2024年5月、成城石井は社長の原昭彦氏が任期満了に伴い退任。コミュニケーション本部本部長代行兼マーケティング部長を務めていた後藤勝基氏が新たに社長に就任した。

会社発行のプレスリリースには、「次代への基盤が整備されたという判断に伴い、国内外の小売業等の各企業で手腕を振るってきた後藤勝基が今回新たに社長に就任することにより、当社の事業をより一層発展させ、更なる事業成長を図っていくものであります」とある。

後藤氏とはどんな人物で、どんなことを考え、どんな取り組みを推し進めているのか。実はメディアによる本格的なインタビューが行われたのは、これが初めてとなった。取材が行われたのは、2025年8月19日。成城石井が、横浜市にある新しい本社に移転した翌週だった。『成城石井はなぜ安くないのに選ばれるのか?(日経ビジネス人文庫)』(上阪徹 著)から一部を抜粋してお届けする。

(写真=鈴木 愛子)
(写真=鈴木 愛子)

実は成城石井のファンの1人だった

この本社オフィスは先週、引っ越しされたばかりだそうですね。横浜を一望できる真新しい高層ビルに新オフィスとは、働く皆さんのモチベーションも大きく上がるのではないでしょうか。

後藤勝基氏(以下、後藤氏):そうだといいんですけどね。やはり、それなりのコストもかかりますから。成城石井という会社のフィロソフィーをご存じの方からすると、ちょっと驚かれるかもしれません。

 ただ、会社の規模や収益性からしても「このくらいのオフィスに入れる会社になっているんだ」ということを従業員にも認識してもらいたい、という思いもあるんです。

2014年に書籍『成城石井はなぜ安くないのに選ばれるのか?』(2025年に文庫化)を出版したときと比べると、店舗数は2倍以上、売上高も2倍以上になっています。従業員も1万人を超える規模です。なんとも質素で驚いたのが前のオフィスでしたが、もう状況は大きく変わったわけですものね。

後藤氏:BCP(事業継続計画)の観点からも早く移転する必要があって、1年以上前から準備はしていたんです。17年前、そのオフィスに移転したときには、まだ規模も小さかったですし、本社にこだわるような余裕はなかった。でも今は、小売業の中でトップクラスの営業利益率を続けてきていますし、その誇りをしっかり働く場所に持ってくるべきだと思いました。

 これは引っ越したときの朝礼で話をしたんですが、前のオフィスの賃料は都内にある小型のお店の賃料とほとんど変わらなかったんです。やはりちょっとバランスがおかしかったな、と。お客様に付加価値を認めていただいて今の成城石井があるわけですから、従業員にもしっかり還元すべきだと考えました。

後藤 勝基(ごとう・かつもと)氏
後藤 勝基(ごとう・かつもと)氏
成城石井代表取締役社長。1972年、東京都生まれ。慶応義塾大学法学部を卒業後、95年に三菱商事入社。英国駐在などを経て、16年、ライフコーポレーションに出向。取締役上席執行役員戦略ビジネス本部長などを歴任。20年、三菱商事リテイル本部戦略企画室室長。24年、成城石井に出向。(写真=鈴木 愛子)

後藤さん自身は、三菱商事でスーパーの経験も豊富で、リテイル本部の戦略企画室の室長も務められていました。2024年3月、成城石井にジョインされたわけですが、成城石井については、どう見ていましたか。

後藤氏:私自身、小売領域が長く、ライフコーポレーションにも出向していて、成城石井は重要なベンチマーク先の1社でした。というか、とても興味があったし、実は成城石井のファンの1人だったんですよね(笑)。

 2011年の三菱商事の子会社、丸の内キャピタルによる買収の際にも、何か一緒にできないかと考えたりもしていましたし、2015年にローソンが買収することになったときにも、三菱商事のローソン主管チームのリーダーとしてサポートするような立場にありました。

 長く成城石井に関わりを持っていたこともあって、どこかのタイミングで成城石井で働いてみたいという気持ちをずっと持っていたんです。

自分の好きなお店で誇りを持って働く

ジョインして改めて、成城石井という会社のどんなところに強さを感じられましたか。

後藤氏:特徴のある商品を提供している唯一無二の存在だと思っていたわけですが、その商品力の強さはすぐに分かりました。同業他社にはないセントラルキッチンという存在もそうですし、直接輸入をしていることもそうです。オリジナル商品から分かるように自分たちで商品をつくる力も持っている。このあたりは、想像していた通りでした。

 一方で、驚いたこともありました。成城石井の経営理念は「食にこだわり、豊かな社会を創造する。」なんですが、これに連なるリード文があって、その一行にこんなフレーズがあるんです。

 「お客様に、食べる喜び、こだわる喜び、会話する喜び、集まる喜び、を提供します」

 会話する喜びを提供する。これには、成城石井のスタッフとお客様とのコミュニケーションも含まれているのだと私は感じました。

 そもそも食品スーパーは、セルフサービスを前提としていて、お客様にできるだけ自分でできることを済ませていただくことによって、最もローコストオペレーションができるんです。

 スタッフに会話をすることを求めるというのは、スーパーマーケットの生産性とはまったく逆のことをしようとしているわけです。これが経営理念のリード文に入ってくるスーパーというのは、なかなかないんじゃないかと思いました。

成城石井の経営理念には、お客様に会話する喜びを提供すると書かれている(写真=鈴木 愛子)</p>
成城石井の経営理念には、お客様に会話する喜びを提供すると書かれている(写真=鈴木 愛子)

