「人的資本経営で際立つ企業を挙げるとすればSHIFTですよ」。識者や専門家のこうした発言をよく耳にしていたことが、『SHIFT解剖 究極の人的資本経営』(飯山辰之介著、日経BP)を執筆するきっかけとなった。同社の戦略に関心を寄せる専門家、識者は少なくない。一橋大学ビジネススクールの名和高司客員教授もSHIFTの経営を高く評価する識者の一人。では名和氏は同社のどこに注目しているのか。話を聞いた。

名和さんはSHIFTには注目していたと伺います。様々な企業の経営戦略に関与し、知見を深めてきた名和さんはSHIFTの経営をどう見ているでしょうか。特筆すべき点があるとすればどこでしょうか。
名和高司・一橋大学ビジネススクール客員教授(以下、名和氏):まず「黄金律」についてお話させてください。企業が成長していくには組織資産を高めていく必要があります。ではどう高めていくか。私はここに黄金律があると思っているのです。
計算式で示すとすれば「組織資産=αβΣ」です。Σは人材の総和を示します。人材は当然、重要ですが、一人ひとりが輝いているだけではダメ。チームとして力を発揮できる組織であることがすごく大事です。これこそ企業の原点であると考えます。ただし、人材の総和を重視するだけでも十分ではない。これだと人が頑張るだけの組織になってしまいますね。

組織資産を高めるにはαとβが必要なんです。αは「ソフトな力」、つまり企業のパーパスとかカルチャーを指し、βは「ハードな力」、仕組みとかアルゴリズムを指します。この2つにΣ(人材の総和)が掛け合わさって組織資産は高まります。
SHIFTの強みは「β」
SHIFTはΣ(人材の総和)、α(ソフトな力)、β(ハードな力)、いずれも優れているから組織資産が高い水準で形成されている、ということでしょうか。
名和氏:そうですが、特に注目すべきはβの部分。仕組み化に秀でており、アルゴリズムを構築するのにたけている点でしょう。人間的に心が動かされる組織があって、ここにβが、仕組み化する力が加わっていること、ここに企業価値に差がつく大きなポイントがあります。
αの部分、つまり「ソフトな力」を打ち立てるのは日本企業が得意とするところなんです。多くの大手企業がパーパスやカルチャー、あるいは「〇〇ウェイ」とか「フィロソフィー」といったものを、宗教かと見まがうほど重視し、繰り返し口にしていますね。
一方でβ(仕組みやアルゴリズム)は日本企業が苦手としている領域です。多くの企業が「阿吽(あうん)の呼吸」で動いてしまう。人材の育成についても「背中を見て覚えろ」というスタンスですね。
SHIFTはどうでしょう。あらゆるものを見える化し、皆が学べるような形にしていますね。私の先生である一橋大学名誉教授(知識経営論)の故・野中郁次郎氏の理論で言えば、「暗黙知の形式知化」を徹底的にやり抜いているわけです。
パーパスとかカルチャーといったソフトな力と仕組みの力、両方をゴリゴリと高めている企業は意外と少ないように感じます。パーパスやカルチャーが重要だという話と、仕組み化の話が分離しているというか……トレードオフになってしまっているような。
名和氏:どちらかに偏りがちなのは事実でしょう。先ほど申し上げたように、特に日本企業の場合はソフトの方に力を入れる傾向が圧倒的に強い。でも両方とも重要なんです。
私は「匠(たくみ)」と「仕組み(しくみ)」という言い方をしていますが、人間的に心を動かされるような組織は「匠」の力が強い。「現場力」と言ってもいいでしょう。これを「仕組み」に落とし込めるかどうか。
ただ仕組み化されたものはまねされやすいから、人はもっと先にいかなくちゃいけない。そして新たに身に付けた「匠の技」をまた仕組みに落とし込み、組織全体に強みを広げていく。このサイクルをどんどん回し続けられるかがポイントです。二律背反ではないのです。このダイナミズムがあってこそ、企業は進化していく。いい会社の共通点はここにあると考えます。
「匠」のブラックボックスを解体して「仕組み」に
SHIFTはこのサイクルを強く意識した経営をしていると思います。「匠」をどんどん伸ばそうというカルチャーがあり、それを仕組みにしていこうという強い志向もある。『SHIFT解剖』を読むと、SHIFTの丹下大社長は「ウエット」と「ドライ」という言い方をしていて、双方を組み合わせることが重要だと話していましたね。ウエットな部分は人間的な、心が動かされるような領域、ドライが仕組みの力と考えると理解しやすいのではないでしょうか。
確かに、SHIFTは匠の領域を分析し、仕組み化することで成長を実現してきたと思います。書籍では「ブラックボックスを解体する」という風に表現しました。ただ仕組み化することを目的にするというよりは、仕組み化できない領域を明確にするために、仕組み化を志向する、そんな姿勢が特徴的だなと感じました。
