人工知能(AI)をはじめ、技術が急速に発展する現在。「AIに職を奪われそう」「子どもが大きくなったら世界はどうなっているのだろう」などと、未来に不安を覚えることはありませんか。そんな不安を吹き飛ばす書籍『東大教授の超未来予測』(瀧口友里奈編著)から、ビジネスで成功するための経営の仕方、組織のあり方、発明方法について抜粋してご紹介します。語り手は東京大学副学長の染谷隆夫氏、東京大学大学院工学系研究科教授の松尾豊氏、東京大学大学院理学系研究科教授の濡木理氏の3人です。経済キャスターの瀧口友里奈氏と東京大学大学院工学系研究科特任准教授でティアフォー代表取締役CEO(最高経営責任者)の加藤真平氏が聞き手でお届けします。
イーロン・マスクはどこが日本的なのか
瀧口友里奈氏(経済キャスター。以下、瀧口) 今回のテーマは「イーロン・マスクは日本的である」。こちらは松尾先生から出てきた一言ですが、いかがでしょう。
松尾豊氏(東京大学大学院工学系研究科教授。以下、松尾) イーロン・マスクさんってテスラやスペースX(SpaceX)もそうですし、X(旧Twitter)を買ったり、ニューラリンクをやっていたり、すごくいろんなことをやられています。本(『 イーロン・マスク(上)(下) 』ウォルター・アイザックソン著/井口耕二訳/文藝春秋/2023年)を読むと、イーロン・マスクさん自身も非常に日本好きですし、メンタリティとしてもすごく古き良き日本人っぽい。
要するに技術が世界を変えると信じていて、工場に寝泊まりしてものづくりをしたりするんですよね。トップに工場で寝泊まりされると、部下も働かざるを得なくなる。そんな感じで「とにかく突破するんだ」と言って何とか突破して、何度も破産しかけながら乗り越えていった。ああいう方が日本の中からも、もっと出てこないといけないと思いました。すごい方です。
東京大学大学院 工学系研究科 教授
[研究分野]人工知能
瀧口 日本的であるというのは、自動車や家電など、これまでの日本の経済成長を牽引(けんいん)してきた企業がまさにやっていたことを、イーロン・マスクさんがやっているということですか。
松尾 そうですね。だから、ビジネスがうまいというよりは、本当に技術をすごく信じている。めちゃくちゃ技術オタクで、実現することへの熱意がすごいんですよね。
加藤真平氏(東京大学大学院工学系研究科特任准教授。以下、加藤) 経営は英語では「management」ですよね。日本語で言うと「いかに管理するか」。だから、経営と言うときに、欧米の人たちはどちらかというと、管理する発想が強くなる。だけど、仏教に詳しい人はご存じだと思いますが、経営という漢字の「経」は縦糸という意味です。織物をするときには、縦の糸と横の糸と。中島みゆきさんみたいな。
瀧口 頭の中で中島みゆきさんの歌「糸」が流れてきました(笑)。
加藤 どういうことかというと、縦糸は絶対に変わらないんです。横の糸は自由に変えていい。経営というのは、まず縦糸を通して、横糸は自由にやろうという。仏教のアプローチでやっている人は経営をそういうふうに考えていて、そうじゃない人はしっかり管理していく。
たぶんイーロン・マスクさんは明らかに「エネルギー問題を解くんだ」という縦糸がボンと通っていて、かなりいろんな挑戦を横糸でしている。日本人というか、仏教徒っぽい考えなんだと、僕も思います。
瀧口 なるほど。そこに日本的な部分を感じるんですね。
濡木理氏(東京大学大学院理学系研究科教授。以下、濡木) 信念がしっかりしているということですよね。
東京大学大学院 理学系研究科 教授
[研究分野]構造生物化学、生物物理学
とがった人を潰さない組織とは
瀧口 イーロン・マスクさんに日本的な側面があるというお話の中で、「だったら、日本からもそういった企業は生まれるはずで、今は何が違うのか」という部分についてはいかがでしょうか。
松尾 その通りで、日本からも生まれるはずなんですが。イーロン・マスクさんはアメリカ社会の中でギリギリ許されている人で、かなり危ない感じというか、何回も失敗して今に至っている。日本の中ではとがったことをすると潰されちゃう場合が多い。できるだけ潰されないように保護して、ちゃんと伸ばしてあげることが大事だと思います。
