巨人がひしめくIT(情報技術)業界で、SHIFTはのし上がってきた。華やかなサービスがあったわけではない。最先端技術を抱えていたわけでもない。誰にも顧みられることのなかった、テスト業務という「下流の仕事」を磨き上げた。埋もれた人材に光を当て、力を最大限に引き出す人的資本経営で市場を切り開く。異形の組織は「下流」から「上流」へ、業界構造の変革を掲げ駆け上がっている。その様は、さながら革命運動。SHIFTの経営の核心に迫る。その第5回。※本連載を基にした書籍『SHIFT解剖 究極の人的資本経営』が2025年11月に発売。ここでその一部をお読みいただけます。

2022年、大手ITサービス企業で統合基幹業務システム(ERP)の事業責任者だった新井充昌氏は転職活動を進めていた。ERPにはクラウド化の波が訪れている。捉えれば大きな成長が見込めるが、当時所属していた会社にアクセルを踏む姿勢はなかった。複数の候補先から選んだのがSHIFTだ。現在は同社の基幹・ERP事業部の事業部長を務める。
「人材の採用力が大きな決め手になった」と新井氏は言う。需要拡大の恩恵を受けるには、兎(と)にも角にもエンジニアの数が必要だ。いかに集められるか。それが企業の成長を左右すると考えれば、SHIFT以外に選択肢はなかった。
エンジニア不足が叫ばれる中、SHIFTは毎年2000人を大きく超える人材を新規採用している。「大手競合と比較しても、SHIFTの採用力は圧倒的に強い」(SBI証券の畑田真シニアアナリスト)

内定のリードタイムを大幅短縮
効率的な採用を実現させている背景には、連載の第1回で見てきた「CAT検定」がある。だが理由はそれだけではない。採用プロセスを可視化し、それぞれの局面において有効な策を打ち出してきたのだ。
職種にもよるが、中途採用の場合、面接が原則1回で終わることも珍しくない。しかも早ければ当日、遅くとも3日以内には結果が出せる。面接官は候補者に関する評価を即日で記録し、面接動画と合わせて候補者が活躍できそうな部署の担当者と共有する。こうすることで、ベンチマークする競合企業と比較して採用にかかる日数を7分の1ほどに減らすことに成功した。足元では競合も日数の短縮に動いているが、現在もSHIFTの優位は揺らいでいないという。
内定までの時間が短ければ短いほど、候補者に選ばれやすくなる。また、ある部署では採用できないとしても、他部署では戦力として歓迎される可能性はある。動画を様々な事業部の目に触れさせることで、せっかくの候補者を見逃すリスクを抑えている。
結果を出す日数を短縮できれば、転職人材を紹介する採用エージェントから優先的に人材を紹介されるメリットもある。内定に至るリードタイムが短くなれば、その分、多くの実績を積めるからだ。
マッチング精度を向上
面接動画を分析し、内定承諾率を高める取り組みも進める。候補者に対して面接官がどんな対応をすれば承諾率を高められるか、可視化していったのだ。センサーで面接官の鼻頭や口角の動きを捕捉し、承諾率が高い面接官とそうでない面接官との違いを浮き彫りにした。
うなずく回数が多いなど、リアクションの大きい面接官の承諾率は高い。「経験で何となく分かっていたことではあったが、数値で可視化した効果は大きい」(人事本部の上岡隆VPoHR)。こうした知見に加え、面接を受けた候補者を対象としたアンケート調査の結果なども組み合わせ、内定承諾率を高めるノウハウをグループ全体で約300人いる面接官に伝える。
動画を分析すると、面接官によって相性の良い候補者とそうでない候補者がいることも見えてきた。こうしたデータを活用して、面接官と候補者とのマッチング精度を高める取り組みも進める。「今後は人工知能(AI)を活用して精度を高めていくことになるだろう」(上岡氏)

