人工知能(AI)をはじめ、技術が急速に発展する現在。「AIに職を奪われそう」「子どもが大きくなったら世界はどうなっているのだろう」などと、未来に不安を覚えることはありませんか。そんな不安を吹き飛ばす書籍『東大教授の超未来予測』(瀧口友里奈編著)から、人類の長年の夢である不老長寿が現実になりつつある現状について抜粋してご紹介します。語り手は東京大学副学長の染谷隆夫氏、東京大学大学院工学系研究科教授の松尾豊氏、東京大学大学院理学系研究科教授の濡木理氏の3人です。経済キャスターの瀧口友里奈氏と東京大学大学院工学系研究科特任准教授でティアフォー代表取締役CEO(最高経営責任者)の加藤真平氏が聞き手でお届けします。
あらゆる病気がゲノム編集で治せる?
瀧口友里奈氏(経済キャスター。以下、瀧口) 濡木先生からいただいたキーワードは、「すべての病気はゲノム編集で解決できるようになる?」ということなんですが。
濡木理氏(東京大学大学院理学系研究科教授。以下、濡木) 生き物はすべてゲノムの通りに生きて、ゲノムの通りに死ぬようなものなので、どの部分が病気になって、どう亡くなるかは、ほぼゲノムに書かれていると考えられます。ゲノム編集は台本であるゲノムを好きなように変えたり直したりできるので、完全に根幹治療ができることになります。
東京大学大学院 理学系研究科 教授
[研究分野]構造生物化学、生物物理学
瀧口 そんなにゲノムに書かれたことに忠実に我々は生きていくんでしょうか。そもそもゲノムとはどういうものかをもう少し伺いたいんですが。
濡木 ゲノムの化学物質はDNAです。我々の細胞それぞれに核が1個あって、核の中に染色体という形でゲノムが入っています。ただ、ゲノムと遺伝子はイコールではなく、ゲノムの3%ぐらいが将来タンパク質になります。残りのうち7割は要らないわけではなくて、RNAにはなるけれど、その先タンパク質にはならない。RNAが何をやっているのかは、まだあまりよく分かっていないのですが、人あるいは生物が生きていく上でタンパク質とRNAが一緒に働くのは非常に大事です。
病気の原因は遺伝子の間違い、あるいは、遺伝子の発現がおかしくなることにあるので、RNAなどの働きが解明されて、原因部分を調節したりして治せるようになれば、病気が治るんですね。
瀧口 がん治療、不妊治療とか、今までなかなか難しいと思われていた病気やそのほかのことにもこれは応用できるのでしょうか。
濡木 そうですね。やりやすいのはがんです。白血球の受容体(レセプター)はタンパク質なので、これをつくり替えることによって、がん細胞を目がけて突進していって食べてくれるんですね。それでいろんながんが治っています。一番成績が良いのは白血病で、今は8〜9割が治るようになっています。それ以外にも肉腫などの固形のがんも結構治ります。
加藤真平氏(東京大学大学院工学系研究科特任准教授。以下、加藤) 理論上は、あらゆる病気をゲノム編集で治すことができるということですか。
濡木 そうですね。本当に遺伝子なりゲノムの塩基配列なりが間違っているために起こる病気ももちろんありますが、病気を治すのに一番大事なのは免疫だと思います。
人は1日に何百ものがん細胞ができているわけですが、それでも人ががんにならないのは白血球やT細胞が食べてくれているわけなんですね。たとえば、新型コロナウイルス感染症が拡大した際に如実に表れたのは、感染しても発症しない人と発症する人がいたことです。発症しない人はおそらく親子でずっと発症しない。やはり遺伝的なものがあり、それは免疫の力なんですね。免疫力を高める力が、あるいは生まれながらにして遺伝的に免疫が強い人はかからない。
加藤 なるほど。たとえばがんみたいなものはRNAの遺伝子の配列がおかしくなったものだから治せる。そうではない菌が混じったときでも、免疫を高めるようにRNAや遺伝子の配列を組み換えれば免疫が働くので、結果として病気になりにくいということですか。
