切:しょうゆって日本人にとってはごく当たり前で必須の調味料なんですけれど、海外に行くとまだまだ新しい調味料です。鳥越さんがやられているのも、豆腐という白い角張ったものをいろいろなところからこうやって見て、形を付けたり、味を付けたり、価値を変えているわけでしょう。そしてそれがまさに成功されている。

 本の中で具体的に触れられていますが、付加価値を付けることはもちろん簡単ではないですよね。私が会社に入ったとき、国内のしょうゆメーカーは約3000社ありましたが、今、1055です(※)。そのうちの大半は協業組合を利用していて、元は同じしょうゆというのが圧倒的に多い。(出典:日本醤油協会「しょうゆ情報センター」、22年の数値)

鳥越:おとうふの製造業者も、昭和初期には5万3000軒あったのが今は5000軒を切って、4500軒ぐらいになっているんです。1年でだいたい500軒ぐらいなくなっています。さらに、今は「豆腐メーカー」と呼ばれる規模のところが、この1月だけでも5社つぶれました。

 誰も救済策など講じてはくれませんので、自分でできることをやるしかないと(笑)。「何とかして、おとうふの文化を守るんだ」とやっています。といっても悲壮感は全然なくて、けっこう楽しんでやっています。そうやって可能性を探っていけば、どこかで必然性が見つかるかも、って思うからなんです。

堀切:可能性はあると思いますよ。しょうゆの話をしましたが、豆腐だって我々にとっては日常の食なんだけれども、海外に行くと非常にヘルシーな食材として、我々とは違う角度から豆腐の価値というのが見直されているわけじゃないですか。日本の人口はどうしても減少し、高齢化していくので、海外のマーケットに出ていくというのは1つの判断ですよね。

しょうゆもとうふも地方によって違う

国内市場ではいかがでしょうか。

堀切:国内はまさに、もっと付加価値を上げようとやっています。しょうゆで言えば、減塩タイプ。どうしたらおいしい減塩ができるかということを各社が切磋琢磨(せっさたくま)して。競合があると味も使い勝手も進歩して、市場が広がります。

 それから、しょうゆって実は一言ではいえない。北海道から沖縄まで全然違うしょうゆがありますでしょう。九州に行けば、甘いしょうゆだし、それから、日本海側に行くと、しょっつるとかの魚醤もあるし、アミノ酸入りのしょうゆも結構まだ残っていますよね。千差万別で、その土地、その土地の食文化に合ったしょうゆ造りというのがまだ生きている。だから、まだ千何軒あっても何とかやっている。

鳥越:さっき「地豆腐」と言いましたが、おとうふも地方、地方によって文化がありまして、今、私のグループに……再建を通してなのでおかげさまでというのはちょっと違うのかもしれませんけど、全国から11社が入っていまして、それぞれの土地でそれぞれのおとうふをつくっています。

堀切:どんなのがありますか?

鳥越:例えば、岐阜ですと「からしとうふ」といって、からしが中に入っていて青海苔をかけて食べる。千葉のほうでは堅(かた)どうふと言いまして、文字通りしっかり堅いおとうふがあります。

堀切:もしかして、縄で縛ってあるような豆腐ですか。

鳥越:縄で縛っているのは秋田の堅とうふの一種で「しめ縄とうふ」と言います。こういうおとうふが全国にすこしずつ、違った形、違う名前で残っています。例えば岐阜だとからしとうふなんですけど、石川へ行きますと「茶わんとうふ」という名前で、山形に行きますと「南禅寺とうふ」という名前でありまして。でも、地方でもそれをつくっているとうふ屋さんが破綻してしまうことで消えてしまったりしますので、それをできる限り救って「白い塊をつくるより、こっちでしょう」と、プライドを取り戻していただくきっかけにもしたりしています。

 今、「地豆腐」のラインアップがおかげさまで8種類から9種類ぐらいになってきたものですから、これをまさに地酒みたいな形で全国に展開できたら、と取り組んでいるところです。

「和食」は、ほうっておくと消えてしまうもの

堀切:しょうゆや豆腐の個性は、まさに我々の和食の文化なんですよね。

 10年前に和食がユネスコ無形文化遺産に登録されて、みんな喜んだんだけど、「じゃあ、和食って何ですか」と改めて聞くと、これが、実は難題なんですよ。京都の料亭で食べる料理なのか、いやいや、みんなが日常的に食べていないじゃないか。では、カレーライス、それとも国民食といわれているラーメン、ああいうのが和食? 確かに海外に行くとあんまりないけれど、(カレーやラーメンを)「和食」と言われたらちょっとためらいませんか?

