巨人がひしめくIT(情報技術)業界で、SHIFTはのし上がってきた。華やかなサービスがあったわけではない。最先端技術を抱えていたわけでもない。誰にも顧みられることのなかった、テスト業務という「下流の仕事」を磨き上げた。埋もれた人材に光を当て、力を最大限に引き出す人的資本経営で市場を切り開く。異形の組織は「下流」から「上流」へ、業界構造の変革を掲げ駆け上がっている。その様は、さながら革命運動。SHIFTの経営の核心に迫る。その第8回では丹下大社長に、異形の組織を作り上げるに至った思いを聞く。※本連載を基にした書籍『SHIFT解剖 究極の人的資本経営』が2025年11月に発売。ここでその一部をお読みいただけます。

(写真=菊池 くらげ)
(写真=菊池 くらげ)

人的資本経営に力を入れ、独自の人事施策を次々と打ち出してきました。

丹下大・SHIFT社長(以下、丹下氏):自分の気質とか思いが強く影響している部分はあるだろう。どんな人だって独自の能力を持っている。埋もれているのなら余計なものは剥がしてしまえばいい。「本当の能力が知りたい。発揮してほしい」、常にこう考えてきた。

 分解や可視化、仕組み化という手法を突き詰めていけば、人が元々持っている能力が見えてくる。それはダイヤモンドかもしれない、石ころかもしれない。そこはドライに見る。ただ誰でもできる作業は機械化・自動化してしまえばいい。そうして自分の能力を本当に生かせる仕事に取り組んでほしい。

 社員に能力を存分に発揮してもらいさえすれば、会社として成長できる仕組みを整える。それが経営の役割だ。優秀な経営チームをつくり、成長できる市場を見極め、ビジネスモデルを構築する。そこまでやれば、社員の報酬だって上がるに決まっている。後は社員が頑張れる環境を整えることに注力すればいい。

 能力を引き上げられる仕組みをつくり、悩みを持つ社員がいるとすれば介入して解決する。褒められれば誰だってうれしいのだから、いいところを探して褒める機会をつくる。会社を盛り上げるためにイベントだって開く。盛り上がるのならば我々はコスプレだってする。

とはいえ450項目を超える社員のデータを収集したり、社員一人ひとりの年収を会議で決めたりと、SHIFTの人事施策は一般の会社からすれば異様に見えます。

丹下氏:異様かもしれない。でも、おかしいことをやっているわけでもない。ただ素直に必要な手を打ってきたら、こういう形の組織になったというだけのことだ。

従来の人事制度は非合理

 むしろ従来の人事制度の方が、あまりにも雑で非合理に映る。

 ある大手企業では、給与の原資が部署ごとに割り振られており、部署側は社員を相対評価し傾斜をつける形で給与を配分するという。部署などという大ざっぱな単位で人を評価できるのか。職種とか職場ごとに価値を判断するなんて、社員に失礼ではないか。

 米国は労働市場の流動性が高いから、企業は社員を大事にする。日本企業では「社員は会社にしがみつくもの」という意識が定着してしまっているように思う。だから社員に失礼な制度がまかり通る。

 社員はあくまで個人として見るべきだ。一人ひとりの能力やパフォーマンスをきちんと評価し、市場価格に照らした適正な報酬を払う方が理にかなっている。

 パフォーマンスが出ていない人がいたとして、それはなぜか。環境の問題であれば会社のせいだ。能力があり環境も整っているのにパフォーマンスを出していないのなら、社員の責任だ。だとすれば報酬が下がるのだって仕方のないことで、本人だって納得する。

人事権は社長が握れ

 年収に関して本当のことを言えば、自分の年収は自分で決めてほしいと思っている。私自身がそうだったから。「来期はこれだけ(報酬を)上げてください。そのためにこれだけの仕事をして成果を出します」と交渉してきた。全く同じというわけにはいかないが、5年後に望む年収について社員に聞いているのは、その延長線上にある。

 サッカー選手などは自分の報酬について厳しく交渉し、不満があればバンバン移籍する。引き抜きも当たり前だ。どんな職種にしたって同じであるべきだと思う。経営者も社員も、お互いプロ意識をもっと持って、報酬についても交渉していくべきだ。

経営トップが人事に強くコミットできていない企業は少なくありません。

丹下氏:ある大手企業のトップと話をしたところ、その会社では社長がグループ企業のトップ人事ですらコントロールできないと聞いた。考えられないことだ。人事権と人事評価権は絶対に社長が握っておく必要がある。

丹下 大氏[たんげ・まさる]
丹下 大氏[たんげ・まさる]
京都大学大学院を修了後、インクスに入社。コンサル事業を立ち上げ成長させる。2005年、SHIFTを創業。テスト事業を軸に、同社をITサービスの総合企業に育てる。M&A(合併・買収)にも積極的に取り組む。(写真=的野 弘路)

 前期(2024年8月期)の連結決算は増収を確保したものの減益となった。テスト事業で稼働率が一時的に低下したことが原因だ。最近、僕はテスト以外の領域を大きく伸ばすことに力を注いでいた。目を離している間、営業部門とテストを実施するサービス部門の連携がうまく取れなくなっていた。

 そこで営業部門とサービス部門を統合し、担当業界ごとの事業部制にして、それぞれに事業部長を任命した。組織を大きく変えたわけだ。その効果もあって、足元の事業は好調に推移している。

 全体最適を突き詰めるならば、トップが人事権をきちんと発動し、多少強引でも組織を変えなければならない。事業部長への根回しなしにエース級の人材を異動させることだってちゅうちょしない。

 評価にしても最終的にはトップが責任を負うべきだ。そもそも、人が人を完全に正しく評価するなんて絶対に無理だ。だからこそ、最終的にはトップが決めなければならない。その決定に対する不満を受け止めなければならない。

