巨人がひしめくIT(情報技術)業界で、SHIFTはのし上がってきた。華やかなサービスがあったわけではない。最先端技術を抱えていたわけでもない。誰にも顧みられることのなかった、テスト業務という「下流の仕事」を磨き上げた。埋もれた人材に光を当て、力を最大限に引き出す人的資本経営で市場を切り開く。異形の組織は「下流」から「上流」へ、業界構造の変革を掲げ駆け上がっている。その様は、さながら革命運動。SHIFTの経営の核心に迫る。その第2回。※本連載を基にした書籍『SHIFT解剖 究極の人的資本経営』が2025年11月に発売。ここでその一部をお読みいただけます。

(写真=菊池くらげ)
(写真=菊池くらげ)

 ソフトウエアのテストという「下流」の領域でなぜSHIFTは成長できたのか。その背景には、誰も仕組みが分からない2つのブラックボックスの存在があった。1つはテスト業務そのものだ。重要な工程にも関わらず、効率的な手法が確立していなかった。SHIFT創業者の丹下大社長は、製造業のコンサルティング事業で培った可視化や仕組み化といった手法をテストにも応用することで、低単価だったテスト業務を「宝の山」に変えた。だが、ここで成長を実現するには、もう一つの巨大なブラックボックスをこじ開ける必要があった。

 もう一つのブラックボックス。それは人事だ。多くの企業は性別や学歴、職種など、目につきやすい属性や特徴を基準に、十把ひとからげに人の能力や価値を判断しようとしている。「あまりにも雑な仕組みだ」。こう話す丹下社長は大学時代、就職活動に普段着で臨み、歯に衣(きぬ)着せぬ発言を繰り返して失敗。京都大学大学院に進学し、その後コンサルとして活躍するようになるが、今度はコンサル特有のエリート意識がまん延しているのにへきえきした。

人事部の規模は平均の4倍

 人を定量的に評価するのは難しいとされ、人事は長らく経験と勘に支配されてきた。企業の重要な目的は付加価値を生むことだが、高度経済成長期に確立した日本型の人事管理システムは社員を疑似家族的に見る側面もある。それは丹下社長からすれば、人材に対する不誠実な姿勢に映る。

 SHIFTには分解と可視化、そして仕組み化という、ブラックボックスを丸裸にするプロセスが「DNAと言ってもいいくらいに染み込んでいる」(菅原CHRO)。その手法を人事に適用し、社員の生産性を高める仕組みを矢継ぎ早に導入していった。「従来の人事の常識が通用しない。驚きの連続だった」。12年、人材会社からSHIFTに転じた人事本部の棚田純大VPoHRはこう振り返る。

 人材戦略の立案と実施に当たる人事部員はグループ全体で400人を超える。人材大手パーソルの調査によれば、一般的な大手企業の人事部の平均部員数は従業員1000人当たり9人という。SHIFTの規模でいえば100人強だ。その4倍近くもの人員を配置している。

 19年には「ライフ・タイム・バリュー(LTV)」という独自指標も開発した。「エンジニアの人数」と「在籍期間」「エンジニア個々人の価値創出力」の3つをかけ合わせ、社員が生み出す利益額の期待値を算出するものだ。

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 人事施策が人的資本にどの程度影響を及ぼし、結果、LTVにどの程度貢献するのかを細かくコントロールしている。例えば23年度はLTVの1043億円の増加を見込んで、売上高の8%弱に当たる69億円を人的資本に投資した。

 「LTVを拡大させる施策なら何でもやる」(菅原CHRO)のがSHIFT流。「社員の能力を把握し、生産性が発揮できないとすればその要因を知るため」(丹下社長)、社員個々人のデータを網羅するシステムも構築した。

「搾取の構造を変える」

 「SHIFTが成長した背景には、硬直的な日本の人事制度がある」。大和証券の上野アナリストはこう指摘している。

 日本の人材市場には能力も意欲もあるのに不遇をかこつ人材がそこかしこにいる。

 「自分のような未経験者を受け入れてくれるIT企業はSHIFTくらいしかなかった」。11年、当時35歳で入社し、テストエンジニアからキャリアを重ねて現在は社員の能力開発に取り組む鈴木洋平氏(仮名)は就職氷河期世代だ。大学を卒業したが職には恵まれず、塾講師など職を転々として食いつないでいた。

 シニア世代も活躍する。SHIFTでITコンサルとして働く小松和磨氏は22年、56歳で大手IT企業から転身した。古巣では役職定年を直前に控えていた。気力も体力も充実しているのに、年齢という理由だけで報酬は激減し、補佐的な仕事に回されてしまう。

 一方、SHIFTに役職定年という概念はなく、70歳まで働くことができる。「成果を正当に評価する仕組みがここにはあった。給与水準も前社より上がっている」(小松氏)

 日本企業の不合理な人事制度が埋もれさせた優秀な人材を引き寄せながら、快進撃を続けるSHIFT。その先に丹下社長がもくろむのはIT業界そのものの変革だ。

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 IT業界では、多重下請け構造が一般的だ。元請けとなる一部の大手ばかりが潤い、「同じエンジニアなのに下請けというだけで格差が容認されている」ことに、丹下社長は我慢がならない。

