巨人がひしめくIT(情報技術)業界で、SHIFTはのし上がってきた。華やかなサービスがあったわけではない。最先端技術を抱えていたわけでもない。誰にも顧みられることのなかった、テスト業務という「下流の仕事」を磨き上げた。埋もれた人材に光を当て、力を最大限に引き出す人的資本経営で市場を切り開く。異形の組織は「下流」から「上流」へ、業界構造の変革を掲げ駆け上がっている。その様は、さながら革命運動。
しかし、革命の理想がどんなに高くとも、そこに人が集まらなければ画餅に終わる。SHIFTの成長と革命は、優秀な社員を続々と獲得することで支えられている。
転職先としてのSHIFTを、採用相談や転職支援の専門家はどう見ているのか。ヘッドハンターかつ経営者であるスタートアップ転職のキープレイヤーズ(東京・港)代表取締役・高野秀敏氏は、自身のSNS(Facebook)で、書籍『SHIFT解剖 究極の人的資本経営』発売後すぐに「この本、本気でヤバい。読んで衝撃受けた」と紹介。その衝撃と、専門家の視点から学ぶべきポイントを、編集部が聞いた。

よろしくお願いいたします。『SHIFT解剖』の人材採用の章には、「エージェントにSHIFT推しになってもらうことが最も効率的」だったというお話が書かれていましたが、高野さんは、SHIFT推しだったのでしょうか?
高野秀敏氏(以下、高野):そうですね、いつからかはもう忘れてしまいましたが、SHIFTという会社についてはだいぶ前から関心を持っていました。やはり、丹下社長が魅力的だったので。
SHIFT推しというか、丹下推しなんですね。
高野:丹下社長はかつて、「アップルになってiPhoneを作るよりも、フォックスコン(富士康科技集団)のように中身を全部つくる、そんな隠れた優良企業になりたい」とおっしゃっていました。そしてまさに今、そうなっていると思います。そもそもSHIFTのコアな事業はテスト領域で、IT業界的には、コンサル、SI(System Integration)、テストと3階層目。大手だったら孫会社がやるような業務で、一般論ではSIから見ての下請けに当たります。
業務的にはなかなか採用が難しい構造にもかかわらず、SHIFTには優秀な方がたくさんいて、夢も目標もあって、他社をぶっちぎっちゃっています。

これはまだ丹下社長には言っていないエピソードなのですが、僕はM&A(合併・買収)の仲介もやっていて、ある会社さんから自社の買収先を探してと頼まれました。そこで「SHIFTさんはどうでしょう?」と話したところ、「うちは無理でしょう……」、と言うんです。
理由を聞いたら、SHIFTがまだスタートしたばかりの頃に下請け扱いして、行き違いを起こしてしまったそうなんです。「今考えると、当時丹下さんが言った通りだった。うちが上流だと思っていたけれど、彼の方が大成功していて全然かなわない。正直、買ってもらいたいけれど、話が通らないだろう」と。
SHIFTの急成長の背景には、品質保証が大事な時代になったこともあるでしょう。ですが、パラダイムシフトが起きた時にはすでに業務を拡大していて、コンサル、設計、開発から品質保証まで、それ全てをSHIFTはトータルでできる会社になっていた、あるいは、なろうとしています。これはテスト業務の世界だけを見ていてはできないことだと思います。丹下社長はもともとコンサルをされていたので、出自が違うこともあるかもしれません。上流でやっていた視点があるから、下流から遡ってすべてできる姿を目指せた。これって、みんなできるようで、できないんですよね。
もちろん、これは丹下社長や経営層だけが優秀ではできないことです。優れた戦略を立てて、それを実行する人々を採用・育成できたから可能になった。
なぜ「本気でヤバい」本なのか
この本はSHIFTの人事施策を深掘りしているのですが、その中身を「本気でヤバい」とご紹介いただきました。実際、手前味噌ですが自分も書籍になる前の原稿を読んでいて「こんなことを本気でやっている会社があるのか」と驚くことばかりで。
高野:でしょう。なので、びっくりしてあんな推薦文になりました(笑)。
中でも特にSNSなどのコメントで反応があるのが“人件費はコストではなく投資”という考え方です。「人材に投資する」という考え方を、建前ではなく文字通り経営の柱に据えて、社員がそれを信じられるまでに実行している。こんな話は聞いたことがありません。
高野:私もありませんね。実際に、あまりSHIFTの類例はないんじゃないですか。
経営側の人に「人は宝ですか」と聞くと「その通り。人は宝で、人材の材は財産の財」とおっしゃいます。ただ、そう言うことと、実際に実行するかどうかはまったく別ですよね。
丹下社長はあまり本を読まない
