巨大な迷路で、大量のチーズを発見した2匹のネズミと2人の小人。ところがある日、チーズが突然消えてしまいます。ネズミと小人はどのような行動をとったのでしょうか。世界的なベストセラー『 チーズはどこへ消えた? 』(スペンサー・ジョンソン著/門田美鈴訳/扶桑社)から学べることを、ボストン コンサルティング グループ(BCG)の森健太郎さんが解説。『 ビジネスの名著を読む〔リーダーシップ編〕 』(日本経済新聞出版)から抜粋。

成功の残像にしがみつく

 『チーズはどこへ消えた?』では、大量にあったチーズが、ある日突然消えてしまいます。新しいチーズを探しに走り出すネズミを横目に、知性が高い小人は事実を受け入れることができず、現状にしがみついてしまうのです。

 大量のチーズを見つけた直後から、その予兆は現れていました。ネズミは大量のチーズをC区画で見つけた後も、それまでの生活と何ら変わることなく、毎朝勤勉に早起きして走ってC区画に通い、その日その日のチーズを楽しんでいました。

 小人たちは寝坊癖がついて、ゆっくり歩いての重役出勤。チーズは毎日そこにあって当然。だって、私が努力して勝ち取った「私のチーズ」なんだから。C区画のそばに引っ越し安住します。

 チーズが消えたその日、小人は現実を受け入れられないばかりか、「オレのチーズを盗ったのは誰だ?」と憤りをあらわにします。新たな現実(変化)にどう対処すべきかという理性より、受け入れたくないという感情が小人を支配します。結局その日は「こんなはずはない。明日になったら戻っているに違いない」と家に帰ります。要は先送りです。

 翌日以降も消えたチーズは現れません。それでも小人は「新たなチーズを探しに迷路に飛び出していって、見つからなかったらどうするのか」と、失敗するリスクを理由にチーズ探しに踏み切れません。「バカなネズミと違って、我々なら必ず現状を打開できる」とC区画にしがみつきます。

 しまいには、「壁の中にチーズが隠されているに違いない」と、一発逆転を狙った根拠のない起死回生策を打ち出し、毎日朝から晩まで壁を削り続けます。そして、痩せ細っていきます。

大量のチーズが消えたとき、ネズミは新しいチーズを探しに走り出したが、小人は現状にしがみついてしまう(写真/shutterstock)
大量のチーズが消えたとき、ネズミは新しいチーズを探しに走り出したが、小人は現状にしがみついてしまう(写真/shutterstock)
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 滑稽に見えますが、個人も企業も一度成功を収めてそこに安住してしまうと、変化を受け入れるのが難しくなるものです。成功すればするほど、その残像にしがみつく自分自身を正当化しようとするのが、人間という生き物なのでしょう。

見たいものしか見えなくなる

 「現実を直視せず、変化を受け入れない」小人の様子は、変化に直面した企業や個人の多くが経験する典型的な反応とも言えましょう。読者の皆さんの周りでも、心当たりがあるのではないでしょうか。

 その際にやっかいなのが、「大きな成功を収めれば収めるほど(手に入れたチーズが大量であればあるほど)、その後の変化に対応することが難しくなる」という点です。

 「失敗は成功のもと」と言いますが、「成功は失敗のもと」「成功は衰退の始まり」といったことも言えるのではないでしょうか。

 ジェームズ・コリンズは著書『 ビジョナリーカンパニー3 衰退の五段階 』(原題How the Mighty Fall/山岡洋一訳/日経BP)で、偉大な企業が衰退に向かうきっかけは「成功から生まれる傲慢」だと論じています。コリンズによると、偉大な企業が衰退する時、次の5つの段階をたどるそうです。

第1段階 成功から生まれる傲慢
第2段階 規律なき拡大路線
第3段階 リスクと問題の否認
第4段階 一発逆転策の追求
第5段階 屈服と凡庸な企業への転落か消滅

 第1段階の「成功から生まれる傲慢」について、コリンズは、こう語ります。以下はその引用です。

 偉大な企業は成功のために現実の厳しさから隔離されうる。勢いがついているので、経営者がまずい決定を下すか、規律を失っても、企業はしばらく前進できる。第1段階がはじまるのは、人々が高慢になり、成功を続けるのは自分たちの当然の権利であるかのように考えるようになり、当初に成功をもたらしてきた真の基礎的要因を見失ったときである。

 (中略)

 成功したときは運と偶然が関与した場合が多いが、運が良かった可能性を認識せず、自分たちの長所と能力を過大評価する人は、傲慢に陥っているのである。

 (中略)

 世界一になれない分野への規律なき進出という傲慢さ。
 卓越性を維持しながら達成できる以上の成長を追求するという形の傲慢さ。
 矛盾しあったデータやみずからの誤りを示す事実を無視して大胆で高リスクの決定を行うという形の傲慢さ。
 外部からの脅威や内部の堕落のために企業が危険な状態になりうる可能性すら否定するという形の傲慢さ。
 そして、とりわけ危険な形の傲慢さとして、傲慢な無視にぶつかる。


 まさに小人の物語そのものですね。

 それゆえに、優れた企業は、いかに成功と現状に満足し安住しないか、いかにして常に変化し続けるか、ということを経営と組織風土の中核に据えているのでしょう。

果物も人間も「熟した途端に腐りだす」

 私が好きな格言を3つほどご紹介します。

「停滞は、後退と同意語。現状維持は停滞であり、停滞は衰退につながる」
「成長が止まって、毎日同じことを繰り返すようになると、官僚化が進む。新しいことに挑戦しているときは、あまりそうならない。トヨタはさまざまな挑戦をしているが、それでも官僚化には気をつけている」(発言は当時の社長の張富士夫氏。若松義人著『トヨタの上司は現場で何を伝えているか』<PHP新書>より抜粋)

 また、イオンの岡田卓也名誉会長は著書『岡田卓也の十章』(商業界)の中で、こう語っています。

「岡田屋には『大黒柱に車をつけよ』という家訓がある。これは『立地の変化に対応せよ』という意味である。同時にこの言葉は『環境変化に対して、企業自体を変革させよ』と教えている。絶えず変革していかなければ企業は永続しない、ということだ」

 岡田屋はジャスコ(社名の由来はJapan United Stores Companyの頭文字)を経て、1989年にラテン語で「永遠」を意味する「イオン」へと社名変更しますが、絶え間ない変革を家訓とする企業がなぜ「永遠」を社名に選んだのか……。「変化こそ普遍」「永遠とは、絶え間ない変革である」という強い決意からでしょう。

 マクドナルドを世界的なチェーンに育て上げたレイ・クロックの言葉も、個人的に好きな言葉の1つです。『 成功はゴミ箱の中に レイ・クロック自伝 』(レイ・クロック、ロバート・アンダーソン著/野地秩嘉監修・構成/野崎稚恵訳/プレジデント社)という本をお読みになった読者も多いかと思います。

 As long as you are green, you are growing. As soon as you are ripe, you start to rot.
(青いうちは成長し続ける。熟した途端に腐りだす)

 読者の皆さん、小さな成功に安住して、守りに入っていませんか?

『チーズはどこへ消えた?』の名言
『チーズはどこへ消えた?』の名言
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