『不器用だった僕がたどり着いた「伝え方」の本質』(日経BP)と『古典に学ぶ現代世界』(日経プレミアシリーズ)の刊行を記念し、2025年9月27日、東京・ジュンク堂書店池袋本店で滝田洋一さん(名古屋外国語大学特任教授、日本経済新聞客員編集委員)と豊島晋作さん(テレビ東京報道記者、WBS[ワールドビジネスサテライト]メインキャスター)の対談イベントが行われた。その模様をお伝えする。1回目はそれぞれの新刊に対する論評から始まり、著者としての執筆の狙い、経済を中学生にも分かるように伝える苦心、さらには日本の財政報道の問題点へと話は広がった。

テレビマンとして考えさせられた『大衆の反逆』

テレビ東京 WBS(ワールドビジネスサテライト)メインキャスター 豊島晋作さん(以下、豊島) 今日はありがたい機会をいただきました。滝田さんはWBSのコメンテーターをされていたので接する機会は多かったのですが、マスコミというのは上下関係の厳しい業界でして、2人には一兵卒と将軍ぐらいの差があります(笑)。今日はお手柔らかにお願いします。

名古屋外国語大学特任教授 滝田洋一さん(以下、滝田) いやいや、ありがとうございます。今日は会場に豊島さんの『不器用だった僕がたどり着いた「伝え方」の本質』と小生の『古典に学ぶ現代世界』が並んでいますが、せっかくなので本に書いてある以外のこと、取材方法やアウトプットの方法についても語り合いたいと思います。

豊島 では、まず私から滝田さんの本を紹介させてください。テレビでしゃべったり、本を書いたりする人間には「教養を身に付けなければ」という強迫観念があります。「当然、古典は読んでいるだろう」と思われがちですが、滝田さんのこの本を読むと実は読んでいないものがたくさんありました。

 お勧めの読み方としては、まず滝田さんの本を読み、次に気になった古典を読んでみて、もう一度滝田さんの本を読み直すのがいいと思います。私は大学院で政治学を学びました。トクヴィルの『 アメリカのデモクラシー 』(松本礼二訳/岩波文庫)は政治学の教科書に必ず登場します。でも、政治学を専攻した博士課程の人間でもこの本は意外に読んでいません。その意味でも、何というか、痛いところを突いてくるなと思いました。

「読んでいない古典が多くて、痛いところを突かれました」と話す豊島さん(右)
「読んでいない古典が多くて、痛いところを突かれました」と話す豊島さん(右)
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 今回、対談にあたって、福沢諭吉の『 文明論之概略 』(岩波文庫)とオルテガ・イ・ガセットの『 大衆の反逆 』(佐々木孝訳/同)を読んできました。私は大学が早稲田なので「慶応の思想には触れるな」と言われてきましたが(笑)、『文明論之概略』は儒教に対する“ディスり”のすさまじさ、そして「日本は国家として成立しているのか否か」という現代的な問いかけが非常に面白かったです。

 そして『大衆の反逆』は、テレビ界に属する者にとって考えさせられる本でした。テレビは多くの視聴者に見てもらわなくてはいけませんので、どうしても大衆に迎合する側面があります。昔は「ラーメンと猫を撮れば視聴率が取れる」と言われたこともありました。

 街頭インタビューで「もう、政治なんか信用できない」「私たち庶民の暮らしなんて分かっていない」という声を引き出し、伝えることもあります。その方々の発言には圧倒的な正しさがあるのですが、「では、あなたが次の社会の指導者だったらどうするんですか」などということは決して問わないという欺瞞(ぎまん)も確かに存在しています。

 もっとも、テレビは庶民感覚からズレてはいけませんので、街頭インタビュー自体は大切。このあたりは難しいところです。トランプ政権の米国をはじめ、世界の国々が大衆によって揺さぶられている今、考えさせられる一冊だと思いました。

アダム・スミスは「夜警国家」なんて言っていない

滝田 私は常々「中学校や高校の教科書には本当のことが書いてあるのか」という疑問を持っていました。日経BOOKプラス編集部から月に1冊、古典を読み、その感想文を書いてほしいという宿題をもらい、サイトに連載をしています。その苦心惨憺(さんたん)の結晶がこの本です。