 急成長しているとはいえ、業界トップとはまだ歴然とした差がある。それでも丹下社長の「搾取の構造を変える」という野望を、法螺(ほら)と片付けることはできない。

 上野アナリストは「多重下請け構造も、日本の硬直的な雇用体系や人事制度が生み出している」と喝破する。報酬が固定化されているため、単価の安い仕事は下請け企業に丸投げせざるを得ない。

 その中で内製を重視し、下請けを使わない方針を掲げるSHIFTは異色の存在だ。テストという「下流」で力を蓄え、プロジェクトマネジメントやコンサルなど「上流」に進出してきたこそ、それができる。「多重下請け構造については、ずっと課題視してきた。SHIFTなら変えられるかもしれない」。大手ITサービス企業の社長を経て、現在はSHIFTの金融事業部で事業部長を務める田中信一氏はこう期待をかける。

下流から上流へ、進む革命

 進化と成長の過程で、SHIFTには多様な人材や企業が集まってきた。18年に社外取締役として参画し、今は会長としてトップ営業を担う佐々木道夫氏はその筆頭だろう。00年から10年間、キーエンスの社長を務め、同社を高収益企業に躍進させた人物だ。「キーエンスと社風は違う。ただデータを重視するなど共通点も多い。キーエンスが急拡大したのと同じ感覚をSHIFTには感じている」(佐々木会長)

 グループ入りする企業も増えている。SHIFTはシステム開発から人工知能(AI)の研究開発企業まで、10年間で37社を買収してきた。23年に参画したシステム開発企業、ヒューマンシステムの湯野川恵美・代表取締役は「人材の価値を最大化して成長するSHIFTと丹下社長の理念に魅力を感じた」と語る。

 異色の人材や企業が持つ知見、ノウハウを吸収して仕組み化し、埋もれた人材の能力を引き上げて下流から上流へ駆け上がる。その様は既存の秩序を打ち破る革命的な運動といってもいいだろう。「彼が成そうとしているのは『社会善』なのかもしれない」。丹下社長と交流のある川邊健太郎・LINEヤフー会長はこう指摘する。

 もっとも、既存の秩序を変えるにしても人的資本革命の成功が不可欠だ。では、その鋭さはどれほどか。ここから、SHIFT流人的資本経営の内幕に分け入っていこう。(続く)

テストはもはや「下流」にあらず、クライアントが語るSHIFT

 テストは開発工程の「下流」ではなくなりつつある。システム開発の主流が「ウオーターフォール型(上流から下流に開発が進む手法)」から「アジャイル型(短期間で検証や改善を繰り返す手法)」に移行しているからだ。

 テストで実績を積んできたSHIFTには、ソフトやシステムの品質を担保するノウハウが積み上がっている。そのためアジャイル型の普及に合わせて、開発の初期段階から品質保証(QA)を担う存在として頼られるようになった。

 「SHIFTと組むことで開発をスムーズに進めることができた」。LPガス事業者の配送を効率化するシステムのアジャイル開発に取り組んでいた、パナソニックオートモーティブシステムズ(PAS、横浜市)の馮少奇(ひょう・しょうき)氏はこう話す。

PASが開発した配送効率化サービス「DRIVEBOSS LPガス」
PASが開発した配送効率化サービス「DRIVEBOSS LPガス」

 品質を担保しながらアジャイル開発を進めていくのは、同社にとっては比較的新しい領域での挑戦となる。そこで頼られたのがSHIFTだ。開発を主導する馮氏と同じ目線で品質の担保に貢献し、サービスの早期投入を実現させた。「品質保証のノウハウも学んでいる」とPASの吉野恭平・事業企画・事業推進マネージャーは話す。

 SHIFTはテスト事業者の枠を既に超えており、業界ではITサービスの総合企業としても認知されている。

 日野自動車などが出資し、物流の効率化に取り組むネクスト・ロジスティクス・ジャパン(NLJ、東京・新宿)は物流最適化システム「NeLOSS(ネロス)」の開発でSHIFTを頼った。設計段階からクラウドサービスを専門とするSHIFTのエンジニアが開発をリードした。

 SHIFTは「品質保証で自動車業界で名が通っていた」(NeLOSS事業本部の柳拓也本部長)が、最新のソリューションを開発する体制を組む上でも「その実力は群を抜いていた」(同部の佐藤雄宇氏)という。

日経ビジネス電子版 2025年4月11日付の記事を転載]

IT企業でありながら「元警察官だろうがキャバクラだろうが引きこもりだろうが、前職を問わない」採用、「トップガン」と呼ばれる社員の隠れた能力を引き出す仕組み、急成長した社員が稼げば「前年比で600万円の昇給」が当たり前に行われる風土。これらが「上場10年で売上高50倍」という驚異的な数字に結実した。人の能力をとことん引き出し、企業の成長につなげる。丹下社長ら経営陣、そして現場への密着取材で、SHIFTの「究極の人的資本経営」を徹底解剖する。

飯山辰之介著/日経BP/1980円(税込み)