地政学リスクの高まりを背景に、防衛産業の重要性に注目が集まりつつある。A.T. カーニーのプラクティス パートナー、崎田隆弘氏は「現在、世界の防衛産業には大きく2つの潮流がある」と語る。書籍『A.T. カーニー 業界別 経営アジェンダ 2025』から抜粋し、インタビュー形式に再構成してお届けする。
装備品の開発コスト・リスクの高まり
現在の防衛産業における特徴や留意点を教えてください。
現代の軍事装備品は、技術の進化に伴い、その複雑性が著しく増しています。最近の装備品は、ステルス技術や電子戦システム、ネットワーク中心戦(ネットワーク・セントリック・ウォー)などの高度な機能を備えており、戦闘機やミサイル防衛システム、通信機器などは、多くの先進技術部品と統合システムから成り立っています。
このような装備品は、高度な戦術運用を可能にする一方で、精密なセンサー技術、データ融合、リアルタイム情報処理が求められるため、開発と維持に専門的な知識と高額な投資が必要です。その結果、コストは大幅に増加しています。例えば、1976年に運用開始されたF-15戦闘機の開発費は約1.3兆円ですが、2016年に運用開始されたF-35ステルス戦闘機の開発費は約6.1兆円を超え、運用維持コストも非常に高額です。
このようなコスト増加は、財政的な影響を大きくし、防衛予算の効率的な配分や長期的な予算計画の重要性を高めています。さらに、長期間の開発スケジュールや予算超過のリスクも存在し、開発の遅延や性能問題が生じる可能性が高くなり、全体的なプロジェクトリスクが増大しています。
世界の防衛産業の潮流(1)自国産業の育成
現在の防衛産業において、世界的にどのような変化が起きているのですか?
現在、多くの国々が自国の防衛産業の育成に力を入れています。これまで先端装備品の開発を牽引してこなかった国々も、自国の発展状況や地政学的リスクを踏まえて、自国防衛の強化を目指すようになっています。例えば、50年前は輸入中心だったスペイン、韓国、トルコといった国も、今は装備品の輸出国になるまでに育ってきています。
もちろん、これまで防衛装備の開発を先導してきた国々、イギリス、フランス、ドイツ、イタリアなども、自国産業の維持に取り組んでいます。アメリカとの連携に依存せず、自国の防衛産業を強化しようとする背景には様々な理由があります。
自国を脅威にさらされるなかで、防衛装備の「装備品改修の自由(Freedom of modification)」と「作戦行動の自由(Freedom of action)」は極めて重要です。「装備品改修の自由」は、軍事技術の進化に迅速に対応するために不可欠です。戦争中に軍事技術が最も進歩し、新技術の導入が戦局に大きな影響を与えることが歴史的に証明されています。
例えば、F-35戦闘機を米国から購入した場合、ハードウエアやソフトウエアへのアクセスが制限され、改修時にはすべてのソフトウエアをロッキード・マーチンに引き渡さなければなりません。これにより、有事の際に迅速な技術対応が困難になる可能性があります。
「作戦行動の自由」も重要です。国産化により装備品や補給品の供給を自国でコントロールすることで、作戦の柔軟性と自由が保たれます。例えば、イラク戦争では、IED(即席爆弾)による脅威が増大し、英国が米国からのMRAP装甲車の供給を要望しましたが、供給遅延が発生しました。この遅延により、英国は不十分な装甲で作戦を行わざるを得なくなりました。
米国にはDPAS(国防優先配分システム)と呼ばれる制度があり、自国の装備品や補給品の供給が優先されるため、同盟国であっても装備品の遅延や不足のリスクがあります。したがって、自国での生産能力を高めることが、作戦行動の自由を維持するために重要であると言えます。
なお、これを可能にし続けるためには経済的に産業基盤を維持する必要があります。国家防衛の装備品生産能力を維持するには、開発人材や製造基盤を常に維持し、“ビジネス”で投資を循環させる必要があります。必ずしも一国の装備品需要のみでそれらを維持し続けられるとも限らず、他国への装備品の輸出を拡大することも併せて視野に入れることが重要であると言えます。
世界の防衛産業の潮流(2)装備品開発の国際協力
前述の装備品開発のコスト・リスクの著しい高まりから、単独での開発が難しくなり、国際間での協力が不可欠となっています。共同開発にはコスト・リスク分散の観点に加え、各国で研究された最先端の技術を結集できること、装備品運用の一体化によるパートナー国間の戦略的な関係性強化を図れること、といった意義もあります。さらには当該国の産業育成に資する意義も忘れてはなりません。
Eurofighter(ユーロファイター)はイギリス、ドイツ、イタリア、スペインの4カ国により戦闘機を共同開発するプロジェクトでした。スペインの航空産業は当時必ずしも技術力が高かったわけではありませんが、本プログラムに参画することを通じて、産業育成を果たしてきました。当時は育成される側であったスペインも、今では一大輸出国にまで成長してきています。実質的には米国主導のプログラムであるF-35の開発においても、共同開発という形態をとっています。
これは参加国からのコスト分担の意義もありますが、それ以上に、複数国での相互運用を想定する中で、各国との戦略的パートナーシップを強化するため、という意義も大きかったように見えます。F-35ではALISやODINと呼ばれるシステムにより全運用国の機体の状況が管理され、部品の相互融通(スペアプーリングと呼ばれています)なども行っています。コンセプトとしては大変面白いものですが、必ずしも稼働率向上にはつながっていないとの指摘もあります。
このように、国際協力下での共同開発や運用はコスト面や能力面のメリットにつながります。さらに、共通の装備品を複数国で運用することはパートナー国間の相互運用性や関係性強化にもダイレクトにつながるのです。
写真/鈴木愛子
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19の業界別のアジェンダについて、各分野を専門とするコンサルタントが解説。幅広い産業で起こっている最新のトレンドをキャッチアップし、様々な業界に通底している経営のメガトレンドを構想する。
A.T. カーニー著/日本経済新聞出版/2200円(税込み)



