巨人がひしめくIT(情報技術)業界で、SHIFTはのし上がってきた。華やかなサービスがあったわけではない。最先端技術を抱えていたわけでもない。誰にも顧みられることのなかった、テスト業務という「下流の仕事」を磨き上げた。埋もれた人材に光を当て、力を最大限に引き出す人的資本経営で市場を切り開く。異形の組織は「下流」から「上流」へ、業界構造の変革を掲げ駆け上がっている。その様は、さながら革命運動。SHIFTの経営の核心に迫る。その第6回では、戦略の要諦を菅原要介CHROに聞く。※本連載を基にした書籍『SHIFT解剖 究極の人的資本経営』が2025年11月に発売。ここでその一部をお読みいただけます。

慶応義塾大学大学院を修了後、インクス(現SOLIZE)に入社。製造業のコンサルティングに従事する。2008年にSHIFTに参画。グループ全体の人事領域を統括している(写真=菊池 くらげ)
慶応義塾大学大学院を修了後、インクス(現SOLIZE)に入社。製造業のコンサルティングに従事する。2008年にSHIFTに参画。グループ全体の人事領域を統括している(写真=菊池 くらげ)

SHIFTは人的資本経営を突き詰めてきました。

菅原要介・最高人事責任者(=CHRO、以後、菅原氏):経営トップの意思が大きく影響していると思う。もともと丹下大社長は人材に対して非常に強い興味や関心を抱いていた。加えて、社会課題を解決したいとか、世の中をよくしたいとか、お金をもうける以上の価値を追求する姿勢も示している。だから人が付いてくるのではないか。

 経営が真正面から人事について取り組まなければ、人的資本経営は実現しない。そもそも日本企業では人事部門やCHROの存在感が薄い。コストセンターと見られることが多かったからだろう。だから人事部門が主体となって人材の生産性を上げていこうという動きもあまり見られなかった。

人事をブラックボックスにさせない

 日本のメンバーシップ型の人事制度は社員を疑似家族的に見る側面がある。家族の生産性を定量的に把握しようなんて誰も思わないだろう。人的資本経営に本気で取り組むのであれば、その考え方を改めないといけない。人材を定量的に把握したり、評価したりするのは確かに容易ではない。だが人材への投資が企業の成長に直結するのであれば、ちゅうちょなんてしていられない。クリアな人事制度や、社員がモチベーションを高められる仕組みをつくらなければならないのだ。人事をブラックボックスのままにしていては、生産性を高めることはできない。

SHIFTは未経験者をテスト業務のスペシャリストに育成することで成長を実現してきました。丹下社長をはじめとする経営陣についても、情報技術(IT)については素人同然だったところから事業を拡大させることに成功しています。

菅原:それを言えば、私だって長く人事畑を歩んできたわけではない。もともとは丹下社長と同じインクスのコンサルタント出身だし、SHIFTに入ってからも長く事業サイドから「人が足りない」と人事部門にクレームをつける立場だった。「文句を言うのなら、自分でやってみろ」という丹下社長の一言で2018年から人事部門を率いることになった。

 右も左も分からなかったが、人事は面白い仕事だとも感じた。我々には分解とか可視化、それに仕組み化といった、ブラックボックスをこじ開ける一連のプロセスが、もはやDNAと言っていいくらいにしみ込んでいる。その手法を人事にも当てはめて、徹底的に科学していった。

 専門知識が必要な領域は、その知識を持つ専門家に任せればいい。実際、当社には人事の専門家がたくさんいる。彼らが持ってくる提案は、一見体裁は整っていた。でも、これまでの常識や手法を踏襲していては、SHIFTとして本当に成長できる仕組みにはならない。自律的な成長に寄与できる仕組みとは何か、徹底的に突き詰めていった。

 人事は人材という定量的に価値を評価するのが難しい対象を扱う。だからといって人事施策が曖昧であっていいわけではない。常に投資対効果を意識し、施策の狙いや効果を数式とかロジックで語れなければならない。この点を意識しないと人事改革を実現するのは難しいのではないか。