加藤 なんとなく2種類の人間がいると思います。たぶん松尾先生やイーロン・マスクさんのように、「あの人はどうせ変わっているから、仕方ない」と、みんながあまりワーワー言わないタイプ。もう1種類は、圧倒的にいい人キャラを押し通す。「めっちゃいい奴だから、いいんじゃない」と。どちらかというと、僕はそっちですが。この中間があまりない気がしています。
濡木 僕もとがっているので、すごく足を引っ張られるんです。昔はとがっていなかったのですけどね(笑)。それでよく言われるのは「濡木さんはシンパ(支持者)とアンチ(反対者)がすごく極端だ」と。
松尾 へえ、そうなんですか。
濡木 すごく足を引っ張られて大変ですよ。日本がそうなっちゃったのは、男性に偏りすぎたのかなって思うんですよね。
瀧口 確かに、男性、女性ではないかもしれないですが、同質性が高いと足を引っ張りがちというか、比較しちゃう。多様性があると別に比較の対象ではなくなるので、比較する軸がなくなる。それが大事かなと思います。
染谷隆夫氏(東京大学大学院工学系研究科教授、東京大学執行役・副学長。以下、染谷) 瀧口さんがおっしゃるように、多様性は非常に重要だと思います。同質性の高い組織ではやはりみんな同じ考えになってしまうので、そういうところに人と違う考えを持ってくる人こそが貴重です。今後は人と違う考えをうまく取り込もうとする組織が生き残っていくんだろうと思います。
東京大学大学院 工学系研究科 教授、東京大学執行役・副学長
[研究分野]半導体デバイス工学、有機エレクトロニクス
東大は本質的に多様性が低い?
加藤 でも、東大って本質的に多様性の高い状態になるのは難しくないですか。各先生方は基本的にその業界のトップであるという自負がある状態です。この時点でかなり同質的な性質を持っているから、みんないい人だけど、何かやろうとすると、妬みとかが生じて、バランスが崩れてしまう。
染谷 そこは大きな課題かもしれないですね。でも、東大に限らず、大学が知の源泉であり続けるためには、同質的でみんなが褒めたたえ合っている組織に満足してはいけない。多様性を推進して新しいものをどんどん取り込む状態にならないといけないですね。
実際に大学の役割もどんどん増えて発展してきています。ですが、どうしても新しく生まれてきた学問とか新しく取り組まなければいけない領域は、軽く見られたり、「くだらない」と言われたりしがちです。でも、そういうところにこそ大きな発展の機会があるので、そこを誰よりも早くうまく取り込むのは大学にとって非常に重要な機能です。
そういう意味でも多様性がないといけません。昔からの研究領域は今も今後も大事ですが、そこだけに甘んじることなく新しい領域をどんどん取り込む。
これは東大に限らず、すべての大学やアカデミズムが抱えている課題です。そこをうまく乗り越えていっている大学が変化し続けて発展していくんだと思います。実際にテクノロジーを見ると、新しいものが生まれ続けているわけで、大学はもっとその変化のスピードを速くしていく必要があるんだと思います。
加藤 縦部と横部に分けたらどうですか。縦部は今までの理念とか、保守本流を守りつつ、横部は基本的にいろいろやっていく。
染谷 それは本質的な課題だと思っています。たとえば、「100年の未解決問題を解決する」という数学の問題はたくさんあって、その答えを見つけるのは本当に尊くて大事なことです。でも一方で、100年間ターゲットが変わっていない領域で問題を解くのと、コロコロ変わる領域でムービングターゲット(動く的)を打ち落とすのとでは、全然違うやり方を用います。これが自然に共存しているのが大学のキャンパスであるはずですが、ここをどうやって一緒にやっていくのかは非常に大きなチャレンジです。
2つの違う考え方の人たちがバラバラにいて、全然インタラクションしないと、一緒にいる意味がないですよね。そうすると、100年の問題解決大学と、新しいことしかやらない大学をつくればいいのか。そうではなく、やっぱり一緒にいて、相互に関心を持って、尊重し合い、時に熱を発生して新しいものを生み出すようにしないといけない。
瀧口 そうですね。このアカデミアクロスも縦部と横部が交わるような場所になったらいいなと思います。

すごい発明を生む方法
瀧口 「すごい発明=なんでこんなものをつくったの?」は、染谷先生からいただいたテーマです。