濡木 そうです。結局、人間の寿命を左右するものは免疫なのかなと思うんです。それをゲノム編集で活性化できるわけです。
加藤 だいたい皆さんが次に思うのが、どうやってゲノムを編集するのか。よく聞くのは、クリスパー・キャスナインという手法でしたっけ。この技術の特許は全部アメリカに取られているので、ゲノムを治せば治すほどアメリカがもうかると聞いています。
濡木 そうですね。
自分のゲノムを知って早期診断するのがカギ
瀧口 私たちはそもそも自分たちのゲノムを知らないじゃないですか。そこがもっと身近になる世界になっていくのでしょうか。
濡木 そうですね。今はもう2日で細胞中の全ゲノムを読めますから。
瀧口 2日で、ですか。ゲノムで何でも分かるのであれば、たとえば寿命も分かるんですか。
濡木 何歳の何月に死ぬことまでは分からないと思います。ただ、どういう病気でどうなるかはもっと知見が集まって、それこそ松尾先生ではないですが何年か後にはビッグデータを学習することによって分かってきます。うちのおばあさんが亡くなった病気で、うちの母も、亡くなってはいないんですけど、いつも危なくなるんです。やはりゲノムに重篤な致命的な病気リスクが書き込まれている気がします。
瀧口 松尾先生、このゲノム編集とAIは相性が良さそうかなと思ったりするのですが。
松尾豊氏(東京大学大学院工学系研究科教授。以下、松尾) その前に、「すべての病気が治る」とおっしゃったのでちょっと反論してみたいですね。さすがにすべてじゃないでしょう、と。たとえば、すごく進行すれば治療が難しい場合もありますよね。
東京大学大学院 工学系研究科 教授
[研究分野]人工知能
濡木 さすがにかなり手遅れになってしまったら、治すのは難しいのですが、その最後の最後が免疫で決まると思っています。免疫療法というか免疫を活性化することで、たまたま治ることもあったと思うんです。
松尾 たとえば、血管がすでにボロボロになっていると、厳しいですか。
濡木 やはり早い診断があれば、ということになります。それは染谷先生の領域ですね。
瀧口 生体センサーで、未病(病気の前段階)で防ぐということですね。
染谷隆夫氏(東京大学大学院工学系研究科教授、東京大学執行役・副学長。以下、染谷) 私自身は皮膚に直接密着させるセンサーの研究をしていますが、その究極的な目標は微妙な変化を見逃さないこと。つまり、不調であることが顕在化して、自分でも明らかにおかしいという自覚症状があって、病院に行って診断して、「これは本当に病気ですね」となる前に気づけるようにする。
濡木先生がおっしゃっていたように、早めに見つかると、いろいろ手の打ちようがある。血管がボロボロになってしまった場合あるいは脳細胞のように一度壊れてしまうとなかなか治らない場合には、早めに見つけ出すことが重要ですので、そういうものに貢献できるセンサーの開発を目指しています。
東京大学大学院 工学系研究科 教授、東京大学執行役・副学長
[研究分野]半導体デバイス工学、有機エレクトロニクス
若返るサプリが販売目前
瀧口 続いてのテーマ「人間は老化しなくなる」は濡木先生からいただきました。
濡木 アンチエイジングの研究が世界中ですごい盛んになっています。老化を止める、抑制する、あるいは、ちょっと若返らせるにはどうすればいいかという研究ですが、イーロン・マスクさんが150億円の懸賞金をかけたりと、いろんなレースが始まっています。
人は老化すると、オートファジー(自食作用)がだんだん不活性化していきます。オートファジーは、要らないものを全部分解して核酸やアミノ酸にしてくれるものです。それが働かなくなると、要らないものがどんどん増えて、がん化したり、神経変性疾患のアルツハイマー病とかを引き起こしたりして、結局、それが老化につながる。不活性化する因子は年とともに増えていきますが、不活性化するものを不活性化すれば、元に戻って老化しなくなるのではないかというアイデアで研究されています。
