経済キャスターの瀧口友里奈氏が編著者を務めた『東大教授の超未来予測』(日本経済新聞出版)の発売を記念して、東京大学のスター教授たちが一堂に会するトークセッションが2025年11月18日に開催されました。その内容の一部をお届けします。今回は教授たちが今注目している最新のトピックについて紹介。これまでの常識を超えた、興味深いテクノロジーの数々が飛び出します。
AIでロボットと「以心伝心」
瀧口友里奈(経済キャスター。以下、瀧口) 日々、様々な分野で最先端の研究をされている先生方にお集まりいただきました。皆さんがそれぞれ注目されている最新トピックについてお話を伺います。

黒田忠広(東京大学特別教授) AI(人工知能)が身体性を持ち知能を発現する「フィジカル・インテリジェンス」に注目しています。数学が生まれた時、私たちは指を折って数を数えたり、歩幅で距離や面積を求めたりしていました。やがて私たちの興味の方向が数学の内部構造に移ったことから、どんどん身体性がそぎ落とされて、頭の中だけの作業になり、コンピューターが生まれました。
その後、コンピューターは半導体と出合い非常に高性能になり、インターネットが登場します。ネットによって世界中のデータが仮想空間に集まり、これを学習する方法が出てきて、AIが誕生しました。このAIが今後、身体を持つことによって、身体を通じていろいろなことを学び始めるというのが「フィジカル・インテリジェンス」です。

以前、NHKの番組で取り上げられていたのですが、カリフォルニア大学バークレー校の実験で、あおむけになったロボットが自律的に学習して立ち上がる様子が紹介されていました。人間が立ち上がる仕組みなど一切プログラムしていないのに、ロボットは1時間ほどもがいているとふっと立ちあがったんですね。
その後も、30分くらいすると歩けるようになり、高い場所から落とされても猫のように上手に着地できるようになったようなのです。まさにこれが「フィジカル・インテリジェンス」で、今後AIが身体を持つことで、自然の中で探索をしながら、いろいろな知能を身につけていくかもしれません。
瀧口 暦本先生は「人間拡張」がご専門ですが、身体性を持つAIについていかがでしょうか。
暦本純一(東京大学大学院情報学環教授。以下、暦本) 世界中で今、ヒューマノイド(ヒト型ロボット)実験が爆発的に広がっていて、かつそれらはオープンソースのAIのプログラムでやりとりされています。例えばオムレツを作るとか、ロボットにはできないだろうと思われていた動き、さらに言えば、およそ人間が思いつくような動きは、あと2、3年ですべてできるようになるのではと思っています。

野村泰紀(カリフォルニア大学バークレー校教授、東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構連携研究員) 人間だと立ち上がるのに1年くらいかかるのに、ロボットは1時間。すごいスピード感ですね。
暦本 シミュレーション環境であらゆる可能性を強化学習し尽くした後にリアルに落とし込むので、効率性がものすごく高いのです。蒸留(Distillation)と呼ばれる手法もロボット分野で応用されていて、学習した内容を非常に安いコストで次のニューラルネットワーク(人間の脳の神経回路を模した機械学習モデル)に移すことができます。まさに人間の「以心伝心」みたいなことをAIでやろうとしている状態です。もちろん、それに伴っていろいろな課題も出てくるでしょうが、非常にエキサイティングな時代に突入すると思います。
宇宙服で水を完全循環する未来
瀧口 続いては小熊先生が関心を寄せるトピック「宇宙服で水を完全循環する技術」。こちらに注目されているということですが。
小熊久美子(東京大学大学院工学系研究科教授) 私は水処理の研究をしているのですが、下水を処理した水というのは、もう水質的には問題なく飲めるようになっています。ただ、最後の砦(とりで)は心理的にそれを許容できるかどうかで、「町全体で下水を処理してそれをみんなで飲みましょう」というのは恐らく受け入れられないけれど、「1軒の家庭内で回す」なら許容されるところまできているのではと思っています。

このことを突き詰めていくと、実は「自分の尿を自分が飲む」という、個人個人の完全循環なら今すぐにでも実現するのではと思っています。実際に調べてみると、JAXA(宇宙航空研究開発機構)やNASA(米航空宇宙局)がすでにそういう開発に取り組んでいました。
今、一般の人でも宇宙に行くムーブメントがありますが、とは言っても人間に水は必要です。宇宙空間に短期滞在なり、場合によっては移住みたいな話になってくると、水をどう回すかというのは本当に大事な分野で、水の完全循環はもっと注目されるべき新しいトピックだと思っています。
江崎浩(東京大学大学院情報理工学系研究科教授) 地球にいるとみんなぜいたくなので、下水を処理してもう一度飲むような循環はしたくないと考えますが、月とか火星みたいな極端な空間に行くと、そうも言っていられない。ものすごく資源が貴重なので、技術を突き詰められる。宇宙で開発した技術をもう一度地球に持ってくると、ものすごいことが起こりますよ。
瀧口 まさにイノベーションの逆輸入ですね。
病気にならないようにする薬
濡木理(東京大学大学院理学系研究科教授) 私が注目しているのは「予防医学の化合物の承認」です。日本でも世界でもそうですが、薬は病気の状態でないと処方されません。もし「病気にならない薬」を処方すると、医師や製薬会社が商売にならないこともあり、政府の機関もそういう予防医学の薬を承認しないようにしています。
ただ、健康寿命を延ばすという意味でも、予防医学の薬は非常に重要です。サプリメントには科学的な根拠はありませんが、予防医学の薬というのは「科学的根拠があるけれど病気を治すわけではなく、病気にならないようにするという薬」です。そういう薬をいち早く承認して病気を予防していくことがすごく大事だなと思って研究を進めています。

新藏礼子(東京大学定量生命科学研究所教授) 私は病気にならなくするのが本当の医療だと考えているので、濡木先生のご意見に大賛成です。

腸内細菌叢(そう)、いわゆる腸内環境が悪くなると、いろいろな病気になることが分かっています。私は今、腸管の状態を変えることができるIgA抗体の飲む薬を作ろうとしているのですが、「腸内細菌叢が悪い」という状態は病気として認められないから薬として承認できない、というのが厚生労働省の主張です。
私は、「診断をして腸内細菌叢が悪い状態だと分かればもうそれは病気である」と言えるように発想を転換していきたいと考えています。そうすれば薬が処方でき、それによっていろいろな病気の予防になります。まさに先ほどおっしゃられたような、病気になるのを防ぐものを薬として承認することは、非常に大事だと思います。
(次回に続く)
文/橋口いずみ 写真/鈴木愛子
瀧口友里奈編著/日本経済新聞出版/1980円(税込み)