SHIFTは未経験者をエンジニアに育てて成長させ、ソフト開発の「下流」から革命を起こそうとしてきました。ただ最近はプロジェクト規模や事業の幅が拡大したこともあり、大手コンサル出身者などハイクラス人材の確保を強化しています。革命は終わったのですか。

丹下氏:終わっていない。そもそも、プロ人材ばかりを集めて事業をしたいと思っていたら、こんな手のかかる会社なんかつくっていない。さっさとコンサルティングファームでも立ち上げていたはずだ。

(写真=的野 弘路)
(写真=的野 弘路)

 僕が関心を持っているのは1%の天才ではなく、その他大勢の、99%の人たち。全体を底上げしていくことが使命なのだと思っている。

 だから同じエンジニアなのに下請けだからといって格差を容認するような構造や、元請け企業が下請け企業に不遜な態度を取ることには我慢がならなかった。

BPOに新たな勝機

 能力は自分のために使うのではなくて、他者のために使うべきだと思う。仕組みを構築する能力があるとすれば、その能力は多くの人が幸せに暮らす世界の実現に注ぐべきだ。

 それに最後発の我々が既存の大手ITコンサル企業とかITサービス企業と同じような人材を抱え、同じような事業を展開したところで勝てる見込みはない。

 SHIFTを多様な人材が活躍できる場所にすることで、事業の幅は広がった。ありとあらゆる人材を採用した結果、それぞれが自分の能力を生かし、ふさわしい仕事を取ってきてくれた。将棋でいえば、我々は競合が持っている倍の駒で勝負できる。

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 しかも我々はリバースエンジニアリング(分解・解析)ができるという強みもある。これを生かして新しいビジネスを展開する。

新しいビジネスとは何でしょう。

 企業の間接業務を請け負うビジネス・プロセス・アウトソーシング(BPO)だ。日本企業は販売管理費の増加に悩んでいる。経理などバックオフィス部門を中心に、業務効率化に対する需要が一層高まるだろう。

 高い単価を確保できる仕事ではないから、大手ITサービス企業は参入できない。人材会社が展開しているが、彼らが熱意を持って業務知識を蓄えているとも考えにくい。

 我々は効率的な仕組みをつくることを得意としている。業務効率化を実現するツールを開発し、「CAT検定」とか「トップガン」のような制度も整えて素養のある人材を見極め、業務を担当する人材の能力をブーストする仕組みを導入することになるだろう。

 SHIFTはこれまで非エンジニアの人たちをたくさん採用し、彼ら・彼女らに勇気を与えてきた。M&Aにも力を入れ、下請け構造にがんじがらめになっていた企業を後押しした。今度はBPOで経理業務などを担ってきた人材の生産性を高めていきたい。派遣人材など、能力は高いのに正当に評価されてこなかった人たちが、この領域にもいるはずだ。

夢物語を実現する

SHIFTは人工知能(AI)の活用にも力を入れています。テストもBPOも、人の業務がAIに代替されていく恐れはないでしょうか。

丹下氏:元々、研究開発には力を入れてきた。見るだけでシステムの不具合が分かるスマートグラスとか、自分の分身となるロボットとか、様々なプロダクトを開発してきている。AIに対しては懐疑的な部分もあったが、今年に入って潮目は変わった。性能が高いAIが登場している。活用にアクセルを踏むタイミングだ。

SHIFTは様々なプロダクトの研究開発を進めてきた。不具合箇所を推測して示すスマートグラス「スカウター」(左上)、人に代わってテストを実行する自動打鍵器(右上)、丹下社長の分身となるロボット「タンゲロイド」(下)(写真=いずれもSHIFT提供)
SHIFTは様々なプロダクトの研究開発を進めてきた。不具合箇所を推測して示すスマートグラス「スカウター」(左上)、人に代わってテストを実行する自動打鍵器(右上)、丹下社長の分身となるロボット「タンゲロイド」(下)(写真=いずれもSHIFT提供)

 だからAI活用は積極的に進める。当社はAIに読み込ませられる大量のデータを持っている。これを生かし数多くのツールを開発した。最近もAIを活用して人事をはじめ様々な業務を効率化するツールを公開している。

AIを活用し人事の生産性を高める「天才くん for 人事」(画像=SHIFT提供)
AIを活用し人事の生産性を高める「天才くん for 人事」(画像=SHIFT提供)
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 ただし、AIが人を駆逐するとは考えていない。僕はかつて金型の生産を自動化してきたが、最後の仕上げには人の手がどうしても必要だった。AIについても同じだ。最後は人が必ず求められる。

 難しい課題だが、AIに代替されない仕事をつくっていくことは必ずできる。一部の人を除いて、大きく稼ぐことはできないかもしれない。それでも楽しく働いて幸せに暮らしていけるような世界をつくりたい。夢物語に聞こえるかもしれないが、僕は本気でそう思っている。

歓迎イベントで新卒社員と交流する丹下社長(右端)(写真=SHIFT提供)
歓迎イベントで新卒社員と交流する丹下社長(右端)(写真=SHIFT提供)

日経ビジネス電子版 2025年4月16日付の記事を転載]

IT企業でありながら「元警察官だろうがキャバクラだろうが引きこもりだろうが、前職を問わない」採用、「トップガン」と呼ばれる社員の隠れた能力を引き出す仕組み、急成長した社員が稼げば「前年比で600万円の昇給」が当たり前に行われる風土。これらが「上場10年で売上高50倍」という驚異的な数字に結実した。人の能力をとことん引き出し、企業の成長につなげる。丹下社長ら経営陣、そして現場への密着取材で、SHIFTの「究極の人的資本経営」を徹底解剖する。

飯山辰之介著/日経BP/1980円(税込み)