 たとえば100万円をかけてイベントを開くとする。なぜ、何を期待してイベントを開くのか。どれだけの投資対効果が見込めるのか。しっかりと突き詰めないといけない。評価制度をつくるにしても、なぜその制度でなければならないのか。その制度で人的資本の最大化が図れる根拠はどこにあるのか。全てロジックで語る必要がある。

人事においても数式とかロジック、データを駆使し、投資対効果を突き詰めるところにSHIFTの人的資本経営の特長があると思います。象徴的なのがライフ・タイム・バリュー(LTV)という指標です。エンジニアの人数や在籍期間、価値創出力をかけ合わせた数値でもって、人材戦略を組み立てています。

菅原:LTVはもともとSaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)業界で重視される指標だった。顧客がサービスを継続利用することで生み出される利益の総額を指し、その最大化を目指してマーケティングをしていく。

 これを我々は人事に応用した。顧客を自社のエンジニアに置き換え、彼ら・彼女らが生み出す利益総額の期待値をはっきりさせたのだ。SaaS業界ではLTVを顧客獲得コストで割った数値を重視するが、我々の場合はエンジニアの採用コストとLTVとの見合いを常に意識し、その数値を最大化させることを意識している。

 なぜ採用に大きなコストをかけるのか。そもそも莫大なコストをかけるべきか。我々にも自問自答する局面はあった。でもLTVがあれば、その意義がはっきりと見えてくる。どれほどの人材が当社に加われば、収益の拡大にどれほどの貢献ができるのか、その効果が可視化されるからだ。だからこそ我々は自信を持って大規模な採用に取り組める。

人事施策を細かくチューニング

 LTVが象徴するように、我々はマーケティング的な考え方を常に重視して人事施策を立案・実行している。生産性をフルに発揮してもらうために、社員一人ひとりに焦点を当て、そのニーズを把握し、個々の社員に届く形で施策を展開する。

 人的資本やその価値ついて財務諸表で考えるとすれば、人的資本はBS(バランスシート、貸借対照表)に計上されるべきものだろう。マーケティング的な発想で人事施策を展開し、それぞれの施策で設定したKPI(重要業績評価指標)の値を動かしていく。もくろみ通りに結果が出れば、人的資本の価値が高まり、LTVが増加。最終的にはPL(損益計算書)に、つまり収益の拡大に結び付いていく。

 データを軸に人材をミクロに見て施策を打ち、その結果をマクロに見る。LTVなどを参照し、施策にブレが生じていることが分かれば細かく施策をチューニング(調整)していく。会社の規模が大きくなっても、このサイクルを続けていく。

 半年に1度の評価会議は、人事施策をチューニングする重要な機会だ。新卒や中途、あるいは部門ごと、あるいは個人ごとといったように、レイヤーを変えてLTVをはじめとした人事データを点検し、必要な手を打つ。

 たとえば従業員満足度(ES)が低い部門があったとすれば、その理由を突き詰める。必要であればドラスチックに社員のアサインを変えたりもするし、キャリアのお手本になり得る人に話をしてもらったりもする。我々のデータベースがあれば個人ごとの状況もはっきりと見えるから、数値の低い社員に対してさりげなく問題解決に向けアプローチをすることもある。

定量的なデータを重視していますが、一方でSHIFTの人事戦略には定性的な側面も強く感じます。役員の時間を1200時間もつぎ込む評価会議がいい例です。半ば自動的に評価が決まる仕組みがあるにもかかわらず、なぜ膨大なコストと時間をかけてまで会議を開き、社員全員の評価や年収を決めているのでしょうか。

菅原:確かに、評価についても仕組み化はしている。でもラストワンマイルは人の手を必ずかける。人が見ているという姿勢を示さないと、社員はマネジメントへの関心を失ってしまうだろう。

社員の情緒に訴え、働きがいを刺激する施策もSHIFTは重視する。写真は人事部門の表彰式(アワード)。四半期に1度、各部門で実施されている(最前列中央が菅原氏、写真=的野 弘路)
社員の情緒に訴え、働きがいを刺激する施策もSHIFTは重視する。写真は人事部門の表彰式(アワード)。四半期に1度、各部門で実施されている(最前列中央が菅原氏、写真=的野 弘路)

