巨人がひしめくIT(情報技術)業界で、SHIFTはのし上がってきた。華やかなサービスがあったわけではない。最先端技術を抱えていたわけでもない。誰にも顧みられることのなかった、テスト業務という「下流の仕事」を磨き上げた。埋もれた人材に光を当て、力を最大限に引き出す人的資本経営で市場を切り開く。異形の組織は「下流」から「上流」へ、業界構造の変革を掲げ駆け上がっている。その様は、さながら革命運動。SHIFTの経営の核心に迫る。その第7回。※本連載を基にした書籍『SHIFT解剖 究極の人的資本経営』が2025年11月に発売。ここでその一部をお読みいただけます。

「イベントで必要な物が足りないと分かると、井上さんは猛ダッシュで買いに行ってくれた」
壇上に立った菅原要介・最高人事責任者(CHRO)は、隣で照れくさそうに笑う人事本部の井上未那登氏をこう褒め称えた。会場に集まった約120人の部員が拍手喝采を送り、その様子をオンラインで見守る約200人からも「ハート」や「いいね」マークが飛び交う。
3月26日、本社で開かれた人事本部の表彰式(アワード)の一コマだ。四半期に1度、部門ごとに実施されており、10月には年間アワードが大々的に開かれる。
井上氏が受賞したのは「縁の下の力持ち賞」。SHIFTの成長を陰ながら支え続けた社員に贈られる。他にも同社のクレド(行動指針)を体現した社員を称える「SHIFTER賞」など、アワードには様々な賞が用意されている。
必ずしも評価の対象とはならないにしても、模範とすべき行動や役割を示した社員は数多くいる。社員からの投票を基に、こうした人材に光を当て称える場がアワードだ。年間を通してみれば700人近くが何らかの賞を受賞するという。「褒められれば誰だってうれしいはず。パフォーマンスも向上するだろう」と丹下大社長は話す。
開催件数は1500件
SHIFTは日頃から数多くのイベントを開催する。家族も一緒のキャンプ、社員の地道な試行錯誤や努力を称える「S-1グランプリ」、技術報告会にバーベキュー──。その数は年間で1500件に上る。

独自の人材マネジメントシステム「ヒトログ」が、その取り組みに根拠を与える。データには「給与」「やりがい」「人間関係」という3項目があった。それぞれ重要度と満足度が示される。
データが示すのは、社員が仕事に求める価値は一様ではないという事実だ。働く上で給与以外の項目、つまりやりがいや人間関係を重視している人は少なくない。その満足度を上げられれば、より前向きに仕事に向かってもらえる。
SHIFTには多様なバックグラウンドを持つ人材が集まる。交わる機会がなかったであろう人々の意識を合わせ、一体感を持ってもらうのにもイベントは有効だ。
年間のアワードなど会社を挙げたイベントでは、丹下社長ら経営幹部がコスプレして登場するなど率先して盛り上げ役を担う。「トップが本気になって騒がないと、会社全体には波及しない」(菅原CHRO)と見ているからだ。
3月末、社内では新卒社員の入社式のリハーサルが行われていた。キーエンス元社長の佐々木道夫会長も古代ローマの剣士のような衣装で舞台に立つ。キーエンス時代の同氏を知る人が見たら、腰を抜かしていたかもしれない。
「壮大なおせっかい企業」
SHIFTは「壮大なおせっかい企業」を自認する。「社員の悩みやトラブルに積極介入している」(丹下社長)からだ。悩みが原因で生産性が上がらないのなら、会社が解決に手を貸すのは当然と考える。
ある事業部門で、仕事や私生活の悩みが生産性をどれほど阻害するか分析したこともある。結果、阻害要因(社員の悩み)を解消できれば社員の年収が60万円ほど増え、部門売り上げも8億円ほど改善する可能性があることが分かった。
社員は何に悩んでいるのか。年齢やライフステージ、それに所属部署など、セグメントごとに分析し、個別にも対策を打つ。社内アンケートへの回答にかかる時間がいきなり遅くなったのであれば、社員は何かネガティブな感情を抱えている可能性がある。対人依存度が高いのに働く仲間への満足度が低い社員には、さりげなく部活動などへの参加を促す。子育てや介護に悩む社員には、社内のパパママのコミュニティーや介護コミュニティーを紹介する。
ヒトログで検索すれば、看護師や介護福祉士、ファイナンシャルプランナーなど様々な資格やスキルを抱える人材や、独自の経験を持つ人材が見つかる。こうした「専門人材」を「悩み相談コンシェルジュ」に仕立て、社員の悩みや困りごとに対応してもらっている。
社内ラジオは200回に
個人情報を集められ、時におせっかいな介入を受けることを、社員はどう受け止めているのか。
快く思わない社員に「無理強いはしない」(丹下社長)。ただ社員の多くは、会社の姿勢に共感を示しているという。「最終的には良い形で自分に返ってくる」(プロジェクトリーダーとして働く内藤義明氏)からだ。
会社への信頼度を上げる施策にも抜かりはない。会社の意思を正しく理解してもらうため、「情報をシャワーのように浴びせている」(菅原CHRO)。
毎週金曜日に放送している社内ラジオはその手段の一つだ。丹下社長ら経営陣がパーソナリティーとなり、社内の取り組みを紹介したり、経営の考えを伝えたりしている。放送回数は6月に200回を迎える。

