世界中でベストセラーとなった『 エクセレント・カンパニー 』(トム・ピーターズ、ロバート・ウォータマン著/大前研一訳/英治出版)では、本書が出版された1980年代初めでは珍しく、企業文化の重要性が説かれています。コーン・フェリー・ジャパン前会長の高野研一さんが本書を読み解きます。『 ビジネスの名著を読む〔リーダーシップ編〕 』(日本経済新聞出版)から抜粋。

暗黙のうちに共有する「規範」

 『エクセレント・カンパニー』は、超優良企業になるためには「顧客に密着する」「単純な組織・小さな本社」など8つの基準を満たすことが必要だと指摘します。見逃せないのは、その指摘の前に企業文化の重要性について論じていることです。いまでは、欧米企業でも企業文化の大切さは認識されていますが、本書が出版された1980年代初めは必ずしもそうではありませんでした。

 実際に著者たちは企業文化の重要性を示したときに、同僚のコンサルタントから次のように言われたと書いています。「それは結構だけれど、ちょっとぜいたくというものではないだろうか? 企業というのは、まず金もうけをしなければ、なにもできないよ」。そのエピソードの後で、著者たちは優れた企業文化が収益を生むうえでも欠かせないものであることを次々に例示していくのです。

 企業文化というと、人によっては、社員に同じ価値観を無理やりに強いるようなマイナスのものとして受け取る場合があるかもしれません。実際、著者たちは経営学者のヘンリー・ミンツバーグが、企業文化について「教化」を通じた「社会的同質化」として論じていることに対して、「期待はずれの記述」と指摘しています。

 そのうえで、著者たちは企業文化が「きわめて強い拘束力を持っている企業の中で、もっとも高いレベルの自主性が生まれている」と評価します。企業文化はその会社で働く社員にとっては、全員が暗黙のうちに共有する「規範」です。いちいち就業規則などで定めるものではないことに注目すべきです。

 つまり、企業文化がしっかりしている会社ほど、「ああしろ、こうしろ」と社員の行動を規定する必要が少なくなります。その結果、社員は「自主性」を持って創意工夫できる幅が広がります。それこそが企業文化が強みを生む理由であると同書は指摘します。企業文化の重要性を指摘する先駆けでもあったのです。

現場の声を聞き続けた2人の経営者

 「企業風土は現場にあり」という固い信念をもち、時間があれば現場を訪れ、指導もし、現場の声を聞き続ける──。そんな経営者の例として同書は2人紹介しています。米IBMのトーマス・ワトソン・ジュニア(2代目社長)と米ヒューレット・パッカード(HP)の創業者の1人、ウィリアム・ヒューレットです。

 この2人は、現場、特に工場を歩き回ったことで有名です。日本企業、特にメーカーの経営者も現場を重視することで知られています。

経営者が現場を歩き回ることで、社内外の実情、問題点をリアルタイムに把握できる(写真/shutterstock)
経営者が現場を歩き回ることで、社内外の実情、問題点をリアルタイムに把握できる(写真/shutterstock)
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 トヨタ自動車のカイゼンやカンバン方式は、世界的にも有名ですが、もう1つ、同社の基本哲学になっているのが、現地・現物主義と呼ばれる考え方です。「何事も会議室や机上の議論通りにはいかない」「現場の現実を把握し、実際のものに即して議論し、仕事をしていかなくては、いいものは作れない」という考え方です。

 「現場を歩き回る経営」は、経営者が社内外の実情、問題点を、リアルタイムに把握できるというメリットがあります。ただ情報を集めるだけでなく、その場で打ち手を提案し、現場を鼓舞することもできます。経営者が現場を歩き回るには、体力や精神力も欠かせませんが、それができれば組織の力を素早く高めることにつながります。

超優良企業に共通する企業文化とは

 日本企業にとってはライバルですが、注目されることが多い韓国サムスングループも別の意味での現場主義を取り入れています。その1つは、社員を1年間、特に仕事のノルマを背負うことなく海外に駐在させ、人脈づくりや、その国のマーケットの特徴を、生活を通して学んでもらうことに役立ててもらう制度です。

 海外市場で現地・現物を学ばせる人材育成制度であり、これは1990年代の初めから取り入れていたとされています。果敢に海外市場に挑むサムスンの企業文化を育んだ工夫の1つとして、この制度が貢献しています。

 私は同書が紹介する米プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)、スリーエム(3M)のほか、トヨタ、サムスングループなどはいずれも現在の超優良企業として位置付けることができると考えています。これら企業に共通する文化を1つ挙げるとすれば、「決めた目標をやり切る」ということがいえます。同書がまとめている超優良企業が満たす必要のある8つの基準に追加すべきものとして、特に日本企業に求められます。

『エクセレント・カンパニー』の名言
『エクセレント・カンパニー』の名言
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