「規模が拡大しても、ミクロなアプローチ続ける」

 設備投資をする際、人がその是非を判断するのは当然だろう。人材への投資も同じだ。機械的には決められない。社員は楽しく、心地よく、生き生きと働けているか。いい関係性を築けているか。人材が成長の駆動力となっている以上、人が持つ情緒的な部分を重視し、温かみのある取り組みをしていく必要はある。ドライにやっていく部分とウェットにやる部分、双方を組み合わせることが重要だ。ここに我々の挑戦があると思っている。

 生産性高く仕事をしてもらうには、モチベーションを高めてもらわなければならない。ではモチベーションを高めるにはどんな施策が必要なのか。突き詰めて考え、必要な施策ならばちゅうちょなく打ち出していく。会社がさらに大きくなって、社員数が3万人を超える規模になったとしても、細やかに、ミクロに施策を打っていけるか。DX(デジタルトランスフォーメーション)を進めて人事を効率化しなければ実現は難しい。ここも大きなチャレンジになる。

今後も大規模採用を続ける計画です。

菅原:事業が多少厳しい状況になったとしても、大規模採用は続ける。人が増えればコストも増える。粗利は多少傷つくかもしれない。その穴埋めをするのも我々の役割だ。結局のところ、人を採用しなければ会社は伸びないし、仲間が増えない会社は停滞する。社内の雰囲気だって暗くなってしまう。

多重下請け構造の変革、採用力が肝に

 毎年2000人を大きく超える採用をしているが、目標はさらに高い。近く5000人を採用したいと考えている。ただし人事部の陣容は400人から大きくは増やさない。人事の生産性を大幅に高めなければ対応できないだろう。候補者へのオファーに書類選考、それに面接と、あらゆる側面で人工知能(AI)を活用していく。400人の人事部の生産性が2倍以上にも高まったとすれば、人事の在り方はがらりと変わるだろう。その手法は他社の人事業務の効率化支援など、ビジネスとしても展開できると思う。

(写真=菊池 くらげ)
(写真=菊池 くらげ)

SHIFTは業界構造の変革をうたっています。人的資本経営は武器になりますか。

菅原:IT業界は多重下請け構造にある。末端に位置するのがテストだった。ここで成長できる仕組みを構築できた意義は大きい。

 アジャイル開発にセキュリティー、コンサルティングと我々は末端から事業領域を拡大してきた。今はそれぞれの領域に能力開発の部隊が入って、素養を測ったり、育成したりするのに必要なポイントを分析している。これまで培ったノウハウを総動員して、多方面からエンジニアの裾野を拡大していこうと考えている。

 採用力があることは、業界構造を変える大きな原動力となる。多重下請け構造は採用力とも関係している。下請けに頼らざるを得ないのは、エンジニアが足りないからだ。ただ下請け企業にしても潤沢にエンジニアを抱えているわけではないから、また別の企業に丸投げすることになる。こうして多重下請け構造は生まれ、同じ仕事をしているのに、3次請けとか4次請けとか、末端に行けば行くほど取り分は少なくなってしまう。

 このひずみにこそチャンスはある。我々には採用力がある。下流工程から上流工程まで手掛ける力もついた。多様な人材をマネジメントすることもできる。だから上から下まで巻き込んで、うまくプロジェクトを進められるだろう。開発の在り方を変えて商流を改善していく。下請けに丸投げしながらプロジェクトを奪い合う、そんな不毛な領土争いを、我々ならば変えられるはずだ。

日経ビジネス電子版 2025年4月15日付の記事を転載]

IT企業でありながら「元警察官だろうがキャバクラだろうが引きこもりだろうが、前職を問わない」採用、「トップガン」と呼ばれる社員の隠れた能力を引き出す仕組み、急成長した社員が稼げば「前年比で600万円の昇給」が当たり前に行われる風土。これらが「上場10年で売上高50倍」という驚異的な数字に結実した。人の能力をとことん引き出し、企業の成長につなげる。丹下社長ら経営陣、そして現場への密着取材で、SHIFTの「究極の人的資本経営」を徹底解剖する。

飯山辰之介著/日経BP/1980円(税込み)