名和氏:人が先頭に立って匠を深めていき、そして仕組みをどんどん進化させていくことが重要なんです。仕組みはまねしやすいだけに、すぐに陳腐化する。人工知能(AI)の台頭によって仕組み化するハードルも下がっていくでしょう。すぐに仕組みにされちゃうわけです。だとすれば匠もどんどん先へいかないといけない。
私は「守破離(しゅはり)」という言葉が好きなんですが、まず「型を覚える」。そしてそれを新しいところにずらして、また学習を始める。同じ場所に安住していては進化できません。
SHIFTは好例でしょう。まずテスト業務という地味なところ、誰もやりたがらないところからIT(情報技術)の市場に入っていって、どんどん(開発やコンサルなど)目立つところに出ていっている。しかも尋常ではないスピードで。すごいなと思いますよ。
どうすれば「匠」と「仕組み」の好循環を起こすことができるのでしょうか。
名和氏:容易ではないですね。ストレスフルな取り組みですよ。誰だって、慣れ親しんだところからわざわざ出たくはないでしょう。ここは経営陣の、ある種の「剛腕」が求められる部分だと思います。
『SHIFT解剖』にもそんな描写がありましたね。高い成果を出した社員の仕事を「乱暴」に変える。優しいだけの経営ではできないこと。だけど、新しい場所で新しい挑戦を促すことで、結果的に社員も成長する。
「匠」と「仕組み」の好循環は多くの企業が取り組んでいるところ。でも、苦戦しているようにも思います。
名和氏:仕組みやアルゴリズム、それに「型」、どれも大事だと皆さんおっしゃるんだけど、実際にやってきたことは「輸入」なんですよ。いわゆる失われた30年の間、日本企業が何をやっていたかというと、欧米流の新しい経営スタイルを一生懸命学んで、着こなそうとしてきた。
でも残念ながら身に付いてはいない。私は舶来病とか、コスプレ病などと呼んでいますが……。しかもその過程で、日本企業は大事なもの、日本独自の強みのようなものを落としてきてしまったのではないかと危惧しています。たとえば冒頭に申し上げたΣ、人材の総和も日本企業にすごく特徴的な強みだと思うのですが、欧米風(のマネジメントのスタイル)になっちゃって、ここが弱くなってしまったのではないかと。
自分たちならではの強みを生かすことが大切なんだと思います。「自分流」を打ち立てている会社は強いですよ。それに本来、日本は海外からやってきたものを取り入れるのが得意だったはず。自分たちのやり方に、うまくまぶしていける民族ではなかったかと思います。でもバブル崩壊後、自信を喪失してしまって、海外の仕組みを流用する悪い癖がついてしまった。
「SHIFTをダメにするのは簡単だよね」
SHIFTは自分流にこだわっているように感じます。人材戦略にしても、お仕着せの仕組みを嫌い、自分たちなりの仕組みを導入することにこだわっていました。……と、ここまではSHIFTの強みを俯瞰(ふかん)的に分析してもらいましたが、課題についてはどう考えていますか。
名和氏:一つは海外展開でしょう。SHIFTの人材戦略はかなり独特で、日本、あるいは日本人にははまる。では海外ではどうでしょうか。国民性にも配慮した仕組みを導入できるかが重要になるでしょう。難しいけれど可能性はあると思います。
「ウエット」という言葉が象徴するように、SHIFTは結束力とか組織力といった、日本的な強みをすごく大事にしていると思う。それはやりようによっては海外でのマネジメントでも強みになると考えています。
あとはアート志向の人材をいかに増やせるか。AIが台頭する今だからこそ、人文科学系の素養が求められています。AIをうまく使うには相当な人間力が必要です。それはSHIFTの経営陣もよく分かっているでしょう。ただ、アートの素養があるマネジャー層が育っているかというと、ここには課題があると思っています。
個別のスキルが高い人はたくさん登場していますが、求められているのは、こうした人材をうまくオーケストレーションできる人材です。それにはアートの要素が必要なんです。伝える力とか、共感する力を伸ばしていく必要があるでしょう。
最後に「丹下リスク」、あるいは「菅原リスク」があります。創業者である丹下社長や最高人事責任者の菅原要介氏らSHIFTをけん引している経営陣がいなくなったらどうするのか。ある時、菅原さんにはこう話したことがあるんです。「SHIFTをダメにするのは簡単だよね。あなたを引き抜けばいいんだから」と。もちろん冗談ですよ。でも、それだけリスクがあるということです。
ただ『SHIFT解剖』でも「異常」と表現していましたが、丹下社長は、(経営者として)レベルがちょっと突き抜けてしまっている存在です。置き換えるというのは、正直言って相当に難しい。彼らの不在にどう備えるか、ここは大きな課題ですね。後継の問題はまだ先かもしれません。でもいずれ来ますよ。サクセッションプラン(後継者の育成計画)に取り組む必要はあると思います。
[日経ビジネス電子版 2025年12月4日付の記事を転載]
飯山辰之介著/日経BP/1980円(税込み)