そうですよね。

後藤氏:商品力はもちろんあるわけですが、ちゃんとその商品についてお伝えをしている。だからこそ、商品力が発揮できるということです。商品だけではなく、その商品についてお伝えしようとすることが重要だった。それまでは見えていなかった成城石井という企業の風土がここにもあるな、と感じたんです。

 もう一つ驚いたのは、社員にしてもパート従業員にしても、成城石井が好きだという人が多いことです。普通のスーパーだと、なかなかこうはいかないところが少なからずあって、そのため人材の採用は簡単なことではない。

 ところが成城石井は、成城石井が好きな人が多いので、入ったときのモチベーションの高さが違う。さらに、食べるのが好きな人、人と話すのが好きな人を採用しているという話を聞いて、なるほど採用から違うんだな、と知りました。

 企業として最も基本となるところが、日本の小売業の中ではちょっと特異な立場にある、といえるのかもしれないですね。

私も頻繁に成城石井を利用するので、よく分かります。

後藤氏:率直に申し上げてしまいますが、日本の小売業は社会生活を支える重要な産業にもかかわらず、業界全体として地位が高いとはいえないと感じてきました。コロナ禍ではエッセンシャルワーカーといわれたりもしましたが、給与水準も高いわけではなく、業界自身が社会的に低く見られがちなところがある。

 しかし、成城石井で働いている人たちは、自分の好きなお店で誇りを持って働いているという印象がありました。ビジネスモデルの強さもあるけれど、この働くモチベーションの高さが成城石井の大きな強みになっているのではないかと思いました。

 一つ余談を語らせていただくと、成城石井で社員が買い物をすると20%の割引があるんです。いわゆる社員割引のようなものは他のスーパーにもありますが、せいぜい3%くらいだと思います。それが20%なんです。これはとんでもないことで、成城石井の収益力の高さゆえなんですね。

 かつて社長を務めた大久保恒夫さんがこの制度を作ったようですが、すごい仕組みだと思います。そしてこれがまた、採用にもプラスに働く。成城石井の商品を買いたい人には、大きな魅力なわけですから。そして、成城石井が好きな人、食が好きな人、話が好きな人が採用できて、店頭で自分が試した商品についての会話も生まれる。うまくつながっているんです。

成功体験を積み重ねた30年の“弊害”

一方で、成城石井に課題のようなものがあるとするなら、どんな点だと感じましたか。

後藤氏:外から見える成城石井は、ついつい華やかなところにばかり目が向かいますが、やはり中に目を向けると課題は見えてきましたね。それこそ前のオフィスはかなり狭かったし、正直、あまり整理整頓されているとはいえなかった。

 とりわけ前のオフィスに移ったばかりの頃は、成長しなければいけないので、オフィスを気にかけるような余裕はなかったし、そこに考えが及ばなかったのだと思います。それどころではなくて、他にやるべきことがたくさんあった。でも、気がついたら10数年がたち、オフィスにお金をかけていないから、どんどん古くなっていって、ますます残念なことになっていった。

 残念なことになっていると、それが当たり前になってしまう危険があるんです。自分の家だったら、こうはしないでしょう、という状況になってしまっていた。今のオフィスに移転したのは、その解消という意味合いもありました。働きがいが高まったり、働きやすくなったりする環境というのは、やはりとても大事だと思います。

 これは実は現場でも同じでして、バックヤードも狭く、それもあって整理整頓が進んでいるとは思えなかった。こちらは今後、取り組みを進めていきます。

 あともう一つ、1000億円を超える売上高になるまで成功体験を積み重ねた30年だったと思うんですね。だからこそ、失敗できない、失敗が許されないという空気があるな、という印象を持ちました。成功してきた先輩たちがたくさんいて、失敗についてもよく分かっている。だから、失敗する前にストップしてしまう。こうなると、新しいチャレンジがなかなかやりにくいわけです。

成城石井 成城店(写真=鈴木 愛子)
成城石井 成城店(写真=鈴木 愛子)

成城石井が大きく成長した30年は、日本経済の「失われた30年」と重なります。この状況の中での成長ですから、それはやはり大きな自信にもなっていたわけですよね。

後藤氏:自分たちのお客様のコミュニティに対して、自分たちが正しいと考えたことをやってきたわけですが、これがまわりのスーパーとまるで違っていたんです。それが結果として良かったわけですね。あえて違うことをしようとしたわけではないとは思いますが、他にはない、他社とは違うことに取り組んだ。

 スーパー業界は、価格もそうですが、まわりをまねしようとしてしまうところがあるんです。でも、成城石井はまわりと比べるのではなく、どんなお客様にどんなものを提供するのか、ということだけを考えてきたんだと思うんです。

 そのプロセスでは、失敗もたくさんあったはずです。でも、あまりにも仕組みができあがってしまったこともあって、次の新しいチャレンジがなかなかしづらい雰囲気になってしまったのかな、と感じました。

日経ビジネス電子版 2025年10月3日付の記事を転載]

エキナカ続々出店! 「近くにできて良かった。ありがとう」といわれ、愛されるスーパー、成城石井。モノの値段が上がり続ける今こそ知りたい、「お客に支持される付加価値」をつくる仕組みを明かす。取締役社長からバイヤー、現場のスタッフまで徹底取材。他業種・他業態でも参考になる一冊!

上阪徹著/日経BP/990円(税込み)