普通ならば「成果を上げたら給料に反映する」ですが、SHIFTは「君にはコレコレの能力がある」と社内テストやデータで確認して「であれば、これだけ昇給するから、きっちり働いてね」と、先に給料を上げてしまう。「人材」という資産への「投資」が、ちゃんと実行できている。
高野:すごいと思います。
その理由を、先払いすることで人材に投資するという考え方を「予見性を持って、社員の生産性への期待を報酬という形で示すことを意識しているのです。そうしないと社員にやる気なんて起きないですよ」と、書籍の中で丹下社長が語っています。まったくその通りだ、と思いますが、よくやれるよなあ、とも思いました。
高野:ですよね。ほかの会社も別に「成果の先払い」をやりたくないわけじゃないでしょうが、売り上げが伸びなかったらない袖は振れないと思うと、なかなか実現できない。
SHIFTの場合、経営側の責任として、稼げる環境を整え、売り上げと利益を伸ばす方法を構築できているから、「能力がある(と検証できている)社員であれば、この環境、この方法で、これくらい収益を上げる」と確信できて、そこまで言えるんですね。
高野:そこまで普通できないですよね。
丹下社長のこうした考え方に、共感や理解を示す経営者は多いのでしょうか。なかなかハードルが高いようにも思えますが。
高野:旧来の大企業は分かりませんが、若手のベンチャー系経営者ならば、ほとんどが共感・理解を示すと思いますよ。自分の周りのそういう経営者は、ほとんどが丹下社長のファンだったり、リスペクトしたりしています。
それは急成長に対して? あるいは、彼の考え方ですか?
高野:どちらもだと思います。経営者は、実績を出していない相手を信用しないので。
丹下さんは実績があって面倒見もいいから、評判は非常にいい方です。まぁ、部下からすると強い要求が来るので、大変な面もあるかもしれません(笑)。大きく成長するということは、高い要求が出されるということでもありますからね。
経営者で丹下社長に近い考えの方や、「丹下語録」に似ていることを言う方に、お心当たりはありますか?
高野: いや……思いつかないですね。そもそも丹下社長の語録って、オリジナルが多いんです。丹下フリークの私が知っていることで言うと、実は丹下社長ってあまり本を読まない。
そうなんですか、それはすごく意外です。
高野:経営者の多くは古典から最新までのいろいろな本を参考に、自分の信念を培っていくんですが、丹下社長は自分の頭で、いろいろな現場感、人と会った経験などから課題を見いだし、オリジナルなアプローチをしていく。その過程で出てくる言葉が「語録」になっていく。そんな感じです。
その言葉に影響を受けて組織に考え方が浸透しているから、丹下社長以外の人も「おっ」と思うフレーズを放つようになっているんでしょうね。本書の帯で紹介した「部下の給与を増やせない上司は不要」も強烈ですが、これは丹下社長ではなくて部下の方(ソリューション事業部の高松宗剛事業部長)が、著者の飯山君に話した言葉です。
まるごとコピーは無理でも、参考にできるところはたくさんある
高野:そうなんですか(笑)。ただ、そこまで浸透するのも、一にも二にも実績が付いてくるからですよね。
ですね。実績があるから説得力も浸透力も出てくる。
高野:SHIFTが持っている事業領域の市場規模が大きかったことと、そのマーケットに対して勝てると考えた経営者や経営メンバーがそろっていた。SHIFTの経営者偏差値×大きなマーケット規模という掛け算だから、大きな成長を成し遂げることができた。革命的な人事制度は、これがなかったら難しかったと思います。
そうなると、他社がまねしようと思っても無理ということでしょうか。
高野:まるごとコピーすることは難しいでしょうけれど、参考にできることは本の中にもいろいろあると思いますよ。経営を可視化し、データで管理して、仕組み化する。数字についても、「数字を目的化しない」というところはとても参考になると思います。実際に、僕が顧問をしている会社にもこの本をおお薦めして、業務の仕組み化を進めて採用を強化する、といったことを取り入れ、人の評価にAI(人工知能)を使うことも始めています。
とはいえ人材戦略や組織戦略は、経営学などでもよく言うのですが、「戦略がうまくいっていないと何をやってもダメ」みたいなところがあって。アルフレッド・デュポン・チャンドラーでしたか、「組織は戦略に従う」("Strategy and Structure")ですね。なので業績が良くないとお金も払えない。SHIFTは大前提として戦略・実行ができているので、人を大切にできる。鶏と卵みたいな話でもありますけれど。
今、収益を上げる戦略が当たり続けているからこそ、SHIFTはペイフォワード(先払い)によって、モチベーションの強化と採用・育成がうまくいっている。それは高野さんがおっしゃったように、まず基本に経営戦略があって、それを忠実にフィードバックしつつ実行し、期待した、あるいは期待以上の成果を出しているから投資が回収できる……と。
