2024年5月に成城石井の代表取締役社長に就任した後藤勝基氏。その後藤氏の初となるインタビューを2025年8月に行った。前回(参照:成城石井のセントラルキッチン コンビニ工場の数十倍の品種をつくる)、成城石井の強みである多品種のオリジナル商品の展開などについて聞いた。今回は、顧客体験や従業員体験の向上や、今後の海外展開などについて聞く。『成城石井はなぜ安くないのに選ばれるのか?(日経ビジネス人文庫)』(上阪徹 著)から一部を抜粋してお届けする。

従業員の満足度アップが顧客満足につながる
社長就任後、全店舗を回っておられた、と聞いています。また、若い社員の離職率が大きく下がった、とも。
後藤氏:これは社長になる前からやっていましたし、もう当然のことだと思います。お店に行って社員に声をかける。顔を覚えてもらうところからのスタートだと思っていましたから。気を付けているのは、明るい顔で向かうことでしょうか。
なんでも話してもらえるとは思っていません。ネガティブなことを言うのは、簡単ではないでしょうから。店長だって、そうですよね。ただ、もっと早く言ってくれていれば、ということも起きうるのが組織です。
経験を積めば、そういうことも分かるようになっていくのかもしれませんが、逆に勘違いはしてはいけないな、とも思っています。分かったような気にならない。実際、いろんな気づきをもらっています。
離職率の高まり、特に若い人が辞めていくことについては、会社全体で危機感があったんです。コロナ禍でのコミュニケーション不足も大きかったんだと思いますが、やっぱりしっかりケアをしないといけない。それを現場のみなさんが意識してくださったからだと思っています。
現場での取り組みでは、いくつかのキーワードを挙げられています。
後藤氏:成城石井はかつてCS(顧客満足)という言葉を強調していたんですが、CX(顧客体験)という言葉に置き換えましょう、とメッセージを出しています。顧客体験とは何ですか、と問われて、みんなで考えてください、とムチャ振りをしているんですが。
成城石井らしさに強みがある中で、一人ひとりがお客様にこれまで以上にしっかり向くということを考えてもらうきっかけにしたかったんです。そうすることによって、顧客満足度はさらに高まっていくはずだ、と。

覆面調査は「家で食べるところまで」
後藤氏:実際、お客様と成城石井の関わりは販売時点だけではないんですね。顧客体験という視点でお客様からフィードバックをもらうことで、これまで見えなかったことが見えてくる可能性がある。
もちろんお客様の声を集めているわけですが、その声というのは、もしかしたら本当にごく一部かもしれない。ものすごく声の大きな人だけからしか聞いていなくて、大多数の声は聞こえていないのかもしれない。
基本的に日本人は物静かですから、本当の声をどう拾い上げていくのかは極めて大切なことになるんです。その意味でも、顧客体験という視点を持つことで新しい見方が得られるかもしれないと考えています。
その方法の一つとして、ミステリーショッパー(覆面調査)のやり方を少し変えました。お店でのお客様との接点だけでなく、その後、お客様が家に買って帰った成城石井の商品をどう食べているのか、というところまでをストーリーにして見えるようにしてほしい、とお願いしたんです。
ミステリーショッパーは、もともと成城石井で買い物をしたい人に委ねられているんですね。実際に買い物をしてもらって、家でも食べてもらっていますから、どうだったか、というところまでをリポートしてもらうようになりました。
ちょっとずつ調査結果が上がってきているところですが、これを店舗や商品部、セントラルキッチンの担当者にも見てもらっています。「自分たちが作ったり、売ったりしたものが、どんなふうに食卓で食べられているのかが分かった」と従業員からは、とても好評です。
今後は、こんな意見があったから、こんな商品開発をしないといけない、みたいなところにつながってくるといいですが、まずはお客様に喜んでいただいていることを共有するだけでも、従業員のモチベーションは上がります。
従業員の満足度を高めることは、顧客満足の高まりにもつながりますね。
後藤氏:はい。お客様の満足度を高めるには、従業員自身の満足度が必要です。自分が働きがいを感じていないとお客様のほうを向くことは難しい。そこで、EX(従業員体験)という言葉も発信しています。
従業員の満足度を上げるために店長は何をしなければいけないのか。それを考えてほしい、と。店長は従業員の課題を解決するのが仕事。そして従業員はお客様の課題を解決するのが仕事。これを循環させていくことで、良い顧客体験を増やし、お客様に成城石井のファンになっていただく。
また、働きがいを高めるためには、人事評価制度も変える必要があると考えています。よりオープンでフラットな組織にするためにも、評価をオープンにフィードバックしてあげて、育成、成長してもらうという流れを作りたいんです。
新しい本社のオフィスも、仕切りのないフロアに100以上の席がずらりと並んでいます。フラットでオープンにすることで、コミュニケーションが増えることを期待しています。もっとも、前のオフィスに比べると、あまりに大きくてオープンになったので、まだみんな戸惑っているようですが(笑)。