染谷 新しいものが生み出されたときに、もちろん社会ニーズがあってそれを解決するためにやった場合も少なからずあります。ですが、すごい発明は何かのためにそれをやったというよりも、その人しか持っていない、いわゆる「好奇心(キュリオシティー)ドリブン」で、それが好きだからやっていた。これは必然的に理解できる話です。
ニーズから出発すると「これを達成するためには、必ずこういう要件を満たさなければいけない」となって、だんだん考え方が似てきます。そこにはまってしまうと、みんな同じものしか思いつかなくなるんです。「これが好きなのは君くらいじゃない?」というものからスタートしたほうが、その人にしか思いつかないことがあって、大化けする発明になることが多いんです。
瀧口 我々も知っているキュリオシティードリブンの発明には、どんなものがありますか。
染谷 キュリオシティードリブンかどうかは分からないですが、すごい発明って、発明した人ですら、その時点ではその価値が分かっていないことがよくあります。我々の周辺で有名な話としては、日本の半導体メーカーが開発した新しいメモリーです。どこに使われるか誰も分からなかった。それは当然で、そのメモリーが生まれた時には、デジタルカメラやスマートフォンのように出口になる製品がなかったから、すべての人がニーズを認識できなかった。
だけど、いろいろ技術が進歩して、様々なパーツが集まってスマホが生まれると、そこにはこういう部品が必ず必要になってくるんです。これは、出口があったから取り組んだわけではない、発明のほうが後で大ブレークする例だと思います。
松尾 その通りですが、キュリオシティードリブンでやった研究が産業になっているものもあります。それを見ると、研究成果を産業化する仕組みがあればあるほど、キュリオシティードリブンの人たちはもっとそれに集中できるようになる。逆に、そこがうまくいっていないと、「もっと実用化しろ」「ニーズドリブンでやれ」と言われて、本来の価値が発揮できなくなる側面があると思います。
染谷 それはすごく重要なポイントです。今は大学でやらなければいけない課題がすごく増えています。「基礎研究もやるべし」それから「発明もすべし」。発明をした後には「それをちゃんと実用化して、社会実装するところまでやりなさい」と、宿題がすごく増えているんです。これを全部一人でできる加藤さんみたいな人もたまに生まれるかもしれないけれど、普通は全部をカバーできないですよね。それぞれ得意なところがある。
そういう点において、新しい芽を生み出すのが得意な人もいれば、「それはここに使える」とパッと分かる人もいる。どっちが偉いか偉くないかではなく、そういう人たちが一緒に対等に新しいものを生み出せる環境が理想的ですね。海外、特にアメリカの大学は、新しい芽が生まれたときに、その社会実装をするのが得意な人が活躍しやすい環境が整っている感じがします。
濡木 そうですね。日本の大学だと、特許を出したときに特許料を取ろうとするんですよね。だけど、アメリカの大学はベンチャーとして立ち上がりやすいように、たとえば投資家をいろいろ探してあげるとか、すごく協力的です。その結果、ベンチャーが立ち上がって、最終的に投資のリターンとして10倍ぐらいの大きなお金が大学に入るんです。日本でももっとそうなるといいなと思うんですが。
瀧口 濡木先生がおっしゃられた経済的な面も重要ですよね。若い学生さんがこれからどんなキャリアを歩もうかというときに、ほかの高給のお仕事がいっぱいある中で、研究者になりたいという思いをもっと成就しやすい環境にしていくことは大事だと思います。
染谷 そういう経済的な原理もそうですし、技術が社会実装の直前まで来ると、ほとんどの場合は規制というか、人間がつくったルールや社会の受容性によって最後の山場を越えられるかどうかが決まる。そういうことに対するポリシーとか、人がどういう行動原理でいろいろなものを動かしているかを理解した上で、最初から研究開発を行う。
もちろん最後は得意なことをやればいいけれど、周囲の状況やメカニズムを知った上で自分の得意なところを考えてやっていくことも大事だと思います。
(第8回に続く)
瀧口友里奈編著/日本経済新聞出版/1980円(税込み)
