巨大な迷路で、大量のチーズを発見した2匹のネズミと2人の小人。ところがある日、チーズが突然消えてしまいます。ネズミが新しいチーズを探して走り出した一方で、小人はその場に留まります。世界的なベストセラー『 チーズはどこへ消えた? 』(スペンサー・ジョンソン著/門田美鈴訳/扶桑社)から学べることを、ボストン コンサルティング グループ(BCG)の森健太郎さんが解説。『 ビジネスの名著を読む〔リーダーシップ編〕 』(日本経済新聞出版)から抜粋。
まず着手してみる
『チーズはどこへ消えた?』では、C区画に大量にあったチーズが、ある日突然消えてしまいます。何日待っても、消えたチーズは戻って来ません。その間、小人のホーとヘムは一段と痩せ細ってきました。
「チーズはもう戻って来ない」。ある日、ホーは自分の愚かさを悟ります。「状況は変わった。自分も変わらないと、死滅への道をたどる」
「一緒にここで待とうよ」と追いすがるヘムを尻目に、ホーは慣れ親しんだC区画に別れを告げて新たなチーズを探しに迷路へと旅立ちます。正直それほど気が進むわけでもなく、恐怖と不安でいっぱいでしたが、ホーは自分の運命と行動が惰性と恐怖心によって支配されてきたことに気づくのです。「恐れを知らなかったら、自分は何をするだろうか」と自らを奮い立たせます。
ホーが勇気を振り絞って飛び込んでみると、迷路でのチーズ探しは思ったほど悪くありません。最初は見知らぬ一角で恐怖心に押しつぶされそうになることもありますが、走り続けるうちに少しずつ気分も晴れやかになっていきました。将来チーズを手に入れた時の楽しい世界を思い浮かべると、チーズ探しが楽しくなってきます。
「着手半分」といいます。なかなか行動に踏み切れないことが多いなか、「実際に着手したら、仕事は半分終わったも同然」というのは、読者の皆さんも経験があるのではないでしょうか。
チャールズ・デュヒッグは著書『 習慣の力 』(渡会圭子訳/ハヤカワ・ノンフィクション文庫)の中で、示唆に富んだことを述べています。自分(や企業)を変えたい時、一度に変えるのは難しい。ただ、これを変えるとそれが引き金となり他の様々な変革につながる「鍵となる習慣」が存在する。
多くの人にとって、それは体を動かすことなのだそうです。「運動を始めるとその影響が他の部分にも広がる。ストレスが減り、同僚や家族に対して寛容になり、仕事の生産性が上がり、喫煙量が減る」というのです。
難しく考えずに、何かに着手してみてはいかがでしょう。
「決意を新たにする」だけでは意味がない
大前研一さんが、以前こんなことをおっしゃっていて、印象に残っています。人間が変わる方法は3つしかない。1つ目は時間配分を変える、2つ目は住む場所を変える、3つ目は付き合う人を変える、この3要素でしか人間は変わらない。
もっとも無意味なのは、「決意を新たにする」ことだ。かつて決意して何か変わっただろうか。行動を具体的に変えない限り、決意だけでは何も変わらない。
さすが大前さん、面白いことを言いますね。実際に引っ越すかどうかは別にしても、「決意」だけでは人間は変わらないというのは、本当にその通りだなぁとつくづく思います。
「決意したり」自らの課題を「意識したり」するだけではなかなか変わることができないというのは、コンサルタントも同じです。したがって、若手コンサルタントを指導する時は、「環境」や「行動」をどう変えてあげるかを工夫します。具体的な例をいくつかご紹介しましょう。
(1)言われたことしかできない部下には、担当を思い切って絞る
言われたことしかできない部下に対して、「もっとこういうことも考えてみたらどうか」「あれもトライしてみたらどうか」とさらに期待しても、あまり効果はありません。
このような時は、まずはいったん担当を思い切って絞ります。その上で、自分で行動計画を立てて、自分で作業をして、自分でまとめる経験をさせます。そして、ある程度主体的に動けるようになってきたら、任せる範囲を徐々に広げていきます。
そもそもどのくらいの量の仕事を部下に頼むのかを判断する際に、私はプロジェクトマネジャー時代、「3倍ルール」というものを使っていました。「自分がやるとしたら何時間(あるいは何日)かかるかな」と、必要な工数(時間)を読みます。その3倍の余裕を見て部下に頼みます。
2倍だとギリギリで、頼んだこと以上のものは出てきません。少し余裕を持って3倍の時間を与えると、頼んだことを超えた創意工夫が出る余地ができます。1倍(自分と同じ時間)でできる人は、定義により存在しません。そのような人は、既に自分と同じポジションに昇格しているからです。