「それでは盛り上がってまいりましょう」。2月末の放送では菅原CHROと小林元也取締役をパーソナリティーに、能力開発部の社員らがゲストに登場。グループの能力育成の試みを紹介した。「こんな取り組みをしているなんて、すごいなあ」。小林取締役は細かく相の手を入れ、放送は和やかな雰囲気で進む。テスト事業で多くのバグを発見したエンジニアや訪問件数の多い営業担当を表彰するコーナーを設けるなど、社員を褒めることも忘れない。
社内ポータルサイトには、丹下社長の発言内容を抜粋、要約した「語録」がほぼ毎日載る。決算の折には社内向けに、経営チームが社員目線で事業の状況を伝えている。

オフィスは「教会」の役割
人的資本の価値を極大化する取り組みは、網の目のように張り巡らされている。
オフィスも例外ではない。2024年に移転した麻布台ヒルズのオフィスは趣向が凝らされている。しゃれたカフェがあり、会議室に通じるいくつもの隠し扉もある。
「オフィスは『教会』のような役割を果たす」(丹下社長)。ここに来ればリモートワークする社員も所属意識を新たにする。また、魅力あるオフィスがあれば内定承諾率や交渉の成功確率を高められる。
もちろん「投資対効果は厳密に見る」(人事本部の棚田純大VPoHR)。人的資本の価値創出力を測る独自指標「LTV」に、オフィスへの投資がどう貢献するかを測定。遅くとも3年程度で効果が賃料負担を上回ると試算した。

出社人数に会議室の使用状況、それにカフェの注文件数にイベント開催件数まで、データを緻密に取りながら効果の最大化を図る。一部の会議室に音声センサーを設置し、会議の盛り上がり度合いを「エモーショナルビート」と呼ぶ数値で可視化もしている。コミュニケーションの質を向上させる施策に生かす考えだ。

「SHIFTの取り組みに注目している」。ある大手ITサービス企業のCHROは話す。SHIFTが下流から上流に事業領域を広げることで、IT業界の巨人たちと人材獲得競争でもビジネスでも競合するシーンが増えてきた。
人的資本経営を極めることこそが、SHIFTの成長エンジン。万一その領域で負けるようなことがあれば、成長投資としてきた人件費が逆に固定費として重くのしかかる事態になりかねない。
だからこそ、一見「やり過ぎ」と思われるような取り組みでも、SHIFTは加速する。人材を引き付け、その力を最大限に引き出すための、不断の革命が続く。(続く)
[日経ビジネス電子版 2025年4月16日付の記事を転載]
飯山辰之介著/日経BP/1980円(税込み)