採用エージェントとの関係構築にも独自の施策が導入されている。丹下大社長ら経営メンバーと面談する機会を設定し、会社のビジョンや経営陣の思いを伝える。報告会を開いてSHIFTの社内情報を共有。優秀な人材を数多く紹介したエージェントを表彰し、成功報酬を引き上げる特典まで設けた。SHIFTへの理解を深めたエージェントは転職を望む人材に会社の魅力をより強く訴えてくれる。
候補者の生態を徹底分析
数年前までSHIFTのブランド力は、競合大手に比べ劣後していた。「真正面から競合と勝負しても勝てなかった」(上岡氏)。ならば他社が思いもつかない手法を取り入れていくしかない。
21年には飲食店にポスターやアクリルスタンドを設置し、店員に「SHIFTに興味はあるか」と聞いてもらう「転職酒場」と呼ばれる施策にも挑戦。入社が実現すれば、店と転職者の双方に報酬を出す。「リファラル300」という、人材を紹介した社員と転職者の双方に最大300万円という高額報酬を支払う仕組みを導入したこともある。
テレビCMの展開など王道の施策に加え、こうした工夫を続けた結果、IT人材の間でSHIFTの知名度は上がっていった。19年に28%程度だったIT企業勤務者の間での知名度は、足元では50%を超える水準にまで高まっている。
23年ごろからは、SHIFTで働く人材に関する記事を大量に制作し、転職を模索する人により強く訴求する取り組みに着手した。24年度に社内の専門部署が制作したコンテンツの数は220本。累計では300本を超える。大手IT企業や外資系コンサル企業もコンテンツの充実には力を入れているが、SHIFTの記事数は群を抜く。

どんなコンテンツであれば候補者に「刺さる」のか。その戦術の立案に深く関与するのが、HRBP(人事ビジネスパートナー)だ。
HRBPは事業部門に張り付いて、人事の観点から事業部門の目標達成に寄与する役割を担う。事業部の求める人材はどんな人物か。休日の過ごし方、食生活、移動手段、家族構成、そして転職活動ではどう動くのか──。その「生態」を明らかにしつつ、同時に人材市場で多く採用できそうな有望な人材についても詳細に調べる。
こうして欲しい人材と採用できる人材を擦り合わせ、彼ら、彼女らの志向に合うコンテンツを作って目に留まる場所に張り巡らせる。
もっとも、候補者の関心や志向は多種多様だ。そこで採用サイトでは関心の高そうな記事を候補者ごとに出し分けているほか、スカウトメールも候補者に合わせた記事を同封。文面も候補者ごとにカスタマイズしているという。
事業部の目標にコミットする
HRBPの担う役割は重い。「事業部が掲げる目標にコミットできなければ存在意義はない」(事業人事部の古澤美月部長)

事業部の人員計画や採用計画を立てるのにHRBPは主導的な役割を果たす。どのような人員構成なら業績目標を達成できるのか、そのためにどんな人材を何人採用すべきなのか。計画を立案し、事業部の責任者と擦り合わせていく。時には、事業部が求める以上の採用を持ちかけ、成長の加速にハッパを掛けることもあるという。
事業部側に人材市場に関する情報を提供することも欠かさない。「一般的に人事部は情報を出さない。それが人事部と事業部とが乖離(かいり)する一因になっている」と古澤部長は指摘する。
SHIFTは採用ペースを加速させ、数年後には年間5000人規模の人材を確保することを目標としている。ただし人事部の陣容は400人から大きくは増やさない。同じ構えで採用数を倍増させるためには、人事部の生産性を大幅に向上させる必要がある。
カギになるのがAI活用だ。スカウトメールや求人票の作成、面接動画の要約などを任せられるAIエージェントを開発。候補者の職務経歴書(レジュメ)をAIが要約するツールの活用も始めた。
年間14万件ものレジュメやエントリーシートがSHIFTには殺到する。チェックするだけでも膨大な時間を要していた。AIの導入で1件当たり15分程度かかっていたチェック時間を5分ほどに、究極的には「ゼロ分」にする。「AIと人事の相性はいい。うまく活用すれば、人事の生産性を飛躍的に高められるはずだ」と菅原要介・最高人事責任者(CHRO)は見ている。(続く)
[日経ビジネス電子版 2025年4月15日付の記事を転載]
飯山辰之介著/日経BP/1980円(税込み)