長期的な視点を持つことが自分の役割
店頭での商品の見せ方も、実は後藤さんが社長になってから変わってきているところがありますね。めん博、韓国グルメフェア、カレーフェアなど、フェアの取り組みが定期的に行われている印象があります。
後藤氏:前社長の原昭彦さんの時代にはなかったことで、自分がやれることがあるなら、やはりそれはやらないといけないな、という思いがあるんです。商品本部、製造本部、店舗運営本部、そしてコミュニケーション本部がベクトルを合わせて、お店に、お客様に伝えていく、という取り組みもその一つです。
あちこちにいろんな意見やアイデアがあってバラバラに出していくのではなく、ちゃんとワンチームにして、ワンボイスでお店がお客様に提供していくような流れを作っていく。分かりやすいのがフェアで、1年前から計画を立て、数カ月前から具体的に準備を始めて商品化して、それを店頭に送り出し、PDCAを回して結果を精査していくようにしています。
2025年の3月から店頭で始まりましたが、これがいい感じで回っています。かつてもフェアはあったんですが、計画的なものというより、輸入のタイミングに合わせたり、できた商品に合わせたり、という単発的なものが多かった。
年間でスケジュールを組み、計画的にやれば、しっかり準備もできます。お店もそのつもりで準備できるし、販促も早くから用意ができるし、コミュニケーションの部隊はメディアにもしっかり伝えられる。計画的にすることで、お客様にしっかり伝えられるフェアにできるんです。
一方で、この書籍『成城石井はなぜ安くないのに選ばれるのか?(日経ビジネス人文庫)』で紹介している本部が推奨する約130アイテム、セントラルキッチンの重点商品「CK30」は変わらずやっています。その上で、定期的に何かが行われていく、ということが、お客様との接点という意味でもプラスになる、と思っています。
社長になって1年が過ぎましたが、どんな手応えをお感じですか。
後藤氏:有料会員プログラムの「成城石井メンバーシップ」もそうですし、フェアもそうですし、セントラルキッチンの改善活動もそうですが、動き出しているところを見てみると、やはり動いた分だけ何かが変わっているというところは感じていますね。一方で、まだまだやれていないところもありますし、時間がかかるものもある。システムを変えるとか、人事評価を変えていくというのもそうです。
もうちょっと早く前向きな新しいチャレンジができるかな、と思っていましたが、やはり準備だったり、土台作り、基盤作りに1年くらいはかかっていますし、組織風土づくりはやり続けないといけない。やり続けながら、新しいチャレンジにも取り組んでいかないと、という思いです。
それでも社長になった最初の年から、過去最高益を塗り替えました。
後藤氏:ずっと過去最高益を続けてきた会社なんですよ。経営者としては当然、きちんと利益が出ていることには手応えがありますし、お客様に求められている商品を出せていて良かったかなとは思いますが、やはり持続性も大事になります。
単年度の数字を気にして、それこそずっと右肩上がりだったので、前の年の数字を超えることがすべてみたいになって、中長期的な視点を失ってしまうのは危ない。ちょうど2027年に成城石井は創業100周年を迎えることになるわけですが、やはり長期的な視点を持つことが自分の役割としては大事なのではないか、と改めて思っています。

成城石井がどうありたいかを皆で考えたい
今では北は仙台、西は広島まで出店エリアは広がりました。今後はどのような取り組みを考えていますか。
後藤氏:成城石井の成長の一つのドライバーになっていたのは、やはり出店です。今後も、エリアを広げてお店を増やしていく。これは当然、変わらずやっていくべきことですが、同時に既存店にも目を向けていきたいと考えています。
220店舗を超えるスケールになって、古くなってきている既存店もある。その改装を進めていく。これまでは新規出店で、どうしても既存店のフォローまでは手が回らなかったので、今後はしっかりと既存店にも投資をしていきたい。
2024年、大阪に物流センターを作ったことで、中国エリアまで出店が広がりました。今後は、セントラルキッチンの商品がさらに西のほうまでしっかり届くような、新たな拠点を作らなければいけないという課題もあります。
あと、自分のミッションとして、海外展開へのチャレンジがあります。私自身、三菱商事時代に海外の経験がありますし、成城石井は日本から海外に出ていける可能性のある数少ない食品小売りの一つだと思っています。
日本から世界に「おいしい」を届けたい、というのは社長就任時に成城石井の今後についてディスカッションしたとき、従業員からも出てきたことでした。若い人たちのチャレンジという意味でも、先輩方がやってこなかったことに挑めるという魅力がある。
日本から商品を持っていくということになれば、輸入規制に対応しなければなりませんから、それがやりやすい国、というところになるでしょうか。また食文化があまりに違うところは、やはり難しい。 現在、会長を務めているローソンの竹増貞信社長からは、「パリのシャンゼリゼ通りに」と言われています。驚きましたが、可否はさておき、成城石井というのはそういうポジションなんじゃないか、ということが言いたかったんだと思います。世界のブランドになるべきなんじゃないか、と。実際、そのポテンシャルは十分にあると思っているんです。
海外は大いにポテンシャルがあると思います。最後に、どんな成城石井の未来を、また自身の仕事を考えていますか。
後藤氏:リニアな成長ということでいうと、2000億円、3000億円規模になっても、しっかり成長できるような体制を作っていかないといけないですね。経営基盤という言い方になりますけど、システムもそうですし、教育もそうですし、人事制度もそう。会社の成長と従業員の成長・幸せがリンクする会社を作っていくのが、自分の仕事だと思っています。
これからどうなるかについては、それこそ今、100周年に向けてのプロジェクトで、みんなで考えていこう、という企画に取り組もうとしているところです。誰かが決めるというのではなく、もちろん私も参加しますが、どうなりたいのかをみんなで議論して、どんな考えが出てくるのか、見てみたいと思っているんです。
戦略的には、出店だったり、海外だったり、食にこだわるところへのM&Aもあるかもしれませんが、成長して成城石井がどうありたいかというのは、働いている人たちみんなで自分たちの言葉にできたらいいな、と思っています。
本日はありがとうございました。
[日経ビジネス電子版 2025年10月9日付の記事を転載]
上阪徹著/日経BP/990円(税込み)
