巨人がひしめくIT(情報技術)業界で、SHIFTはのし上がってきた。華やかなサービスがあったわけではない。最先端技術を抱えていたわけでもない。誰にも顧みられることのなかった、テスト業務という「下流の仕事」を磨き上げた。埋もれた人材に光を当て、力を最大限に引き出す人的資本経営で市場を切り開く。異形の組織は「下流」から「上流」へ、業界構造の変革を掲げ駆け上がっている。その様は、さながら革命運動。SHIFTの経営の核心に迫る。その第4回。※本連載を基にした書籍『SHIFT解剖 究極の人的資本経営』が2025年11月に発売。ここでその一部をお読みいただけます。

「彼の実力は高く顧客の信頼も得ている。最近の成長や成果に鑑みて年収は50万円アップが妥当だ」。事業部長のプレゼンに、丹下大社長が口を挟む。「彼は(働く上で)給与を重視しており、満足度が低いようだ。コミュニケーションはとれているのか」
3月7日、麻布台ヒルズにあるSHIFT本社では、丹下社長ら経営幹部が社員の評価会議に臨んでいた。事業部長が評価対象となる部下の仕事ぶりや成果について説明し、ふさわしい年収水準について丹下社長に提案する。
報酬は先行投資
半期に1度、経営陣は会議室に籠もり切りとなり、1カ月かけて社員の評価に臨む。丹下社長が評価するのは約500人。他の社員についても、それぞれ評価者が決まっており同様のプロセスで一人ひとりの年収を決めていく。役員陣が1年に費やす時間は、累計で延べ1200時間に上る。
「部下の給料を上げられない上長は不要だ」。ソリューション事業部の髙松宗剛事業部長はこう断言する。実際、SHIFTは2018〜24年の間、平均すると10%程度の昇給率を維持してきた。
「社員が頑張ってくれれば必ず成長できるモデルを構築している」と、丹下社長は自信を見せる。経営が稼ぐモデルを作り上げれば、焦点は社員の生産性に絞られる。見込んだ通りの生産性を発揮してもらうためにはどの程度の年収を支払うべきか、見極めるのだ。
一般的な企業とはロジックが逆転していることに気付くだろう。多くの企業は、売り上げや利益の拡大があるから報酬を増やせると考える。SHIFTは、報酬増があって初めて売り上げの拡大があると考える。つまり報酬を明確に先行投資と位置付けている。
投資なのだから「社員の報酬を抑えて利益をひねり出すようなことは許されない」(人事本部の中園拓也コーポレート人事部長)。根拠に基づいて論理的に投資額(年収)を示さなければならないのだ。