鳥越:そうですね。和食の代表にしていいのか考えてしまいます。これって答えはあるんでしょうか。

堀切:和食とは、「四季が明確な日本には多様で豊かな自然があり、そこで生まれた食文化であり、『自然を尊ぶ』という日本人の気質に基づいた『食』に関する『習わし』である」という、長い定義にならざるを得ないでしょう。そしてこれを一言で言うと、「郷土料理」だと思います。

鳥越:なるほど。

堀切:そういうふうに、土地によって、しょうゆの味、豆腐の形が違ったり、食べ方が違ったり、いろいろな食材・調味料があるわけでしょう。

 その土地、そのしょうゆで、豆腐で、先祖代々みんな食べてきた。それが郷土料理となった。もっと言うと、郷土料理というのは、その土地に住む人たちの家庭料理の集合体とも言えるわけなので、それがまさに和食だと。

土地に根ざした家庭料理の集合体がその国の食文化。あれ、でも、食生活は時々刻々、いつの間にか変わっていきますよね。

堀切:そう、何で和食が無形文化遺産に登録されたかというと、要するに、「放っておくとなくなっちゃう」ものだからなんです。「だから、大事に守っていきましょう」というのがユネスコの無形文化遺産の意味なんですよ。

鳥越:ああ、そういうことなんですね。

堀切:だから、無形文化遺産に指定されたのは、「みんなで万歳してお祝いしよう」ということよりも「これはちゃんとみんなで守っていきましょうね」という意味が大きい。和食は世界の、地球上の財産として、みんなが守ろうねと約束をしたんです。

 だから、我々は日本の食というものを守っていく責任があるんだと思いますよね。それはその土地、その土地でずっとつながってきた食をどういう形で守るかということです。鳥越さんだったら、それを豆腐という形で、我々だったら、それをしょうゆという形で、ということになるんです。

鳥越:よく分かります。

堀切:地豆腐のように、しょうゆもまだまだやりようはあると思っていまして。今、昔返りのしょうゆ屋さんが結構出てきているんですよ。うちは基本的に密閉されたタンクの中で、全部コントロールして製造していますけれど、木桶(おけ)でつくろうと。あえて空気中の微生物の働きの力を、もう一回借りてやってみようとしているんですね。もう今、木桶をつくれる職人さんっていないんですよ。

じゃあ、桶をつくるところから。

堀切:そう。だから大変なんですよね。でもそれをしょうゆ屋さんだけじゃなくて、みそも、それから日本酒メーカーも、みんなで協力して木桶をつくるところから始めて。

合理性というか、数値管理の極致みたいなところまでいっている一方で、そういう揺らぎをあえて入れていこうというような話が出てくるというのは、とても興味深いですね。クラフトビールみたいなものでしょうか。

鳥越:それは、地豆腐の考え方にもつながりますね。

堀切:キッコーマンには「御用醤油醸造所」という、そういう昔ながらの技術を残すための専用の蔵があって。宮内庁に納めるしょうゆはそこから出したものなんですけどね。普通のしょうゆはだいたい6カ月の醸造期間なんですけれども、そこは昔ながらの1年。だから秋に収穫した大豆、小麦で仕込んで、翌年の秋、冬に出荷しています。

それは普通に買えるんですか。

堀切:買えますよ。ぜひお試しください。

鳥越:味はだいぶ違うものなんですか。

堀切:やっぱり違いますね。今、店頭で売っているしょうゆは、これと比べたら、味も香りも非常にライトに感じられると思います。やっぱり1年間、微生物が熟成させた味というのは、これはなかなか人工的にはできないものなんですよね。

(後編に続く)

【日経BOOKプラス限定公開】
本記事に関連する箇所を書籍『妻の実家のとうふ店を400億円企業にした元営業マンの話』から抜粋してお届けします(39~42ページ)。当該部分は第1章の中盤。本編で堀切会長が印象深いエピソードとして挙げた「数字と白い塊」について、鳥越社長のお話を。