仕事はいつの間にか「やりきらないで当たり前」になっていた
高野:あとやはり、実行力ですよね。考えているだけではダメで、やりきる力が他社のレベルと全然違うのだと思います。
なるほど。戦略だけなら頭のいい人がいたら立てることもできますが。
高野:最終的には、実行力が半端ないのだと思います。
戦略も重要ですが、実行できなければ意味がない。
高野:そして実行するのって、本当に難しいんですよ。みんな誰もが、「実行力を上げたい」と思っていますよね。
どうやったら社員がそれを実行する気になるのかまで考えているのか。
高野:そう、丹下社長は、自分一人では会社は回らない、どういう仕組みをつくれば人に思い切り能力を発揮して仕事をやってもらえるのかを考え、それを突き詰めている。
高野さんのところにも、経営者から「社員が仕事をしない」お悩み相談がたくさん寄せられていそうですね。
高野:いや、本当にそうなんです。実は今、仕事って「やりきらない」ものになっているんですよ。上司もパワハラを恐れて、強い指示を出さないので。
えっ。
高野:でも、仕事をやりきってもらうには、「これはどうしてもやりぬいてもらいたい」という、強い指示、要求が必要ですよね。そしてもちろん、それを納得させるだけの論理と説明も同時に必要です。それがなければ確かに単なるパワハラになりかねませんから。
ああ、だんだん分かってきました。戦略だけでなく実行してもらう仕組み、本当にやりきる気持ちになってもらうための仕掛け、そこまで含めて、SHIFTはうまくできている。
高野:なぜこれに気付いたかと言いますと、僕の書いた『ベンチャーの作法 ――「結果がすべて」の世界で速さと成果を両取りする仕事術』(ダイヤモンド社)という本がありまして、これは要するに、社員に「やりきってもらう」ための本なんです。経営者から見てどういう人が結果を出しているのか、社員にどうあってほしいかを、経営者の本音で書いています。
結果がすべての世界で、こういう人に働いてほしいんだ、と。
仕事ができる人ほどハードワークを求めている
高野:結果を出してもらうには要求しなければいけないけれど、パワハラと言われて強い要求ができない。そして逆に社員にとっても、もっと成長したいのに上司から要求されないので悩むパターンもあります。そこをどう解消するかは、社員、経営者、両方の課題です。
SHIFTは、社員それぞれに目標が設定され、結果が客観的に評価され、社員が伸びれば昇進・昇格して給料も上がる。会社も成長する。そんな良い循環になっていて、おこがましいですが『ベンチャーの作法』が模範的にできているんじゃないかな、と思います。
「やりきってもらう仕組み」が回っているんですね。
高野:ですので経営者の方、マネジャークラスの方は『SHIFT解剖』を読んで、自分の会社や自分の仕事に当てはめ、その差を認識し、SHIFTの「やりきってもらう仕組み」とその事例を応用するといいと思います。成功事例が具体的に書かれているのが、『SHIFT解剖』のとても良い点ですね。SHIFTは、働ける人、働きたい人は、ここでどんどん頑張ってください、その分しっかり報います、という態度を、言葉だけでなく仕組みと実績で示している。
誤解を恐れずに言えば、ハードワーク肯定の姿勢かも?
高野:最近の風潮だとなかなか言いにくい言葉かもしれませんが、僕は「仕事ができる人ほど高い要求を求めている」と思っています。結果にこだわって自己成長し、仕事の機会を得て収入も得る。それが正しい姿なんじゃないかと。そういう意味では『SHIFT解剖』と「やりきってもらいたい」と訴える『ベンチャーの作法』には、共通項があるかもしれません。
SHIFTは大きく成長し、知名度も高まってきています。ですけれどまだまだ実態は知られていません。『SHIFT解剖』は、その詳細を解像度高く、大勢の方々に取材してまとめているのが、他の本やウェブでは得がたいところ。記者がこれだけ時間を掛けて、多くの人や現場に会っているから、これだけの情報の質と量を盛り込めたのだと思います。
そして、SHIFTはもっともっと成功する会社だと思います。僕の感覚では、この本は2025年版の、いわば過去のSHIFTでしょう。1年に1回ぐらい出版してもらいたいぐらい(笑)。丹下さんの投稿を見ていても、彼の思考が次々と研ぎ澄まされていくのが分かる。AIかいわいもどんどん乗りこなしていくでしょう。基礎的なところは本書で描かれましたが、そこからまた高速でアップデートしていくのがSHIFTなのだと思います。
(構成:波多野 絵理)
[日経ビジネス電子版 2026年3月5日付の記事を転載]
飯山辰之介著/日経BP/1980円(税込み)