見定める基準となるのが「市場価格」だ。「同じ人材を社外から採るとするといくら必要か、常に考えてもらっている」(丹下社長)
エンジニアやコンサルタントであれば、「エンジニア単価」や「コンサル単価」と呼ばれる、1カ月稼働した際に顧客から得られる単価と年収とがほぼ直結している。単価がはっきりしない部門でも、たとえば法務であれば弁護士のタイムチャージ(時間料金)を参照。人事や総務などでも人材市場や他社の報酬水準を網羅的に調査し、そこから役割と成果に対応した報酬レンジを定めている。
突出した成果を出した社員はその能力を高く評価され「年間で600万円の昇給を実現した社員もいる」(髙松事業部長)。役割も評価基準も違うから、部下の報酬が上長を上回ることも珍しくない。
ただし成果は厳密に測られる。社員は評価会議に先立ち、半年の間に達成したい目標を数値でもって示すことを求められる。どんな部署でも例外はない。上司とすり合わせを繰り返し、自らが発揮する価値をKPI(重要業績評価指標)で示す。総務などの場合、「10日かかっていた作業を半分の5日にする」といった形だ。
もともとSHIFTは、あらゆる仕事をエンジニアの工数のような形で管理することが文化となっている。間接部門でもそれは変わらない。必要な稼働時間などを厳密に管理し、社員一人ひとりの労力や時間が何にどう使われているのか、あるいは使われる見通しなのかを常に可視化し、必要なコスト(労力や時間)と成果の見積もりを精緻に計算してKPIを設定している。
評価会議は経営会議
同社には、評価も報酬も半ば自動的に決められるだけの仕組みが備わっている。だがあえてそうはしない。「絶対に正しい評価などあり得ない」(丹下社長)からだ。最終的には人が判断し、必要に応じて年収額を調整する。
あるエンジニアが単価の高いプロジェクトに参画できたとして、それは運がよかっただけかもしれない。トラブルを未然に防ぐのを得意とし、単価には表れない貢献をしているエンジニアもいるはずだ。評価は低いが高い潜在力を秘めている社員もいるだろう。そうした人材こそ先行投資が必要だ。
評価の過程では経営の課題も浮き彫りになる。例えば社員の報酬を上げられない部門があるとする。ビジネスモデルが悪いのか、社員が生産性を発揮しづらい環境になっているのか。社員と仕事の相性が悪いのか。社員一人ひとりについて細かく見ていけば、緻密な経営のハンドリングが可能になる。つまり評価会議=経営会議なのだ。
そのため会議は評価から頻繁に「脱線」する。成果が出ていない社員を他部門に回してミスマッチを解消したり、事業戦略そのものの見直しにとりかかったり。社員一人ひとりの仕事ぶりや成果の視点から経営戦略を分解、可視化し、チューニング(調整)を施していく。菅原要介・最高人事責任者(CHRO)はこの手法を「人的資本の最適配置」と表現する。
人的資本への投資や配置の適正化には、人材に関する詳細なデータが不可欠だ。冒頭の評価会議を思い起こしてみよう。丹下社長は「彼は給与を重視している」と、特定の社員の仕事に対する価値観に踏み込んだ発言をしていた。
450項目を超えるデータを網羅
丹下社長に示唆を与えたのが独自開発した人材マネジメントシステム「ヒトログ」だ。
役職や就労時間といった基本項目に加え、「給与」「やりがい」「人間関係」に関する満足度や働き方に対する志向、それに思考や行動特性をタイプ化したデータまで、450項目を優に超える情報が社員ごとに蓄積されている。「ヒトログを見れば2~3分で社員の状況を正確に把握できる」(中園部長)
目を引くのが「5年後の年収」に関するデータだ。項目名の通り、5年後に実現したい年収について、本人と上長それぞれの希望額が明示されている。乖離(かいり)が大きい場合、上長が期待する働き方と部下が希望するそれとの間にズレが生じている恐れがある。
近年は人材マネジメントシステムが次々と登場している。こうしたシステムと比較して「ヒトログが突出したサービスを実現しているわけではない」とHRシステム開発グループの山下一磨氏は言う。
最大の強みは経営の求めに迅速に対応できることだ。SHIFTの人事部は山下氏のような専任のエンジニアを抱えており、彼らがヒトログの開発と運営に当たる。評価会議ともなれば常に裏で待機し、経営の注文を待ち受けているのだ。
「こんなデータが見たい」という注文が入れば、「内容によっては30分ほどで対応する」(山下氏)という機動力だ。最近では人工知能(AI)を活用し、「社員が退職するリスクを表示する機能を追加した」(同グループの新納誠一氏)。
会社が抱える人的資本の状況について、あらゆる角度からリアルタイムで可視化しているからこそ、人事施策のPDCA(計画・実行・評価・改善)を速いペースで回すことができる。
キャリアを「飛び級」
小林元也取締役は「人材が持つ能力を最大化させれば成長が実現する」と話していた。では、どう最大化させるのか。これを実現するキャリアアップ制度がある。「トップガン(TG)」だ。
TG7からTG30まで11種類あり、例えばTG12の検定をパスした社員は、単価120万円相当の仕事を担える人材であると認められる。それに応じた仕事が実際にアサインされ、結果を出せば報酬に反映される。スキルと仕事、報酬がこうして連動しているのだ。意欲ある人は、「経験や実績によらずキャリアを『飛び級』できる道が開ける」(能力開発部の佐相真也部長)。

現在、能力開発部に所属する神野嵐氏は未経験からTG10、TG12をパスし、テスト業務をリードできるエンジニアに成長した。「ステップアップに必要な課題や目標を、TGが明示してくれたから努力できた」(神野氏)
お家芸とも言える、分解・可視化のノウハウはトップガンの開発にも生きる。エンジニアやコンサルの業務を細かく分解。さらに突出した成果を出している人とそうでない人との差まで可視化し、実際に両者の回答に差が出ていることを確認している。
社員のリスキリングに悩む企業からすれば、人材の能力を証明し抜てきできるノウハウは垂涎(すいぜん)の的だろう。ただしトップガンを正しく機能させるには、評価の仕組みから人材の能力管理まで、SHIFTが緻密に組み上げてきた枠組みが必要となる。
人的資本経営を突き詰めるには、既存の仕組みを根本から見直さなければならないのだ。この泥臭い作業を経て初めて果実は得られる。(続く)
[日経ビジネス電子版 2025年4月14日付の記事を転載]
飯山辰之介著/日経BP/1980円(税込み)