資料に埋もれず、「なぜ」を突き詰める
(2)分析や思考が浅い部下には、「なぜを1回」を習慣づける
トヨタ自動車では「なぜ」を5回繰り返すといいますが、「なぜなんだろう」ともう一段掘り進めてみることが、分析や思考を深める基本です。具体的には、何かを聞いたら、必ず「1回分解してみる」ことです。例えば、ある事業の売り上げが減少したとしたら、次のような問いについて考えていくのです。
- 市場が縮小したのか、あるいは、自社の市場シェアが下がったのか。
- 販売数量が減ったのか、あるいは、単価が下落したのか。
- 全国まんべんなく減少したのか、あるいは、ある特定の地域で大きく減少したのか。
- すべての商品の売り上げがまんべんなく減少したのか、あるいは、ある特定の商品の売り上げが大きく落ち込んだのか。
部下との会話の中で、こちらからそのような質問をすることで、習慣づけていきます。
(3)まとめるのが苦手な人は、公園に行ってみる
不思議なもので、おもしろい情報を集めるのが得意な人ほど、まとめるのが苦手だったりします。情報収集を経て、いざ「さあ、まとめよう」とパソコンの前に座ると、ついつい「足りない情報」が気になってしまい、グーグル検索を繰り返しては時間切れになってしまったりします。私も駆け出しコンサルタントの頃は、そうでした。
ある先輩からアドバイスをもらって、週末にノートとペンだけを持って(パソコンや携帯は自宅に置いて)、近くの公園へ行ってみました。ベンチに座ってまとめを書こうとすると、いろいろと足りない情報が気になって調べたくなります。でも、公園では調べられません。
しかたがないので、今の時点でわかっている情報をベースに、現時点でのベストのまとめ(案)を書こうともがきます。初めはものすごく不自由で心地悪いのですが、不思議なもので、繰り返しているうちに慣れてくるものです。そのうち、机の上でパソコンを開いたままでもできるようになります(平日だと公園は難しいかもしれませんが……。ぜひ試してみてください)。
パワポは「木を見て森を見ず」になる恐れも
(4)パワポ資料には、必ずまとめの1枚を
パワーポイントのプレゼンテーション資料は、うまい人が作成して説明すると「紙芝居」のように、非常にわかりやすく効果的です。
一方で、気をつけないと各ページの細部の作成に埋没してしまい、「資料全体を通して何を言いたいのか(全体のストーリー)」が、かえってわかりにくくなってしまうものです。きれいなスライドが何枚も並んでいて一見もっともらしく見えるけど、要は何が言いたいのかがよくわからない。
若手コンサルタントが20枚のパワポ資料を作ってきて私に説明しようとする時によくやるのが、資料はいったん横に置いて、「要は何を言いたいのか、資料を使わずに口頭で2、3分で説明させる」という訓練です。口頭での説明がわかりやすい時は、たいていの場合、資料もわかりやすく組み立てられています。そして、逆もまたしかりです。
さらに習慣づけるために、パワポ資料には、極力まとめの1枚を箇条書きの文章で書くことを課しています。一見簡単なようですが実は難しく、「まとめスライドが書けるようになったら、コンサルタントとして一人前(プロジェクトマネジャー昇進も近い)」と昔からよく言われたものです。
(5)自信がない部下には、成功体験をお膳立てしてあげる
これは、本人の努力だけではなかなか乗り越えられません。まず、こちらが本人のいいところや強みを見いだして、ほめてあげることが重要です。
加えて、自信を得るために不可欠なのが成功体験です。ただ、自信がない人は力が足りない場合が多いので、なかなか1人では成功できません。したがって、成功体験を「お膳立て」してあげる必要があります。具体的には、例えば週末に出社して一緒に分析を仕上げてあげたり、手取り足取り一緒にプレゼンテーション資料を作ってあげたりします。
そうやって仕上げた分析やプレゼンがクライアントに評価していただけると、誰でもうれしいものです。もちろん本人は、自分ひとりの力で成し遂げたわけではないとわかっています。
ただ、それでも、うまく行ったことはうれしいもので、自信につながります。そのうち、小さな成功が小さな自信を生み、それがまた次なる成功を生むという好循環につながっていきます。
以上、1つか2つでも、ご参考になるものがあれば幸いです。
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