 本書ではアダム・スミスの『国富論』を取り上げました。『国富論』は、教科書には「自由放任」の本だと記されています。世の中のことについては政府が干渉してはいけない、市場に任せたほうがいいという主張です。多くの中学校の教科書には「『神の見えざる手』によって、世の中の経済的な均衡が図られる」と書いてあります。でも『国富論』には「神の見えざる手」という表現は1回しか出てきません。

 当たり前のことながら、私は中学校のときに『国富論』など読んでおらず、高校、大学で何度かトライしては投げ出したままでした。今から振り返ると、翻訳が悪かったからです。でも、翻訳家の山岡洋一さんが訳した『 国富論(上)(中)(下) 国の豊かさの本質と原因についての研究 』(日経ビジネス人文庫)は、スラスラ読むことができました。海外の古典があまり読まれていない1つの理由は、翻訳がひどすぎるからです。これから何かの古典を読む人は、プロの翻訳家が手掛けた新訳を読んでみてください。

 『国富論』に話を戻します。私たちの時代の教科書には「警察と国防以外は市場に任せるやり方を『夜警国家』という」とゴシックで書いてありましたが、これは嘘です。「夜警国家」というのはラッサールという19世紀ドイツの社会主義者が、フランス革命後の政府の介入が少ない国家を批判したときの言葉なんです。古典を月に1冊読むようになって、「教科書には相当いい加減なことが書いてあるんだな」と実感したのが、私なりの古典からの学びです。

農園のリンゴに置き換えてみる

滝田 豊島さんの『不器用だった僕がたどり着いた「伝え方」の本質』に話を移します。本書は、豊島さんの経験とテレビキャスターとしての重要な視座が詰まった本です。

 例えば、「GDP(国内総生産)の成長率と金利の関係」を農園のリンゴに置き換えて説明するところがあります。1年間にリンゴの収穫量が2%増えたときに、金利が2%だったら、農家のもうけは少なくなる。金利1%なら農家も銀行も取り分がある。金利0%だったら銀行の取り分がない。難しく言うと「ドーマー条件」のことですが、このように中学生にも説明できるほど分かりやすく経済の基本が書いてある本は今までになかったし、1、2分で伝えなければならないテレビ流の伝え方のエッセンスがぎゅっと詰まっています。

「新聞やテレビの財政についての報道は、常々おかしいと思っていました」と滝田さん(左)
「新聞やテレビの財政についての報道は、常々おかしいと思っていました」と滝田さん(左)
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豊島 私が十数年前にWBSのキャスターになったとき、視聴者が難しい経済ニュースを理解するためのハードルを何とか下げたいと思っていました。番組では「債券価格と金利」などという、考えたくもないような議論を説明しなければなりません。債券価格と金利の関係を理解するには、「信用できる人に100万円を貸すとき、何%の金利を取るか」「返さないかもしれないという人に100万円を貸すときはどうか」と考えると分かりやすくなります。

 信用できる人なら「あなたは必ず返してくれますね。それなら100万円貸したら105万円でいいよ」となるし、信用できない人には「100万円は貸すけれど110万円返してほしい」と言いたくなります。借りる人の信用によって利息が変動するわけです。

 債券価格と金利の関係は、一般的には計算式を使って説明されますが、視聴者に伝えるときは、なるべく物語のように伝える努力をします。ギリシャが債務不履行になったときには、「国債(国が発行する債券)利回りが7%を超えた国は危険水域で、借金を返せない国、または、そこまで高い金利を払わないとお金を借りることができない国だと見なされ、国債価格が下落して財政不安や通貨安が起きます」という説明をしました。

 滝田さんが触れたGDPについては2025年8月、内閣府は「今年度は0.7%成長」と発表しました。でも、これは分かりづらいですよね。だから「日本は自動車や果物をつくって、だいたい1年間に600兆円ぐらいの経済的な価値を生み出しています。今年は600兆円ぐらいだったけれど、来年は606兆円になりそうです」と言えば、「ああ、成長率が1%なんだな」と理解してもらえます。

 こうした中学生に分かるような説明の仕方は、私の高校時代の同級生で、今は横浜市立大学で経済学の教授を務めている中園善行君に教わったことでもあります。

『不器用だった僕がたどり着いた「伝え方」の本質』(豊島晋作著/日経BP)。画像クリックでAmazonページへ
『不器用だった僕がたどり着いた「伝え方」の本質』(豊島晋作著/日経BP)。画像クリックでAmazonページへ