瀧口 人間が老化しなくなったら、何歳くらいまで生きられるようになるんでしょうか。
濡木 アメリカでは一応「350歳」とか言われています。テロメア(染色体末端領域)の長さから50回程度しかDNA複製できないことを考えると、どのぐらい延びるのか分かりませんが、150歳や200歳まではいくのかなと思っています。
瀧口 健康寿命を延ばしたい方は「これをすればいい」というようなものはあるのでしょうか。
加藤 健康寿命は今この瞬間にそもそも延びているものなんですか。
濡木 健康寿命も寿命と同時に延びてはいると思います。アメリカはがんで亡くなることがすごく減っているんですね。日本はまだ増えていますが。その原因は食べ物にあると言ってましたが、実はみんなが検査を受けるようになって、早めにがんが見つかるのと、治療法も改善したのが効いているらしくて。そういう人間の力で延ばしているところもありますが、細胞とか分子のレベルでも延ばせるようになると思うんですね。原因が分かってきていますので。
僕が今サポートしているベンチャーは老化遺伝子を2つぐらい見つけていますが、一方で植物由来のエクソソーム(細胞が放出する微粒子)にも注目しています。最近、動物由来のエクソソームは細胞培養物が混ざったり、ウイルス感染したり、成長因子が入っていてがんがすごく進行したりして危ないと言われています。
植物のエクソソームは野菜を食べているようなものなので、悪い影響はあまりないんです。実際にマウス実験で老化を促進させるリスクファクターがすごく改善されています。先ほどの老化遺伝子2つを制御したのと同程度で、エクソソームを経口投与するだけで老化が抑えられたりするんです。その先生は数年実験してそういう結果が出ているので、半年後ぐらいにサプリができそうな流れになっています。
瀧口 植物のエクソソームに注目していればいいですか。
濡木 はい。世界中のエクソソームの会社がもう動物から植物に舵(かじ)を切っているみたいです。それについて宣伝をしたら、あちこちから投資が集まっているみたいで、うらやましい限りなんですが。
松尾 純粋に濡木先生の飲んでいるサプリの名前を知りたいです(笑)。
濡木 名前はまだついていないのですが、うちの奥さんも飲んでいて、歩くのが速くなった。昔は僕のほうが速かったのですが、今はどんどん追い抜かれてしまうんです。元気になりすぎて、僕としてはいろいろやり込められるので、ちょっと困っています(笑)。僕自身も血圧が下がって、肝機能が良くなっています。
松尾 もうそのサプリは販売されているんですか。
濡木 いや、まだです。
瀧口 飲みたいですよね。
松尾 体が元気なままというのはいいんですが、頭の老化はどうなんですか。
濡木 オートファジーを活性化することで、たとえば、アルツハイマーみたいな神経変性疾患も改善されるので、そういう意味では、脳の異常とかは改善されると思います。あとは、ニューロンがどうなっていくか、ですね。
松尾 若いときは新しいことをどんどん覚えられますが、年をとるとだんだん覚えられなくなる。
濡木 それもニューロンがどれだけアクティブにお互いの神経回路をつくっていける能力を回復するのかという問題ですよね。ただ、それもオートファジーや根幹の細胞再生みたいなことなので、おそらく老化対策でそこにも良い影響は出ると思うんですよね。
イーロン・マスクさんは「免疫、筋肉、それから認知機能が10歳若返ったら、150億円を与える」と言っているので、重要なのはこの3つなんですね。
瀧口 その中に脳神経も入っているわけですね。体だけじゃなくて、頭もずっと生き生きしていたいので、それは大事ですよね。

瀧口友里奈編著/日本経済新聞出版/1980円(税込み)
