現在の円ドル相場を語るにあたって、ベッセント米財務省官はキーパーソンとなりうる人物。日本経済新聞社ワシントン支局長の河浪氏は、日本メディアとして初めて取材に当たった。プラザ合意から40年の節目に出版された『円ドル戦争40年秘史 なぜ円は最弱通貨になったのか』(河浪武史著、日本経済新聞出版)から、そのときの様子を臨場感たっぷりにお伝えする。
早朝のウィラードホテル
米首都ワシントンにあるペンシルベニア通りは、米連邦議会議事堂とホワイトハウスを結ぶ目抜き通りである。4年に一度、就任式を終えたばかりの米大統領がホワイトハウスまでパレードする「勝利の道」としても知られる。
2025年4月23日、私はペンシルベニア通りに面した名門ホテル「ウィラード・インターコンチネンタル」にいた。地下のボールルームに下りて名前を告げたとき、時刻はまだ午前9時にもなっていなかった。その朝、私は朝5時30分の特急列車に乗り、ニューヨークからワシントンに戻ってきたところだった。
前夜、私はニューヨークのセントラルパークを見下ろす会員制クラブに出向き、米大手投資銀行のボードメンバーと食事しながら金融市場の様子を聞き取った。ウォール街は第2次トランプ政権の発足後、乱高下する相場で大稼ぎしていた。
「金融界はトランプ政権を歓迎している。バイデン民主党政権の終焉(しゅうえん)を何よりも喜んでいるのはウォール街ではないか」。彼はそう言った。同クラブからはプラザホテルがよく見えた。
円相場はその日、1ドル=141円台で終えていた。プラザ合意時(1985年)の名目レート(1ドル=238円)と比較すれば円高と言えるが、実質実効為替レートでみれば99.63から69.51と、この40年間で30%も円安となっていた。米投資銀行の幹部は「我が社のボードメンバーは為替相場を引き続き円安トレンドでみている。もちろんトランプ次第ではあるけれども、日銀は当面、身動きがとれないから日米金利差は埋まらない」と私に話した。
ワシントンの朝は早い。連邦議会議員や政府関係者、ロビイスト、さらにはジャーナリストがホテル内のレストランで朝食をとりながら情報交換するのが常だ。
1850年に開業したウィラードホテルの薄暗いロビーは、政界関係者の情報交換の場であり「ロビイスト」の語源ともなった。胸板の厚さがわかるかっちりしたスーツを身にまとい、自らの活力を誇示するかのような色とりどりのネクタイを締めて早朝から握手を交わす。そんなウィラードの光景は、第2次トランプ政権になっても全く変わらなかった。
ウィラードで私が通されたのは、いくつものボールルームが並ぶ地階でも最も狭い「フィルモア・ルーム」だった。私は25年1月に第79代財務長官に就いたスコット・ベッセントに、何人かの米国ジャーナリストとともに会うことになっていた。
日本メディアに初めて答えるベッセント財務長官
ちょうどその頃、ワシントンでは主要国の財務相と中央銀行総裁が集う20カ国・地域(G20)会議が開かれていた。ベッセントはその機会をつかって一部のジャーナリストと意見交換することにしていた。私は日本メディアを代表して米財務省からその場に招かれた。
10人も座ればすぐに満席になってしまう小部屋に入ると、米系メディアの知人が数人いた。私は彼らと握手を交わして席に座った。
ベッセントが日本メディアの質問に答えるのは、このときが初めてだった。私が彼に必ず聞かなければならなかったのは、通貨「円」の見解についてであった。
ウィラードの小部屋に現れたスコット・ベッセントは、紳士然とした見た目通りの穏やかな口調で我々の質問に答えた。濃紺の仕立てのよいスーツに紺色のストライプのネクタイを締め、ウォール街出身者らしいきめの細かいホワイトシャツを身につけていた。
「あなたは日本との貿易交渉で通貨問題も取り上げると表明しています。具体的な要求は何ですか」
私の問いに対して、ベッセントは少し身構えながらもよどみなくこう答えた。
「我々は日本に対して(通貨については)G7の合意を尊重することを期待しています。これまでも何回か言及してきましたが、我々は貿易交渉で複数の要素に注目しています。関税、非関税貿易障壁、為替操作、それから労働や設備投資への政府補助金です。これらすべてをまとめて交渉することになります」
G7の合意とは、投機的な取引によって相場が無秩序な状態にならない限りは為替介入を控えるというルールである。
「補足で聞きますが、それは日本に対して特定の通貨協定や通貨目標を求めることはない、という意味でしょうか」
「その通りです。通貨目標のようなものではありません」
その後、ほかのジャーナリストとともに中国への制裁関税や日欧などへの相互関税といった質問を投げかけた。その頃、トランプ政権は中国に対して145%という異例の大規模関税を課していた。日本にも自動車に25%という高率関税を課し、ほかの日本製品にも10%の関税をかけていた。驚愕(きょうがく)した首相の石破茂は関税の撤廃を要求してトランプと交渉しようとしていた。ベッセントはトランプから対日交渉の責任者に指名されていた。私がベッセントへの取材の機会を得たのは、その日米交渉が始まった直後だった。
私は会談終了後、小部屋に残ってパソコンを開き、その場でベッセントの発言を記事にして東京に送稿した。
注目されるベッセント氏の姿勢
『ベッセント米財務長官は23日、日本経済新聞に対して関税を巡る日米交渉で「特定の通貨目標を求める考えはない」と述べた。交渉では「関税や非関税障壁、政府補助金など複数の要素に注目している」として、対日貿易赤字の是正を主なテーマに据える考えを示唆した。同氏は日米関税交渉の主導役を務めており、訪米した赤沢亮正経済財政・再生相と16日に会って2国間協議をスタートした。訪米中の加藤勝信財務相と24日にも会談する見通しだ。財務相会談で焦点となる為替政策については、円安・ドル高の直接的な是正を促す通貨目標や通貨協定を求める考えがないことを明らかにした。一方で日本には「主要7カ国(G7)の合意を尊重するよう期待している」と述べ、通貨安誘導を目的とした為替操作には歯止めをかけた』
第47代米大統領のドナルド・トランプは24年11月の選挙で地滑り的な勝利を収めて異例の返り咲きを果たした。強権的な政治手法で知られるトランプだが、市場関係者が注視したのはドル円相場への姿勢だった。トランプは長年にわたって対日貿易赤字を嫌っており、日本の円安誘導にその原因があると批判してきた。第2次トランプ政権の財務長官となったベッセントが円安相場に厳しい姿勢をみせれば、円は途端に急騰しかねなかった。
暗躍したキーパーソンの行動をたどりながら、いまここに至る過程を丁寧に解きほどいた意欲作。米国の厳しい要求は今に始まったことではなかった!
河浪武史著/日本経済新聞出版/2420円(税込)