数値を正しく入れることが「仕事」じゃない

── 豆腐は工場でつくっているわけじゃないですか。生産現場で働いた経験がない私のような人間には、「工場に同じ原料と同じ装置があったら同じものができるよね」という認識なんですが。そこに人の気持ちがどう関わるんだろう、と。

鳥越:なるほど、そうなんでしょうね。でもそれができるなら、おとうふ屋さんはいらないんですよ。凝固剤や市販のキットを使えば「おとうふ」をつくることはたぶん素人さんでもできる。製造する機械のマニュアル通りにやってもできるでしょう。でもそれは、我々が求めているおとうふとは似て非なるものじゃないかと。

── それは、さっきの「白い塊」だろうということですか。

鳥越:思い付くままお話しさせていただきますと、たぶん工場の機械一つ取ってみても、一般の方と工場の人では見方が違う。ここで言う一般の方とは、大手企業に在籍していておとうふの子会社を見に来る方とか、金融機関さんやコンサルティング会社の方です。

 そういう方は「機械があって、原料がある。規定の量を入れて、スイッチをポチッと押して、これこれを何度に設定してやればできるわけでしょう」というふうに捉えていらっしゃるんですけれども、私たち自称プロからすると「間違っていないけれどそれで全部じゃない」んです。

── 何がこぼれるんでしょう。

鳥越:たとえば、おとうふは豆乳に「にがり」を打って固めるんですね。基本として、豆乳の濃度に対してにがりの分量が決まります。でも、豆乳の状態は日々いろいろなんです。

 粘性が違う、味も変わる。粘性が出ていれば温度を上げて粘性を下げる、味を確かめながら、にがりを打つ濃度を変える。

── なるほど。「濃度がこれならにがりはこう」と一発で決まるようなものじゃないんですね。

鳥越:揚げ物でいえば、油槽の中で油は循環しているんですけど、川も流れが渦を巻いていたり、よどんでいたりする場所があるじゃないですか。油槽の場所によって温度の違いが必ずあるから、何も考えずに使うと、揚げる温度がばらばらになることもある。

── 揚げる温度が違うと味も変わりますか。

鳥越:はい、違いが出てきます。でも「ボタンを押して、温度を175度に設定しました」で、たいていの人は「仕事終わり」になっちゃうんですよ。

── 油温計に175度と出ていれば、油槽全部が175度だ、と認識しちゃうし、「175度に設定する」のが仕事と思ったら、おいしく揚げることが目的じゃなくなる。

鳥越:そう、それと、材料が大豆ですので、つまり穀物ですので。

── つまり穀物、とは?

鳥越:穀物はさっきまで生きていたもので、もう毎日、性質が違うんですね。

── 工業製品じゃないから、そうか。

鳥越:もともとの生育状態も違うし、保管状態によっても変わるし、それを目利きして漬ける水の量や時間を変えたり、温度を調整したりしていくんです。これをやらないと、おとうふにするときに無理やり固めることになったり、揚げる時間が余計に必要になったりするので、出てくる製品の味が大きく変わってしまう。でも、さっき言った一般の方だと、味に違いがあっても、「製造の規定、規格は満たしているよね」と、スルーしちゃう。

 我々が求める味のおとうふや揚げ物をつくるには、水や温度の調整によって、豆の状態をかなり狭い枠の中にピンポイントで持っていく必要があるんです。私たちは再建会社に行って、一口食べたり飲んだりすれば、どこがズレているのかすぐわかります。数字を正しく入れることだけが、仕事じゃないんですよ。

(次回に続く)

日経ビジネス電子版 2024年3月22日付の記事を転載、一部情報を追加]

「前年比」「利益率」などの数値目標がない会社が「失われた20年」で売上高23億円から400億円に急成長している。2012年に「ザクとうふ」で話題を呼んだ相模屋食料だ。率いるのは当時雪印乳業の「営業マン」だった鳥越淳司社長。普通の会社員が会社を燃える集団に変えていった20年間を、本人の言葉で語ります。

山中浩之(著)、日経BP、1870円(税込み)

●本書の内容をさらに詳しく知りたい!という皆さん、日経BOOKプラスにて「はじめに」と「もくじ」も公開しております。