滝田 私は2018年から2024年までWBSに解説キャスターとして出演しました。2025年には日本経済新聞社との雇用関係が終わり、今は客員編集委員をしています。日経と完全に縁が切れたわけではなく、ちょろっと尻尾が残っている状態です。

 事実確認をすると、今、豊島さんが言ったGDPは、物価変動も盛り込んだ名目GDPのことですね。今の日本の名目成長率はざっくり3%。だから年間に増えるのは約20兆円です。それから、日本の長期金利は国債の利回りが物差しになっていますが、今は10年物国債で1.5%ぐらい。テレビや新聞は「この1.5%の金利が2%になると、日本の財政状況は非常に厳しくなります」と、挨拶代わりに報道します。

 でも、私はこうした報道には疑問を持っていました。なぜかと言うと、さっきのリンゴの話がここにつながります。名目GDPが約3%増えているということは、人々の稼ぎが3%分増えているということ。さっきのリンゴで言えば、リンゴの収穫量が3%増えていることを意味します。一方、農家の支払金利に当たる長期金利は1.5%。これが名目GDP3%に対し、国債利回り1.5%ということなんです。だから、新聞やテレビの「1年たつと財政がより厳しくなる」という報道は間違いで、総体的には改善される方向にあります。

 紙幅や放送時間の関係なのか、別の理由なのか、きちんと報道していない部分があります。私は新聞社に所属していたときから、この報道姿勢をほぼ一貫して批判してきました。今は雇用契約がありませんから、もっと自由に言わせてもらいます。

豊島 我々は財務省へ取材に行きますが、財務省の論理をある程度フォローしなければなりません。財務省は20年以上前から「このままでは金利が上がって、財政はもたなくなる」と言い続けてきました。でも実際には、金利は下がってきており、それに対する批判が起きているのだと思います。

滝田 「失われた30年」については次のように考えています。1990年の日本企業の売り上げを100とすると、2021年は105でした。つまり31年間かけて日本企業の売り上げがたった5%しか増えなかった。31年かけてですよ。ということは、ほとんどゼロ成長だったということです。日本はデフレ型の均衡状態にあったから、経済成長せず、税収は上がらず、財政が悪化した。それで政府は苦しまぎれに財政出動をしたから、財政がさらに悪化したというのが本質だと思います。

 31年間で企業の売り上げが5%しか増えなかった。GDPはほぼ横ばい、ゼロ成長、ゼロインフレ、賃上げゼロ。この「3つのゼロ」が最大の問題でした。そんな状況では企業の投資は伸びず、家計も財布のひもを緩めない。経済が停滞するから税収も伸びない。少子化が進んだ背景もそこにあります。メディアは財政が大変だと言い続けましたが、本当の問題は、経済が成長せず、所得が増えなかったことなんです。

豊島 経済ニュースには複雑性やさまざまな変数があります。それなのに伝える側は、はしょってしまう。とりわけ時間制約のあるテレビは、「伝えなかったことで伝える」方法も選択しないといけないと思います。

(第2回に続く)

取材・文/三浦香代子 構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集) 写真/鈴木愛子

日経プレミアシリーズ『 古典に学ぶ現代世界
名著の中に問題解決の道を探す

AIと超高齢化、ポピュリズムと全体主義、権力の偏重とタテ社会、人情と情緒、外交と経済運営――。長きにわたって読み継がれてきた古典は、私たちが抱えている課題解決へのヒントになる。ジョージ・オーウェルから有吉佐和子まで、数々の名著を現代の視点から読み解く。「日経BOOKプラス」の好評連載を大幅加筆。

滝田洋一著/日本経済新聞出版/1210円(税込み)
テレビ東京「WBS(ワールドビジネスサテライト)」のメインキャスターである豊島晋作氏が、過去の失敗や苦い思いを通してたどり着いた「自分の考えや情報を分かりやすく人に伝える方法」、「より正確に、より多くの情報を人から聞き出す方法」について、基本的な部分から応用的な要素までを徹底解説。

豊島晋作著/日経BP/1980円(税込み)